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戦闘霊ベルゼバブ(SF連載小説)第6次戦闘

ザリンが人工惑星の奥宮で使徒に選ばれたとき、ザリンは試練を受けたのだが、その時には試練の内容を何も覚えていなかった。
いや、ひとつだけ覚えていた。
自分が滅びつつある世界からネーネに連れられて救われたことを。
ただそれは試練ではない。ただの記憶だ。過去を思い返しただけだ。
その時のザリンはそう思っていた。
この試練はその性質上、受けたときには何も感じることなく終わってしまう。
ザリンがこの時の試練の本当の厳しさを思い知るには、もっと時を経なければならない。

ともあれ、ザリンタージュ達ステルン(星の子)宇宙軍のスキールモルフ一行が、人工惑星バルフの人たちに認められるには、結果はどうあっても使徒になるための試練を奥宮で受けなければいけなかったのであり、その時には流れでそうなったとしか言えなかった。

そしてどうやら試練に受かったらしいと分かっても、むしろ首尾よくいかなかったときに、どうやってバルフの民を丸め込むか、などということをむしろ考えていたくらいである。

なのでバルフの民を保護するための口実を手に入れたことは、余計な手間暇を省くための良い口実だった。とは認識はした。だが。

神皇ネサリケは説明した。
「それではただちに使徒さまの即位式の手はずをしましょう」
「・・・即位式?」
想像していなかった展開にザリンの声が少し上ずってしまう。

「ええ。我らを率いるための新しい王として。わたくしに替わりて神皇の地位に就かれていただくことになっております」
「いや、それは」二の足を踏む。
「それは良いのですが? あなた方の王を私たちのような、いわば外国人にしてしまって」
エイリアスの形で傍にいるクリスマスローズが異論を述べてくれた。

神皇はそれに対して丁寧に答える。
「我々バルフィンにとってこの星はそれ自体がいわば信仰の対象なのです。ゆえにこの星が定めた未来に殉ずる気持ちは我々に当初よりあります。そうでなければここには住まなかったでしょう。それは星が選んだ使徒さまについても同じこと。我が国古来に作られた法により、使徒が現れたときに王位を交代するため、仮の王として神皇がいたのです」
「ですが」
「もちろん使徒さまの希望をなるだけ尊重する形で、我々の社会も対応させていただきます」と神皇。
エイリアスのビャクダンが(ちゃんと説明した!)と頭の中で抗議してくる。
どうやらザリンが交渉をビャクダンに丸投げしたときに、そういう話があったことを、意識もそぞろになって聞き逃したらしい。
頭の中だけでごめんなさいしたザリンにたいして、さらにビャクダンは(受けてはいけない)とも意見してきた。
いわく(必ず後でトラブルになる。直接統治はリスクが大きすぎる。支配するにしても必ず間接統治にしてワンクッション置くべき)と重ね重ね意見してくる。
かろうじて「その件についてはしばらく保留させてください。こちらの事情もありますので」とだけ言って、返答を先延ばしにしてしまった。

「突然に現れた私たちのことを良く知らないのに、不安にならないのですか?」
安全への欲求から、バルフの民は自治に関しては高い要求をしてくるはずだと思ってた。それがまさか反対とは。これが宗教の力なのか。
「そうでもありません。使徒さまが来られることは実は予言されてたのです」
「予言?」
「はい。最初の星の民ではなく。2番目に来た方々が選ばれし者たちだと」
「予言を信じていると?」
「当たりますからね。信じざるを得ません」
「予言だとこの後、何が起こりますか?」
「すべてに関して予言されるわけではありません」
正直、罠であることさえ検討した。
だがバルフの詳細な歴史を調べてみると後付けではなく詳細な予言がなされたのちに事が起きた事件が少なからずあるのだという。
必ず当たる予言の謎。確かに信仰が流行るのもうなづける。
調べてみる必要があるが。

この話は後日、ザリンたちの間でさんざんな議論をもたらした。
この後、バルフ政府の予言省と、どうやら巨視的なレベルで収束を強制する予言装置というもの――バルフィンが作ったものではなかったけれど――まで確認されることになり、そんなものはスキールモルフたちもさすがに見たことも聞いたことがなかったので、狐につままれたような気持にさせられた。
結局のところザリンたちがそれでも受け入れた理由は、ザリンたちの体を構成する投影物質も強制的に収束を起こして有り得ないはずの物質を出現させているという事実で、高いレベルの技術においてそういったことは不可能ではないらしい、という推論を認めたからである。
だが後日のことである。今日この日のことではなかった。
いったんはこの話は後回しにせざるを得ない。

(警報!敵編隊検知!少なくとも10機以上)
軌道上空で警戒しているエイリアスではない方のクリスから警告がなされた。

間をおかずザリン自身も上がらなければならない。地上に本当の意味でいるのはザリンだけだ。後のエイリアスたちはザリンのマテライザで構築している。すでに投影を終了して消されている。
マテライザに損傷はない。問題なし。
出撃。
「使徒さま、どうされたのですか」
「申し訳ありませんが、この話は後で。敵襲なので対応します。空に出れる場所を教えてください」
「しかし使徒さまの機体は破壊されたと」
「私はスキールモルフです。必要なものはすべて私自身の内部にあります。空に出れる場所だけ教えてください」

閉鎖された地殻ゲートの上層部に出られる排気口沿いのテラスまで急いで案内された。
テラスの縁は低い。整備用でここに入り込む人間はほとんどいないので、落ちる心配をあまりしてない。
のちに観光地にまでなり、防護柵がつけられるようになるが後日の話である。

縁にでたザリンはそのまま下を見て飛び降りた。
下がどこに通じてるかは思いを巡らせる暇がなかった。
息を呑んだバルフィンたちが駆けつけてくる前に機体再構築を完成し、唖然とする神皇たちを置き去りにして、そのまま上へと推進していく。
レーダー波を飛ばして排気口が上まで抜けているのを一応確認する。
排気口の径が大きくなるところまで来ると、遠慮を止めて、一挙に離脱速度を超越して上方に向かって墜落し始めた。

先行するクリスマスローズとビャクダン機にたいして、遅れたザリンタージュ機とそれを待ったネーネ機がそれを追いかける形式。
(敵編隊の追加情報、第4惑星方面に少なくとも16機を確認。速度5%は出してます。展開位置と初速からして、航宙母艦からの発艦の可能性あり)

5%は光速の5%という意味である。
簡単な指標なので速度表示に関してこの表示をよく使う。
速度が大きければその分だけ大きな慣性エネルギーを最初から使うことができる。もちろん慣性速度が邪魔になることもあるが。
しかし必ずしも速ければいいばかりではなく、速度が速ければ相対性理論に基づいて時間が短くなり、つまりは射撃の機会がそれだけ減ることにもなる。
戦闘速度はその二つの要素のバランスによって決められるので、おのずと両軍ともにある程度の範囲に収まるのだった。

「母艦がいるのか。じゃあ12機以上はいるな。もっと出てくるぞ」ネーネの意見。
「まずいわね」とザリン。
第627戦隊にはわずか4機のスキールモルフしかいない。
「ここで意見具申」
クリスマスローズはエイリアスよりの時間遅れの発言から、直通に切り替える。
「今から増速して敵と同じ速度域で戦いましょう。ビルキースの出力ならまだ間に合います」
ビャクダンは何も言わなかった。
何も考えない場合、敵と同速度で戦うのはこの時代の戦闘セオリーでもある。
ザリンタージュは少し考える。
「私たちの間でいちばん戦闘経験が豊富なのはネーネよ。ネーネの意見を聴きたい。どう思う?」
ネーネの戦歴は10万年以上ある。もっとも推定数億年の稼働時間を設計されているとされるスキールモルフに、設計寿命を迎えたものはいまだかつてない。戦闘でデータロストしての戦闘喪失ならあるが。
「私だったら・・・」ネーネは即席の作戦を立てた。

一方、侵攻側編隊長。
“プリンセスロイヤル”
「リーダーより各機へ。敵インターセプターを確認。機数は4機」

第2小隊長“ブルワーク”の追加分析。
「“しまんと”たちが戦っていた時と同じ。わずか4機。小隊規模です。予備兵力を隠している可能性はゼロではありませんが、おそらく敵の全力」

圧勝の予感で気分が持ち上がるのは避けられない。“しまんと”たちの敗北は不意打ちを受けたから、あるいは“しまんと”たちの純粋な失策からだ。

第3小隊長“レナウン”「ステルン側の実戦経験は我々よりも豊富です。これまでも2対1でも敗北したケースあり。油断なきよう」

第4小隊長“ペネロープ”「飽和攻撃で焼き払ってやるっ」第4小隊は特に見敵必戦の気風が強い。

“ブルワーク”「会敵まであと2分。想定より速度が遅い」
“ペネロープ”「早く来い早く来い早く来い早く来いっ」
“レナウン”「敵編隊増速。個数20に増加。フィシュ展開とみられ」
“ブルワーク”「会敵まであと20秒に短縮」
だがその20秒を待つ。セオリー通り。
“ブルワーク”「時間」
“プリンセスロイヤル”「各機、射撃自由」

敵は土壇場で速度を上げた。
明らかに失策だ。予定戦闘速度を読み違えたのだと思った。
“プリンセスロイヤル”は心の中でほくそ笑む。
いまのところ万事順調以上だ。
いつまでもドイツ艦に命令されている立場のままではいられない。誇り高き連合王国の名を受け継ぐ以上、次は艦隊司令を目指している“プリンセスロイヤル”である。登るべき高みはまだいくつもある。最終的に護国卿に至る道には。

戦闘交差する。


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いつもありがとうございます。
過去話をリンクで貼っておきます。

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