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怖い話 妖精の森

 私の伯父さんは、東京から電車で何時間もする関東の田舎に別荘を持っていた。

 小中高と変わる度に、一度だけ泊まりに行った事がある。
 小学校の頃は夏の時期だったが、大体、伯父さんの予定で秋が多く、小学校の時には夏休みに、中学の頃は三日間休みが続いた時に、高校時代には、学校の人間関係が上手くいかず、一時期、不登校だった時に伯父さんの別荘に泊まりに行ったものだった。思えば、伯父さんの別荘は私の心の避難所のような場所になっていたのかもしれない。

 そして。
 大学二年になってから、泊まりに行く事になった時も秋だった。

 別荘付近の場所に着くと、そこは、すっかり秋の景色が広がっていた。
 紅葉がまるで色取り取りの炎のように輝いている。
 小さな湖畔もあって、別荘の近くには近隣の人々が行き来する公園もあった。

 伯父さんはいつものように、長年使っている外車で私を迎えに来てくれた。
「香澄(かすみ)も成人した事だし、ワインも飲めるな」
そう言って、伯父さんは地下にある小さなワインセラーから高級なワインを取り出してきて開けてくれた。そして、成人祝いだと言ってくれた。

 伯父さんは、フランス料理やイタリア料理のランチやディナーを作る。

 昔、小さな個人レストランをやっていたらしい。
 その時に独学で作り方を覚えたのだとか。若い頃、ヨーロッパに留学して、現地のシェフの味を知っている為に何とかその味を再現しようと思ったのがレストランをやったきっかけらしい。結局、そのレストランは経営が上手く行かず、潰れてしまったらしいのだが……。

 その夜はイタリア料理のディナーを食べて休んだ。
 明日は、別荘付近の森林に散策に一人で行く事にした。
 
 昼前になって起きて、別荘付近を歩く。
 秋の綺麗な景色を、私はスマホで撮影していった。友人が少ないので見せる相手も特にいなく、SNSに投稿しようと思ったが、それも億劫で撮影した写真は私だけの想い出にする事にした。

 数年経つごとに、別荘の周りの景観は変わっている。
 別荘付近にあった観光客用の店が新たに出来ていたり、近くに同じように別荘を持っていた人が別荘を処分して空き地になっているなど、ざらだった。数年に一度くらいの感覚で来ているので、私にはその目まぐるしく移り変わる景色が好きだった。

 もみじが沢山、落ちている見た事の無い小道を進む事にした。
 しばらく歩いていくと、どんどん森の奥深くに進んでいった。
 何処からか、鳥や虫の声が聞こえてきて、何かに見られているような視線を感じた。

 私は奇妙なものを見かけた。
 それは、いわゆる、トーテム・ポールと呼ばれている石柱だった。
 何か、鳥や虫の翼を持った人間、妖精のようなものの絵が彫られている。
 トーテム・ポールはとても古いもので、この付近を散策してよく知っている筈だったが、初めて見たものだった。私はそれを写真に撮る。

 その夜。伯父さんにトーテム・ポールの事を話すと、そういうものは知らないと言われた。
 明後日には、東京へと帰る。伯父さんの料理を堪能しようと思った。

 翌日、私は再び、そのトーテム・ポールのある小道へと向かった。
 何か、この辺りに来ると、何処か違う世界に来たような……異世界に迷い込んだような感覚がして眩暈を覚えた。

 トーテム・ポールを見つけて、その先の場所へと進んでいく。
 人があまり入り込まない場所になっていた。
 ただ、何者かが私を呼んでいるような気がした。

 気付くと、真っ暗闇になっていた。
 確か、まだ朝の八時か九時頃なのに、物凄く暗い。
 スマホで時間を確かめようと思ったが、何故かスマホの電源は落ちていて電源が付かなかった。
 私は急に不安になってきて、元来た道を戻る事にした。
 周囲は真っ暗な森に囲まれている。
 何処からか、人間とも鳥や動物とも判別が付かない笑い声のようなものが聞こえてくる。

 …………私は息を飲んだ。
 それは、小さな鳥くらいの大きさの翼の生えた人間だった。
 翼といっても、天使のようなものではなく、昆虫などの虫の翅のようなものが背中から生えていた。性別は分からない。その生き物は私をクスクスと嘲るように笑いながら、飛び回っていた。

 私は何なのか分からないまま、とにかく、その場から逃げるようにした。
 何か分からない、その生き物達は沢山、私の周囲に集まってきていた。
 全身からホタルの光のようなものを発していたが、不気味に薄緑に光っていた。
 その生き物達は石やドングリを投げ合ったり、空中でトンボのように旋回していたりした。彼らは私を閉じ込めたいのだろうか……? 私は彼らを不気味に思い、とにかく戻りたかった。
 
 しばらく道を走り続けていると、着物におかっぱの少女が坂道の上からこちらを見ていた。何処かで見覚えがある…………。上手く、思い出せない…………。

 …………その少女は私を見て、薄っすらと笑っていた。
 何か恨みがましいような、寂しいような何とも言えない顔をしていた。

 しばらくして、私は思い出す。
 何故か、今まで想い出なかった事が濁流のように私の頭の中を駆け巡った。

 小学校二年生の頃に、一つ年上の従妹が私にはいた。
 伯父さんの娘だ。叶依(かなえ)と言った。
 彼女とは幼い頃からよく遊んだ。そして、この伯父さんの別荘の付近でも……。そう…………、小学校二年生の頃、私は叶依と一緒に、あのトーテム・ポールを見つけて、この暗い森の中を彷徨ったのだ。そして、あの奇妙な生き物……妖精達に出会った、私は泣きながら、脚をくじいたと言う叶依を置いて一人で逃げていった。……気付いたら、夜で私は伯父さんに保護された。

 …………あの時、私は叶依を見捨てて一人で逃げたのだった。
 その叶依が十年以上経過して、私の眼の前にいる。あの時の姿のまま、年も取らずに……。私は彼女に殺されるんじゃないかと思った。

「やっと私に会いにきてくれたね。カスミ…………」
 気付けば、叶依は私のすぐ眼の前にいた。
 私のポケットからスマホを取り出すと、急にスマホの電源が付いた。叶依はスマホで自らを撮影して私に渡す。
「私の事、二度と忘れないでよね。そして、また戻ってきて…………」
 叶依はうっとりとした顔をしていた…………。
 その瞳に奥には、静かな憎悪のようなものが燃え上がっていた。

 私は頷きながら、その場を逃げた。
 
 気が付くと、私は汗だくになって、トーテム・ポールの前にいた。
 スマホを見ると、電源が入っており、写真データの中に叶依の写真が入っていた。そして、いつ撮影したのか分からない、私と叶依が一緒に映っている写真データもあった。一緒に映っている私は何故か小学校二年頃の年齢で、服装も叶依と同じ座敷童のような和服を着ていた。

 …………、その体験が何か分からず、私は伯父さんの別荘に戻った。
 ポケットの中には、妖精達が遊んでいたドングリが入っていた。ドングリは小さく光輝いていた。

 そう言えば、伯父さんは実の娘である叶依の事を知らなかった。周りの誰に訊ねても、叶依の事が記憶になかった。人々の記憶だけでなく、クラスの名簿からも、戸籍からも叶依の存在は消え去っていた。

 写真屋さんに行って、画像データを写真にして貰った。
 叶依の顔も、私の顔もくっきりと映っている。ただ、写真屋さんいわく、森の木々しか映っていないと言った。他の人に現像した写真を見せても、画像データを見せても叶依も小学校二年生くらいの私の姿も見えないのだという。

 あの森の奥はなんだったのか…………。
 そもそも、叶依とは何だったのか…………?

 ただ、分かるのは……。
 アパートの一人暮らしの部屋で、深夜、叶依の写真を見ていると彼女の気配を強く感じる。そして、私は妖精から渡されたドングリを手にしている。

 いつか、……私もあの妖精達の世界に叶依と一緒に連れて行かれるのかもしれない。あるいは、私は狂っていて、そもそも、叶依という存在自体、ずっと友達がいなかった私が妄想の中で創り上げた友達でしかなかったのか。…………、ただ、私は夜、叶依の気配を強く感じる。それは日に日に、近付いてくる。窓を開けると、夜風と共に近付いてくる。

 私が叶依や妖精達の世界に連れていかれるのは、もうすぐなのかもしれない…………。


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