見出し画像

戦闘霊ベルゼバブ(SF連載小説)第8次戦闘

これまでのあらすじ::主人公たちは敵シズ共同体の第2派攻撃を撃破した。しかし同時攻撃により、第3次攻撃隊が守るべき人工惑星バルフに攻撃を仕掛けた。一方で第2派攻撃隊の残存部隊も主人公たちを追撃する。

***

惑星バルフに再びの空襲警報がなった。
バデー党のツエグラは閉鎖地殻で閉ざされた天を見て、そこに空があるように帽子をとって仰いだ。
小さな政党である。今はまだ。メンバーは10人前後。
ツエグラは庶務として入ったが、実質的にもっとも有力なメンバーだった。
やがてバデー党はバルフ議会を席巻する大勢力野党になるが、この時点でそんなことを言えば、悪魔に笑われるだろう。そういうことわざがあった。
「惑星政府は無策だ」とツエグラは思っていた。
予言省と巨大な予言装置のご神託に依存して、それに頼り切っている。
そもそも予言装置がどのようにできているか、バルフィンで知るものはいない。
あれに従った方がいいのか、それとも従わない選択肢だって取りえるんじゃないか?

第1の星の民がやがてバルフを焼き払うだろう、ゆえに追い出すべし、と予言装置が託宣したのを、文字通り受け取ったのは本当に正しかったのか。
惑星軍に攘夷など不可能である。
先の戦いでもたった2機に一方的に、連合宇宙軍の主力が撃破されただけではないか。

そして第2の星の民がバルフを守るであろう、という託宣は果たして本当なのか?
極秘ルートで入手した情報によれば、全機で別の敵と交戦するために出撃してしまったという。
第2の星の民が守ってくれるという話こそが、実は間違っているのではないか?

今また、空襲警報が地下都市ロクサーヌに鳴り響く。
おそらく前回よりひどい被災になるだろう。
バデー党は公式にはまだ存在していない。
公式に存在しているのは中小の報道機関ミルナシュであり、バデー党はその政治部門に過ぎなかった。
そしてツエグラは編集部員ですらない、総務部の主任であった。
しかしツエグラが持つ極秘ルートは、だいぶ正確な情報を挙げてきてくれる。
この情報を民間で持つものはまだいないのではないか。
スクープのチャンスだ。表向き編集部に手柄はいつも譲ってはいる。
だが人事権やそれに関する情報はツエグラに集中していた。
世間を驚愕させる。すなわち世界を変える。

****

“アークロイヤル”麾下の第3次攻撃隊は抵抗を受けなかった。
ステルン側の迎撃も、惑星空軍による迎撃も行われなかったのである。
惑星バルフ空襲は単純な任務だった。
ただ名ばかりの軌道上防衛装置が働いたが、赤子の手をひねるように片付けると、目標ポイントをただ低威力弾で空襲していく単調な作戦であった。
惑星空軍すら出張ってこないのは、やられる一方だということを理解したからだろう。
それとも何かの策だろうか?

惑星外殻は、すでに輝き始めたアスカグラフの光によって焼かれ始めていたが、もとより荒野なので変化はない。残存する施設を適度に破壊すると撤収時間が来た。
壊せるものはすべて壊したが。
“アークロイヤル”のもとには、すでに通信封鎖を解除した第2次攻撃隊の苦戦が伝えられていた。
もしかしたら。
致命的な何かを間違えたのかもしれない。
“アークロイヤル”は不安に襲われた。

****

クリスマスローズより「敵2番目の母艦を検知、本当にいたっ」

数刻前。
ネーネの作戦提案。
「ただ攻撃してきた連中をやっつけるだけじゃダメだ。相手は数で勝っているから何度も何度も攻撃を仕掛けてくる。いつかこっちは擦り切れる。それを防ぐためには、最初のうちに相手の優位を決定的に崩してしまうくらいの打撃を入れるしかない」

そしてネーネはシズ航宙母艦を叩く作戦を考えたのである。
攻撃隊など場合によっては無視して良い。
母艦さえ叩けば、敵は作戦すべてを変えるくらいの計画変更を余儀なくされる。
しかし、この見え見えの配置をして、敵が自ら航宙母艦の存在を匂わせているとなると、本命はおそらく別にいる。

「私だったらそう、反対側にもう一隻を置くかな」
といって星系の反対側の方を見やるネーネ。

とはいっても、もう一隻の空母がいるというのもこの時点では、そもそも仮定である。
いるかどうかなど、ネーネがそう思っているだけである。
「まあ、正面の敵は叩くよ。そのあとで追撃を入れるが、そのまま追いかけるのではなく、油断している2隻目を狙う」
簡単に言っているが、正面の敵ですらこちらの数倍の兵力なのである。
数倍の敵にたいして勝つこと前提なのだ。
あまりにも荒唐無稽と言えた。

だがネーネには数万年の戦闘経験がある。
嘘か本当か、ネーネは度重なる武勲と命令違反により、中将から最下級の突撃兵まで、ほとんどの階級を上下行ったり来たりしていると言う。ただの伝説のような気もするが。

ネーネはこっちを見る。
「最終的には指揮官が決断するしかないけど」
ザリンは決断した。自分が決して優秀ではないという自覚がある。優秀な部下を信じて破滅するのであれば、それ以外で破滅するよりもまだマシだろうと信じている。
「ネーネのやり方で行く。質問は?」
残り二人も異論はなかった。

こうして4機全力で敵の攻撃隊を壊滅させたあと、そちらへの追撃や掃討を放棄してこちらの戦場にやってきたのである。それには莫大なエネルギーを必要とする。無限動力なので燃料切れの心配こそないが、こちらの動きを敵に把握されるのは仕方なかった。

(オキノタユウ)艦長“インディファティガブル”は戦慄を感じながら報告を受け続ける。
「敵主力により第2次攻撃隊、壊滅」
「敵主力、第3次攻撃隊を迂回せり」
「敵主力、本艦に向けて加速中。接敵まで25分」

“インディファティガブル”「奴の狙いはこっちか!」
なんで本艦がここにいることが分かったんだ。
(蝶々の卵)よりの指示を受け、今日まで動きを見せることなく暗黒の中でひたすら待機していたのに。
まるで見抜いているみたいな。
薄気味悪さすら感じる。
「全速後退せよ。追いつかせるな」
といっても質量の大きな空母は、どうしてもエネルギー効率が悪い。
空母を解体するならともかく、いや、それをしても敵の足につかまるのは避けがたい。

だがステルン側のすぐ後ろには、ぴったりと第5小隊が食いついてきている。
シズ側は当然に味方艦の配置を知っている。
だからこそ若干のショートカットすらできるが、
第5小隊4番機“テンペスト”が「でもこれって(オキノタユウ)の位置を教えてませんか?」と疑問を口にする。
第5小隊長“ドレッドノート”は「もうバレてるよ」と簡潔。
“テンペスト”はもう、なんて言ったらいいのか分からない。
文明の中心地帯ではこういう戦いは見たことがない。
お互いに奇策を使いあい、敵の裏をかこうとする。
もっとこう火力とか機動とか演算力で戦うものと思っていた。
“ドレッドノート”が説明する。
「いやいや、君の考えてることは多分正しいよ。だが人間の中には不気味な奴がまれにいてね。確率の法則とかを無視して、少ない確率なのになぜかそれを採用して、しかも引き当てるやつが稀にいる。いたというべきか」
“テンペスト”は上官が禁忌に触れたことがわかった。
シズにとって自分たちを人間に擬することは削除に値するエラーである。
「大丈夫だよ。君が口を滑らしたりしない限りは」
「え」
“テンペスト”は目をまたたき、2番機と3番機が聞いているだろうに、と思った。
でも、2番機“ライブリー”は「そういう人なのよ」
3番機“アヴキール”「また若い子をたぶらかしてる」などと言っていた。
“テンペスト”は混乱してしまう。
“ドレッドノート”「そんなことより、ほら、横から刺すよ」
第5小隊はついにステルン隊に追いついたのである。

(オキノタユウ)に迫るネーネたちに、側面から別の戦隊が突撃してくる。
どこにかくれていたのか。
先の戦いでは、姿を見せないままだった。
見つけられなかった。
いずれにせよまずい。

「ここから先は分散して敵の母艦を攻撃しよう。誰かが一番槍になればそれでいい」
更なるネーネの提案。
クリスもそれで納得しかけたが、

しかし「ダメよ」とザリンが言った。
「今は1人も仲間を無くせない。4機が3機になったら終わりよ。ここは集合したまま行く」
クリスマスローズが「でも敵の攻撃も集中するけど」と異論。

「覚悟の上。密集形態のまま突撃しましょう。私たちの防御は本来、密集形態の方が効率は良くなるはず」
これまた、投影物質を使用している根拠と同じ。被弾の確率を投影物質によってなかったことにするのである。
そういう防御技術についてはステルン側にシズよりも一日の長があった。
そういう効果を求めるにはその機体が持つ意識量という数字も意味を為した。
ここでいう意識量は人間の魂というような曖昧な意味ではない。純粋に数学的な数字だ。
ステルンのスキールモルフはこの数字が高かった。
スキールモルフが人間でも良いのか、機械でしかないのか、という両陣営の考え方の違いもある。

「被弾率の上昇に比べるとその防御効率は決して高くない」クリスマスローズがさらに反論したが「まあ戦隊長の命令なら」と撤回した。

「死ぬときは一緒に」ザリンが言った。
それはお前が寂しいだけだろう、などとは誰も言わない。

ふたつの戦隊は交差する。両陣営の砲火応酬がもっとも激化。
ザリンたちは単縦陣を取り、“ドレッドノート”たちは横陣を形成した。
ザリンたちはここで単縦陣を微妙に歪曲させて、斜めに突き刺さる斜行陣の角度を取る。

光芒。
全速後退する(オキノタユウ)の面前でふたつの牙が折れんばかりに組み合った。
“インディファティガブル”は空母艦を非再構築して逃走することを考慮した。母艦になれる自分が、生き残る事には意味がある。母艦を解体してしまっては、変形可能な機体を持たない部下は虚空に全滅するだろう。それでもだ。だが敵前逃亡は屈辱でありすぎ、誇りがわずかな時間を無駄にした。

光が消えやらぬ前に、その中から一機が抜け出てきた。
それは、クリスマスローズ機だ。
「とった!」
誰かが叫んだような気がした。

******

艦隊司令“エムデン”は報告を聞いた。
艦隊参謀“ヴァリャーグ”が端的に戦況を説明した。

「第2次攻撃隊は、ドレッドノート隊以外は壊滅。航宙母艦(オキノタユウ)は撃沈された模様。“インディファティガブル艦長”はロストしました」

“エムデン”は最初のうち、すぐには感情を見せなかった。ただ眼を大きく開いた気が参謀にはした。
他に特に何の反応もなかったので“ヴァリャーグ”参謀は続けるしかない。

「第3次攻撃隊は人工惑星の爆撃を無事に終了、母艦喪失のため、本艦への着艦を要請しています」
「第3次攻撃隊の着艦を許可する」
“エムデン”は簡潔に命令した。
「全艦、撤退せよ」

“ヴァリャーグ”参謀はもしかしたら自分の記録が改竄されたのかもしれないと後日の感想を述べている。
それくらい信じられないものを見たのだそうだ。
敗北ののち、艦隊司令“エムデン”は笑ったという。

******

また第3次攻撃隊がバルフを空襲する少し前、バルフから1機のシズ機が飛び上がった。
“しまんと”である。
バルフ側の虚を突くこの時まで潜伏していたのである。
バルフ側やステルンの追撃は皆無だった。
拍子抜けするほどあっさりと離脱すると。
彼女は第3派攻撃隊と若干の交信をしたあと、戦闘もなく大きな放物線を描いて(蝶々の卵)に戻ってきた。

帰艦して真っ先にやることは“コンステレーション”のもとを訪れることだ。
彼女は撃墜されたので、ロストはしたが、原型が残っているはず。
おそらくはリブートも行われたはず。
もう、覚えてはいないだろうが“コニー”に礼を言わないといけない。
そう思った。
助けてくれてありがとう、と。
あなたのおかげで生き残れたのだと。

しかし“コニー”はリブートされてなかった。
どういうことだ?
“コニー”ほどの名機がリブートされないなどということがあろうか?
すでに先の戦闘で撃破された“プリンセスロイヤル”などはリブートされ始めていた。
“ブルワーク”や“インディファティガブル”も戻ってくるだろう。
戦闘経験などはバックアップの前までしか残っていないだろうが。
場合によっては機体や母艦のデータを取り上げらえるかもしれないが。
でもスキールモルフは原型が残っている限り、なんども生まれなおして出撃してくる。
だから“しまんと”も“コニー”に再開できることを信じて疑わなかった。

でも“コニー”は戻ってこなかった。
待機組だった“あきつしま”が説明した。

「“コニー”はイレギュラーと判定されたのよ」
イレギュラー、エラー、反逆者、言い方はいろいろあるが。

要するにシズ共同体のスキールモルフとして禁忌に触れたので、原型まで廃棄処分となった。体制にとって危険のあるアルゴリズムは消去される。
ソフトウェアの危険性に対しては当然の措置だった。

「“コニー”のどこがエラーだと言うんだ!」
“しまんと”は“あきつしま”に食って掛かったが。
そもそも“あきつしま”と“バルフルール”の不甲斐なさが“コニー”の被撃墜を招いたのだ。水に流すつもりにはなれない。

「知らない。本国の同期組絡みじゃない? “ゴールデンハインド”さまの派閥が丸ごと消されたっていうし」
“あきつしま”は冷たく突き放すように言う。
要するによく覚えてもいない本国で粛正か何かがあって、それのとばっちりを受けた“コニー”までが消された、そういうことか、と理解した。
“あきつしま”に怒りをぶつける気力も無くした“しまんと”は自分の待機スペースへと引き下がった。

少し休んだ。
そしてあれが“コニー”と話した最後だったのだと、唐突に気づいてしまった。
てっきり再会できるとばかり思っていた。
たとえ自分のことを覚えていなくても、また覚えてもらえばいいと思っていた。
スキールモルフは泣いたりしない。
その代わり“しまんと”は呻いた。
「・・・殺してやる」
誰を?
それは“しまんと”にも分からない。
本国のくだらない決定を下す、何者かを?
それとも“コニー”の喪失に至ったステルンの敵を?
分からない。
ただ“しまんと”は復讐を忘れなかった。
忘れないようにログに深く刻みつけた。
失ってはじめて、それがかけがえのないものだったと気づいた、と。

“しまんと”が撃墜されてリブートされない限り、あるいは“コニー”と同じように廃棄処分とされない限り、そのログは消えることはない。

*****
いつもありがとうございます。
過去話をまとめました。


#小説
#連載小説
#SF
#宇宙SF
#タイムトラベル
#スペースオペラ
#遠未来
#人工知性
#空中戦もの

この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?