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食器を洗うと思い出す記憶

日々食器を洗うことって日常生活であると思います。
私も当然家事として行います。

その行動がトリガーとなり、「Iちゃん」という小学校のクラスメイトのことを思い出す。

思い出すのは、特に一人でシンクに向き合っている時。なんてことも無い話だけれど、最近頻回に思い出し、絶妙にしんどくなる。供養したいので記録。




Iちゃんは小学校6年間を共に過ごした、さして仲良しと言える距離でもないが良好な関係である、クラスメイトの女の子だ。

Iちゃんは6年間ずっとスポーツマンで、バスケが得意な子。肩につかない短髪で、私より少し背が大きいくらい。いつも朝練や部活動のためにジャージを着てた。水色のジャージのイメージがある。彼女の出場するバスケの試合を応援した覚えもある。私から見たらカッコイイ人だった。

私は6年間、どちらかと言えば文学好きで内向的で、毎日ツインテールや三つ編み。少女漫画が好きで、刺繍の入ったスカートを穿く。ステレオタイプに近い「女の子」。将来の夢は「お母さんのようなお母さんになりたい」と、言っていた。服で着せられていたのは桃色。赤色。女の子らしい小物。すべて別に、好きなわけじゃなかった。自分の意見などなかった。

(過去記事)

そんなわけなので、Iちゃんは生きる世界の違うカッコイイ人。クラスメイト程度の距離感で、別に仲が悪い訳でもなくて、全然仲良くもできる距離の相手だった。


繰り返し思い出すのは高学年での家庭科の授業。
調理実習の記憶。

やたらと、包丁の手さばきが上手なIちゃんは、じゃがいもの皮を包丁で剥いていた。
そして食器洗いをする私に優しく教えてくれた。

「冷たい水って飛び散るでしょ?温かいお湯にすると、あんまり水がはねないんだよ!」
蛇口を捻って温水を出すIちゃんと、食器にあたる水の跳ね具合を比較した。
私は大層感心して、子供っぽく喜んだ。

たったそれだけ。その前後は何も思い出せない。


Iちゃんとは、卒業してもずっと年賀状のやり取りだけを続けている。

会わなくなったIちゃんに再度会ったのは、高校生になってから。私は中学で受験をし、地元を離れた場所に居場所を作る。Iちゃんは変わらず地元にいた。
タイムカプセルを開ける時現れたIちゃんは、当時とは相反するようにステレオタイプの女性らしくなっていた。髪は伸び、私より背が小さくて、彼氏がいると言っていたっけ。それ以外何も覚えていない。

そこからすぐ、私が大学に入るか入らないかという時に、結婚の報せを聞いた。
それからすぐ、Iちゃんには子供が産まれた。

社会人になって、たまたま地元ですれ違った時は母親の顔をしていた。私は社会人何年目だったか。
お互い交わらない違う道を歩んだんだろう。


きっと彼女は生まれつき得意だった。
私は生まれつき得意じゃなかった。


私はスポーツも出来なければ、カッコよくも女性らしくもない。料理も適当にしかできない。じゃがいもは皮むき器でしか剥かない。人のためには生きていない。ひとりでいる方が向いている。結婚の契約も結べなければ、恋愛もしない。社会人としても中途半端。できるなら仕事なんてしたくもない。そんなひとり。人はそれぞれにそれぞれの苦労があるものだろう。Iちゃんだってそれは変わらない。しかしそんなことは関係なく、私はそこまでを回帰する。


何が言いたいわけでもなく、Iちゃんが嫌いなわけでもなく好きなわけでもなく、近づきたいわけでもなく。朧気な遠い距離から、ただあの繰り返しの一瞬の記憶が、私の心臓を小さな針で刺してくる。

私は私でありたかったことはあまりない。
仕方なく自己を受容しているにすぎない。

私の子供の頃の夢は、「人のため」に語ったものだった。
私は多分、家族のためにそうでありたかった。今もそれは変わらない。ただ、私はそうであれない。そうは思わない。また、自分のために語る夢はない。

洗い物が温水の方が本当に水はねしないのかはよく知らない。大人になった私は汚れの落ちやすさなどで決めている。

しかし、食器洗いをして、彼女のことを思い出して温水を出しては、
「私もIちゃんのようであれたら良かったのに」と、彼女のことや、彼女の苦労をよく知りもせず、ただ羨ましく思うだけの話。
誰のためにそうでありたかった?は、多分私のためではなく。ただそう思うだけ。

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