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小説 美味しい珈琲はいかが? 一杯目

「ここだよ、かおる。」
 小さな門を抜けると都会の真ん中だとは思えない程の木々で囲まれ、まるで異世界にでも来ているかのような不思議な空間にその喫茶店はあった。

 『喫茶 ちいさな窓』—。こんな所に喫茶店があるとは知らなかった。
「ほら中に入って、」と知り合いのスウィーツ店の店長に背中を押された・・・その世界は、私が見たことがない世界で・・・。


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 私の名前は「かおる」特に珍しくもない名前。当然、あだ名もそのまま「香」。
 今現在、高校1年生で将来の事を考えると、不安はあるけど楽しみの方が勝ってる。
 そして高校生になって、念願の「バイト」が出来るようになった!これでお小遣いが増えて好きな物が買えるし、いっぱい遊んだりも出来る!どのバイトにしようかな?と色々ネットで調べたりしていると、「簡単な仕事で高額収入!」「接客レディー募集!」など、怪しい物ばかり・・・やっぱり、タウン誌で探そうか・・・。

「どうせバイトするのなら、時給の良いバイトの方がいいよね!」とタウン誌のページをペラペラ・・・高額なものって肉体労働ばかりじゃん!諦めよ。
「なら、可愛いのがいいなぁ~メイド喫茶とか?」ページをペラペラ・・・なかった・・・。
「う~ん、定番のバイトって・・・パン屋さん?朝早いのはなぁ~、居酒屋?年齢的に無理かぁ~、Uber?ダメダメ、完全歩合だもの。」
 なかなか良いのがない・・・ん?喫茶店あるじゃん!これならいけそう・・・年齢的にも大丈夫だし高校生OK!って書いてある!

 早速、面接の準備・・・履歴書に住所と名前、学歴と・・・職歴はこれが初めてだから書かなくていいよね。後、写真か~急いで証明写真を撮りに行く。可愛く写らない・・・。なんでプリクラ見たく盛れないのよ!結局、3回取り直した。これで準備OK!

 募集先の喫茶店に電話、電話っと・・・う~緊張する!
「ありがとうございます!喫茶マカロンです!」
「あ、あの!求人広告を見て電話しました!」
「バイトの面接ですね!明日でどうですか?」
「はい!学校帰りに伺いましゅ!」
 初めて、求人の応募の電話しちゃった!こうやって私は大人の階段を昇って行くのね!


 翌日、学校帰りに喫茶マカロンへ・・・扉の向こうから中を覗こうとしたら、勝手に扉が開いた!自動ドアだったのか!私はのぞき見体制の状態を店員に見られてしまい・・・。

「いらっしゃいませ~!おひとり様ですか?」
「い、いえ、昨日、でんわ、した、ものデス・・・。」
「あ~バイトの面接ね!そんなに緊張しなくてもいいわよ!奥のテーブルに   座って待ってて!店長呼んでくるから!」
「は、はい、、、」

 一番奥の4人掛けのテーブルに座ると、お水とおしぼりが出てきた。
「すぐに店長が来るから、待っててね!何か飲む?」
「はい!え、え~っと・・・」
 こんな時は、どう返せば正解なんだ?わからないよう・・・。
「コーヒーでいいわね!すぐに持って来るから!」
「はい!お待ちどう!」
 本当に、すぐに持ってきた・・・。

 どうしよう、私コーヒーが苦手なんだよなぁ・・・。
 そう悩んでいると、お待たせしたねと少々小太り、気持ち頭の方が寂しく感じる店長がやって来たので、思わず起立・礼!をしてしまった。

「そんなに畏まらなくていいよ。うちはアットホームが売りなんだから。」
 優しそうな店長だなぁ。年齢は40代ぐらいかしら?
「それじゃ、履歴書を見せてくれるかい?」
「は、はい!」私はカバンから履歴書を取り出し、両手でどうぞと差し出した。まるで、卒業式のようだ。

 店長は笑いながら、履歴書に目をやると「いつから来れる?」
「へ?」
「うちはいつからでもいいけど、できれば明日からかなぁ~」
「じゃぁ、私は・・・?」
 店長は両手で頭の上に大きな丸のポーズをしながら「うん、合格!」
「ありがとうございます!」大きく頭を下げた。
「さぁ、冷めないうちにコーヒー飲んでよ!」
 うっ・・・。やっぱり飲まないとダメかぁ。

 恐る恐る、コーヒーカップに口をつけようとした時、「臭っ!」焦げ臭いコーヒーの臭いがした。
 砂糖とミルク、砂糖とミルク・・・あれっ、ないよ?ブラックで飲めっていう事?飲めないよ~!でも、せっかく面接に受かったんだし、印象悪くするのもなぁ~う~、我慢して飲むしかない!

”ブラックコーヒー”を一気飲み!臭っさぁ~!苦っが~!まっず~い!

 慌てて、水を・・・ハッ、いかん!今、水を飲んだら、不味いって思ってる事がばれてしまう!
「た、大変、美味しかったデス・・・。」

「それじゃ、明日からよろしくね!」
「はい、よろしくお願いします・・・。」

 自動扉が閉まった瞬間に、猛烈ダッシュ!あかーん、口の中が苦いし焦げ臭いし!こんな時は「甘いものスウィーツ」だぁー!
 よく行くスウィーツ屋さんに飛び込み、「一番、甘いものをください!」
 店員さんは、びっくりしていたけど、最新のアップルパイを出してくれた・・・。

 半泣きでアップルパイを口の中に押し込み、更にクッキーを注文、それも慌てて食べる・・・当然、喉を詰まらせる・・・。
「水、みず!」

 その光景を見ていたパティシエの店長が笑いながら「香、どうしたのよ?そんなに慌てて。」
「て、店長~!さっき、面接で行った喫茶店のコーヒーが焦げ臭い!そして、ものすごく苦い!私、更にコーヒーが嫌いになった!」と涙目で訴えた!

 香の話を聞いた店長が「香、あなた、本当に美味しい珈琲を飲んだことがないんじゃない?」と心配そうな顔で聞いてきた。
「確かに、家ではインスタントコーヒーだから、思いっきり砂糖とミルクを入れて飲みます。」
「アハハハ!それじゃぁ、コーヒー牛乳ね!」

 大笑いしていた店長が、真剣な顔をして、
「今から時間ある?付いて来て欲しい所があるの。」


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『喫茶 ちいさな窓』はまるで森の中にポツンとあるような小さな建物で、店内は木を基調としていて、カウンター席に5,6人、二人掛けのテーブルが一つと、こじんまりしている。
 高い天井にはシーリングファン、今時珍しいレコードプレーヤーもある。
ひとつ違うと言う所は店の名前に反して、窓は大きいということぐらい。

 そして、なんとも言えないいい香り・・・。

パティシエ店長はカウンターに座るやいなや
「マスター、この子に本物の珈琲を飲ませてあげて!」
 マスターは、軽く頷くと豆を炒りだした。
「ここの珈琲は豆から手を付けるから、出てくるまで20分ぐらい待ってね。」
「コーヒー一杯で20分も掛かるんですか?」
「そうよ~、本物はね。」

 マスターらしき紳士のおじさんは、見た目は50代半ばを超えたぐらい、白髪も見え隠れしているのだが、それがベストにネクタイといったいで立ちにマッチして「無言の説得力」を醸し出している。

「こちらをどうぞ。」と何やらレバーのついた箱?を出してくれた。
「これは?」
「コーヒーミルって言ってね、豆を挽く道具よ。これだけは客の好みが出る所だから豆を挽くが出来るのよね。」とゴリゴリとハンドルを回していく・・・。私の分はマスターが挽いてくれている。
 粉状になった珈琲からは、とても香ばしい香りが・・・。

 マスターが挽き立てをドリップに入れ、少しだけお湯を注ぐとフワッと香りがたちこめた・・・
「はぁ~、いい香り・・・。」
 お湯を含んで、ふっくらとした所にゆっくりと円を描きながらお湯を足していく・・・ドリップの下にあるガラス製のポットにコーヒーの雫がポタポタ落ちるのを眺める・・・。なんて、ゆっくりとした時間なんだろう・・・。

「お待たせ致しました。」
 その珈琲は黒いはずなのに、澄んでいるという言葉が似あいそうなぐらい、透明感があって、とても綺麗。
「是非、香りも楽しんでください。」
 やわらかい湯気を立てているカップに顔を近づけ、臭いを嗅いでみる・・ え?いつも飲んでいるコーヒー、さっき飲んだコーヒーと全く違う・・・。どちらかと言えばフルーティーな感じがする。

「さぁ、飲んでみて!」とパティシエ店長が促す。
「でも、ブラックは・・・」私が躊躇していると、
「いいから、いいから、不味かったら私の店の一番いいお菓子をあげるから。」

 恐る恐る口を付けてみる・・・珈琲の香り、酸味、苦み、甘味・・・透明感のある味。
「あれ?お、美味しい・・・。」
「ね!これが本物の珈琲よ。」

 私は、衝動的に席から立ちあがると「この店でバイトさせてもらえませんか?」と気づいたら頭を下げていた。

あまりの突然の事にマスターは最初は戸惑っていたが、根負けなのか誠意が伝わったのか?
「あまりお給料は出せないですけど、それでもいいのですか?」
「大丈夫です!私、ここでバイトしたいんです!」

 こうして、私の「バイト先」は見つかった。
 もちろん、先ほどの喫茶マカロンには断りの電話を入れ、ひたすら謝ったた。

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