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【連載短編】『白狐』7

 街灯に白い息。
 俺は自転車を漕ぎながら、彼女は本当に来るだろうかと思った。彼女の真面目さはどちらにはたらいても不思議ではなかった。「約束はちゃんと守らなきゃダメです」といって、律儀に待ち合わせに時間通り来る可能性が半分。「すみません。やっぱり夜遅くに外出は危ないので、やめませんか? 私から言っておいて、本当にすみません」こんなメールが来る可能性が半分。どちらも同じ理由でありえることだった。
 学校の横を通りすぎる。分厚いダウンジャケットや首に巻いたマフラーが挙動を妨げる感覚がある。でも、こうまでしないとかなり寒い。既にあたりは真っ暗で、教室のいくつかに明かりがついているのが見える。
 冬休みでも部活にいそしむやつらの明かりだろう。まだどこからかうっすら吹奏楽部の練習する音が聞こえてくる。こうして、外から点々と明かりの点いた校舎を眺めていると、この学校が自分とは無関係の学校のように見えてくる。これが、本当に俺が普段通っている学校なのだろうか。
 学校と神社のちょうど中間くらいにあるコンビニに着いた。ここが集合場所になっている。俺は自転車を人目に付かない場所にとめた。あたりを見る限り、清水はまだ来ていないようだ。スマホを開くと、清水からメッセージが届いていた。

すみません。10分遅れます。

 俺はそれに返信をして、コンビニの中に入った。ホットコーヒーを買って、外で彼女を待ちながらそれを飲む。口に吸いこんだコーヒーの温度を吐き出すと、白い息は一層大きくなる。コンビニの前を、デカいトラックが通り過ぎていく。やけに広いコンビニの駐車場の片隅で、俺は彼女を待っていた。
 しばらくして、清水が来た。厚手のコートとマフラーで着ぶくれした彼女は、そのシルエットにどこか現実感がなく、漫画のキャラクターみたいだった。
「すみません」
「いや、俺もそんな待っとらへんよ」
 俺はコーヒーの残りを飲み切った。紙コップに入った残りのコーヒーは、買ってまだそんなに経っていないのにすっかり冷めきっていた。コンビニの外にあるごみ箱にカップを捨てた。
「先輩、コーヒー飲めるんですか?」
「うん、まあね」
「大人ですね」
「そうかな。清水は飲めへんの?」
「お砂糖があれば、何とか…」
 そう照れる彼女の方が、俺には大人に見えた。
 大人になるとはどういうことか。恐らく手垢のこびりついたありふれた話題だけど、俺にはそれに答えを見出すことにあまり意味があるとは思えなかった。
 大学生のいとこがある時「高校生の時は大学生がすごく大人に見えたけど、いざ自分がなってみると全然だね」と言っていた。大人なんて、そんなものなのかもしれない。蜃気楼みたいなものなのだろう。自分の先にいるものは、自分に比べてどこまでも大人に感じる。逆に、自分あとに続くものはどこまでも自分に比べて子どもに見える。そうやって誰かと比べて相対的にしかなれないものなのだとしたら、俺たちはずっと大人にも子どもにもなれない、宙ぶらりんのままなのだろうか。
「行こうか」
 俺たちは目的地に向かって歩き出した。


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