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論文における「考察」の基本の手筋3選

最近論文を書き進めていて、自分の中で「考察」の進め方が整理されてきたので、久々に研究を進めるうえでのTIPSをまとめていくシリーズを書いてみます。

読者層としては「大学の学部または大学院で、卒業論文/修士論文研究に取り組む」人たちを想定しています(すでに研究者として独り立ちしている同輩の皆さまや、そのタマゴとしてすでに修士論文研究等は経験済みの博士課程大学院生の方々にも、ご参考になるかもしれません)。


論文を書くには、テーマを決めて先行研究をレビューし、研究計画を立ててデータを集め、それを分析して、結果を考察する、という一連の流れがあります。この中で、テーマを決める、先行研究をレビューする等については以前noteをまとめたのですが、考察については整理できてませんでした(研究計画法やデータ分析については、書籍も多く、大学院の授業等でそれ専用の科目が立てられたりするので、一旦割愛します)。


1. 考察とは

学術論文における「考察」とは、分析を通して得られた結果について、それが何を意味するのかという解釈と検討を提示するパートです。

たとえば、AとBの二つの変数間に統計的に有意な相関がありました、となってもそれだけでは「で?」で終わり。

得られた結果は予想通りなのか、それとも驚きの発見か、後者だとしたら何が驚くべきポイントなのか。データと分析結果というファクトにもとづいて、一体何が言えるのか。

これらを論じるのが考察であり、読者にどれだけの納得感と驚き、そして刺激を与えられるかが考察の価値基準となります。論文を読んでくれた人が「なるほど、これは考えたことがなかったけど言われてみれば確かにありえそう」「ちょっとこのアイデア拝借して、次の研究に取り入れてみよう」と思ってくれる、つまり新たな研究を喚起することができれば、それすなわちあなたが素晴らしい考察をものすことができた証左となります(逆に、「ま、そりゃそうだよね(シッテタ」と思わせてしまう、つまり納得感はあっても驚きと刺激に乏しいのはイケてない考察)。


2. 考察はなぜ難しいのか

考察には、テーマ決めや先行研究レビュー、あるいはデータ分析とはまた違う、独特の難しさがあります。

先行研究レビューであれば、テーマによってレビューすべき主な先行研究はある程度決まりますし、データ分析にいたっては(定量的な研究であれば特に)基本的にレビューから導出された仮説とデータの性質によってどんな分析が適切かは決まってきます。たとえば、ある単一の変数について二つのグループ間の平均値の差をみるのであれば t検定一択です。

テーマ決めにしても、上記の「テーマのつくりかた」の記事でまとめたように、自分の興味があること×やれること×意義があること、という3つの観点の掛け合わせによって絞りこむことができます。

一方、考察に関してはそうした「枠」があまりない、あるにしてもその範囲が非常に広い、という特徴があります(将棋ふうに言うと、「手が広い」というやつです)。なぜかというと、ある論点について説得力のある議論を展開するだけではなく、何を論ずべきかという論点自体あなたが決めなければならないから。

データと分析結果を論じる方向性にはつねに無数の可能性があるわけで、いつも最初は圧倒されます。特に変数がたくさんあって、仮説の一部は支持されたけど棄却された部分もあるような複雑な研究だと、「もうデータのエクセル公開するから、読む人が好きに解釈してください」と白旗あげたくなることも正直あって大変です。

分析から得られた一連の結果を、どう解釈するか。この茫漠とした問いに対して、一つのオリジナルの答えを紡いでいく。これが考察の本質的な難しさであり、醍醐味でもあります。

ある意味で、研究者としての創造性、クリエイティビティが最も問われるのが考察である、と言ってもいいかもいいかもしれません。


3. 考察の基本の手筋3選

上記で述べた考察の難しさへの対処法として、「とにかく考えうる可能性を一所懸命シラミ潰しに検討する」もなくはないんですが、そうすると、

  • 検討すべき筋が多すぎて、すべて論じきる前に時間切れになる、または著者の気力が尽きる

  • 自分が思いつく筋しか検討できずに、堂々巡りの議論に陥ったり、結局ヌケやモレがある論考になったりしてしまう

というリスクが生じます。特に後者のパターンは、いわゆる「示唆に乏しい」「浅くて狭い」と批判される考察になってしまうことが多い。

これを避けるために、僕が考察で使っているのが、「掘り下げる」「広げてつなげる」そして「観点を切り替える」という3つの手筋です。これらを使うことでヌケモレを防ぎ、ひらめきに頼ることなく考察を進めることができるようになります。

ということで、以下で一つひとつの手筋についてより詳しく説明していきます。

手筋①「掘り下げる」

考察を進める手筋の中でも、特に基本的なものが「掘り下げる」。これは、分析で得られた結果について、なぜそうなったのか、原因として考えられる構造や条件を論じるパターンです。

たとえば、AとBの二つの変数間に相関がみつかったときに、なんでその二つがつながるのかを検討し、じつはAとBは直接つながっているのではなく、まずAがCを引き起こし、次いでCがBを変化させる、のような因果関係が背景にあるのではと論じるのは一例ですね。

DXを推進している組織で、社員が感じる不安感と彼女ら彼らの業務パフォーマンスの間に負の相関が発見された(不安が高いと、パフォーマンスは低い)

じつは、不安とパフォーマンスは直接つながっているのではなく、不安が高まると評価を落としたくないという消極的な姿勢が強まり、その結果、業務パフォーマンスが落ちる(「不安→消極的姿勢→パフォーマンス低下」という因果関係が背景にあった)

「掘り下げる」型の考察の深め方の例

こうすると何が良いのかというと、そのとき検証した変数が直接コントロールしにくいものであっても、新たに検討した概念を切り口にして理論を発展させたり、実務で有用な知見を見出したりできることがあるわけです。たとえば、DX推進で現場に不安感が生まれることは不可避でも、そこで社員が消極的にならないように評価制度を刷新することで実務上のパフォーマンスを維持向上させられる、とか(もちろん、この「評価制度を刷新することで、不安が高い状態でもパフォーマンスを維持できるはず」というアイデアの妥当性は改めて検証する必要があります。そうやって研究は続いていく)。

他にも、AとBの相関が成立しうる条件とそうでない条件について考える、という方向性もあります。たとえば「今回のデータはホワイトカラーのフルタイム社員を対象にしたデータにもとづくものなので、多様な雇用形態のスタッフが協働する現場・業界でも同様の結果が得られるかは今後の検証課題として残る」というような筋ですね。

得られた結果について、その背景や成立条件を明確化することで示唆を探っていくのがこの手筋の狙いです。

手筋②「広げてつなげる」

第二の手筋は、「広げてつなげる」。「掘り下げる」は、そのときの研究で検証した変数の関係性について、それをさらに分析して秘められた構造や成立条件を探るものであるのに対し、「広げてつなげる」は、そのとき研究したテーマがさらにどんな現象につながっていくかを検討する、カッコいい言い方をすると研究が光を投げかける範囲を広げるアプローチです。

別の見方をすると、あなたが研究を通して得た結果について、Why so!?(どうしてそうなった?)という問いを繰り返すのが「掘り下げる」であり、So what!?(だから何?)と問うのが「広げてつなげる」だとも言えます(So what?とWhy so?については、下記リンク先等をご参照ください)。

つなげていく先としては、理論的な方向性と実務的なものと、どちらもあります。

理論的な方向性であれば、そのときの研究で検証した理論が他のどんな理論とつながるかを検討する。「橋をかける」と表現したりしますが、タコツボ化しがちな学術研究において複数の理論、多様な分野をつなぐ考察は、そこから多くの研究すなわち新たな知を生み出す土台となりえるため、非常に価値が高いものとなります。

また、実務的な側面に関する考察も非常に大事。人類と社会の発展に資することは、学術研究の重要な意義の一つです。経営や行政においても科学的なエビデンスに対する注目は年々高まっており(下記参照)、研究から実務面で有用な示唆を引き出すことは、今日の研究者にとってnice-to-haveではなくmut-haveに近い活動になってきていると言っていいかもしれません。

手筋③「観点を切り替える」

最後に、第三の手筋として「観点を切り替える」をご紹介します。これは、研究のフレームワークとなったものとは別の理論的観点から分析結果を見返してみると何が言えるかを検討する、ある意味「後出しジャンケン」的なアプローチです。

たとえば、リーダーシップに関する理論をベースに行った研究で得られた結果について、部下の心理やチームの力学に関する理論をあてはめてみる。あるいは、自己効力感や心理的安全性等の認知面に着目した研究の結果を、人事制度や組織の規模といった外形的な観点で検討し直してみるなど。

社会科学系の研究であれば、「認知⇔感情⇔行動」や「個人⇔組織⇔文化」あたりの切り替えがハマるケースが多いかと思います(個人にフォーカスした研究を組織や文化的観点で検討し直す、など)。

理論というのは、ある現象に焦点をあてて、それを解像度高く分析するための思考上のレンズのようなもの。畢竟、どんな理論にも特有の世界観や前提、そして限界とバイアスが伴います。それゆえ、ある理論をベースにした研究から得られた結果に別の理論を当てはめると、「あれ、なんでコレ検討してないんだっけ…?」と吃驚するような論点が浮かび上がることは少なくありません。

もちろん、研究テーマやデータの性質によって当てはめられる理論は限られます。あまりに飛躍した観点に切り替えてしまうと、考察そのものがこじつけのようになってしまう。一方で、あるテーマ/データに対して半ば定跡化している、誰もがパッと思いつくような観点からだけではなく、「そこから切るか!」と思わず膝を打つような斬新な観点を示すことができると、それだけでも一つの知的貢献を為したと言えます。

「掘り下げる」と「つなげて広げる」は、研究のもともとの出発点となった理論がベースになるため、ある程度までやりきると“煮詰まって”しまうときがあります。そんなときにうまく「切り替える」を使えると、文字通り視界が開けて考察が一気に伸びやかになる。ぜひあなたの研究でも、この手筋を試してみてください。


4. まとめ

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

本記事では、テーマ決めや先行研究レビュー、あるいは研究計画法や統計分析と違って進め方が体系化されていない「考察」について、3つの手筋をご紹介しました。

冒頭で述べた通り、考察は手が広く、どう書き進めたらいいか分からなくて途方にくれる、ということが少なくないパートです。一方、あなたの研究から得られた洞察や示唆をお披露目するハレの舞台でもあります。そこでヌケモレのない、鋭く闊達な論考を偶然やひらめきに頼らずにまとめるために、今回の記事がお役に立つようであれば幸いです。

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