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『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』 川内有緒 -Life goes on

アートを見る時、とりあえず分かろうとしているポーズを取ってしまう。
解説や図録を見て、ほ~ん…(?!)と言いつつ理解している自分を演じてしまう。
だけど、そもそも芸術を”分かる”って、なんだ?
そんな疑問にヒントをくれる本を読んだ。


『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』 川内有緒 著

(「2022年 Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」)


全盲でありながら美術館巡りを趣味としている「白鳥さん」と出会い、長い時間をかけて共にアートを鑑賞した川内有緒さんによるノンフィクション。
アートや人との出会いで芽生えた変化や、障害とは、人生とは、ともに生きるとはどういうことだろう、という問いが優しい言葉で綴られているこの本は、なんとなく「わかってるつもり」で過ごしていた自分の目に、鮮やかに飛び込んできた。
   
ここでの主役・白鳥さんは、目が見えない。
だが、学生の頃から美術館が好きで、年に何十回も美術館に通う上級者だ。
友人の「マイティ」の誘いをきっかけに、著者の川内有緒さんと白鳥さんの美術館巡りの交流が始まる。
ちなみに、たびたび出てくる川内有緒さんの友人のマイティさんが私はとても好き。美術に精通していながら誰よりも自由に鑑賞する。
「知識がなくても誰でも鑑賞する権利がある」というポリシーを持っていて、思ったことを言う。疑問は疑問のまま言葉にする。
伸びやかな子供のようなハートを持った人だ。

 
■目が見えない白鳥さんの「アート鑑賞」とは
白鳥さんの鑑賞スタイルは、同行者やガイドが展示を見て自由に喋るのを聴くことだ。
色や形の正確な描写よりも、作品を前にしたその人から出る、その人だけの言葉、素直な感想を楽しんでいる。同行者同士の議論が白熱したり混乱すればするほど白鳥さんの楽しさも高まるようだ。
言葉だけでなく、作品と対峙したときに思わず漏れる感嘆や沈黙、焦りや恐怖までをも感じ取る。
それが白鳥さんの「アート鑑賞する」。
白鳥さんの中で何が起こっているのかは分からないが、わたしたち人間にとっては感覚の全てが、心を震わせる装置なのだろうな。
   

■アートを巡る旅
個人的にとても印象に残った場面がある。
著者の川内有緒さんと友人が、「ビルと飛行機が描かれた絵」を見て、911の同時多発テロ事件を思い出す描写だ。
テロの瞬間だけでなく、その日の前後に何をしていたか、誰とどこにいたか、さらには共通の友人との出会いにまで思い出話は遡る。
例えば花の香りや音楽で思い出が蘇るというのはよくあるけど、初めて見る絵でも記憶に訴えかける何かがあるんだ。
 
さまざまな作品を見るたびに、著者はいろいろなことに思いを馳せる。
白鳥さんが語ったこと、語らなかった人生。
作品の向こうにある作者の思い。歴史や日々に埋もれた名もなき生き様。
アートを巡る旅、それは人生なのだなと思った。
作品を前にして、人はその向こうに思い出を見ている。物語を見ている。
心が動いた瞬間や、感動や、疑問や、心の震えを作品に投影する。
見ているものは同じなのに、一人として同じようには見えていない不思議。
  
人生もそう。
同じ人生はないし、自分が感じた気持ちも自分だけのものだ。
他人を完全に分かるなど、できない。
ただ、一期一会の対話を通して気持ちが重なったり、寄り添ってもらったり、離れたり、そうやって人と関わりながら生きていく。
隣にいる人の目に、自分と全く同じ景色が見えているとは限らないけど、違う解釈があるからこそ驚きが生まれ、会話をして、感動を分かち合い、その人らしさが作られていくのかな。
  
「この目の前の景色、あなたはどう見る?わたしはこう感じる!OK全部自由!」と言ってくれるような本だった。

わたしも「分かってるつもり」はやめて、もっと自由に、気軽に、いろんなものを見ていこうと思う。
心が正解なのだから。

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