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戦闘霊ベルゼバブ(SF連載小説)「第4次戦闘」

ねじ折れたザリン機は態勢を立て直せず、そのまま地上に激突した。
だがそれは“コンステレーション”のように内部までを破砕する結果にはならず、中枢部は生き残る。つまりザリンタージュ本体は戦闘不能にはならず、地上で破砕された機体から脱出した。というよりトップ部を破砕して這い出てきた。
ビルキース機体そのものは、フォルムマテライザからの投影物質の映写によって構築されるので、機体の損壊は問題ない。いくらでも再構築できる。問題なのはマテライザが故障している場合だった。

ネーネ機から通信。
「マテライザ損傷の可能性あり。すぐの機体再構築は危険。そのまま地上で待機するべき」
隊長はザリンなので意見具申の形である。
「敵は」とザリンは聞く。
「一機は自爆。もう一機は撃破できず。ただし惑星外への撤退の兆候もなし。おそらく付近に潜伏中。このまま上空及び軌道上を封鎖する」
ふだん余計な細部がかしましいネーネらしくもなく兵器らしい簡潔な会話。まだ緊張を解いてない。
「惑星政府がそちらに救援機を送っている。外交交渉の必要あり。自力脱出可能の場合であってもあえて救助されるべき」
短い簡潔な報告と意見に徹している。まだ上は戦場なのだ。
「了解。復帰までの指揮権をネーネ機に移譲する」
ネーネ機が通常文字ではないウインクマークを送ってきた。
これらの相互通信は意識アルゴリズム内で意味論的に閉鎖的に完結される。外部が聞く可能性は非常に乏しい。仮に聞かれても普通は理解できない。暗号複合などの処置は無意識化で行っているので、ことさら意識しない限りそれを把握しない。

マテライザ損傷の可能性ありとは言われたが、肉体の構成を見る限り、故障している可能性は低い。念のためだ。あるいは惑星人と接触する口実作りのため?

惑星人は何千年か前に既知宇宙から植民してきた人なので、おそらく思ってるより状況に関する知識はあるだろう。また彼らも人類の系統に属している。
ただシズ共同体は人間であることの定義が狭いので、惑星植民者が人類に含まれるかどうかは微妙だった。惑星人のことを同じ人類とは見做さなかったのかもしれない。交戦してたのはそのせいだろうか。ザリンにはまだ分からない。
ステルンは?というと、ステルンにとっては人類の定義は明確ですらなく、考え得る限り極端に柔軟で、おそらく敵の敵は味方という単純な原則にのみ基づいている。
上半身一部を除いてタイトなバトルドレスのままで、ホストの到着をザリンタージュは待った。
ザリンタージュが不時着した人口惑星バルフの外層部では、大気がほぼ存在せず、黒に近いほど濃い青の空が天界を覆っている。地上は荒野であり、白い砂と岩にまみれていた。
時間があるので、大気分析、地質分析をしてみる。惑星には酸素が豊富で、酸化したケイ素が多く含む塩基性岩が多い。地溝部や内部はこの例ではないかもしれない。

数分後、惑星空軍の巨大な機体が上空を通過した。
ついさっきシズと交戦していた惑星空軍の機体だ。それは巨大なジェット戦闘機にロケットエンジンを不格好に取り付けたような姿をしていた。その大きさと推定推力と構造材強度をパッと目から判断するに、格闘戦などは考慮されてないミサイルキャリアーに近いようだ。ツヴァイコーン相手に勝ち目がないのも当然だ。

戦闘機はザリンと交信しようと試みた。
ネーネ機としていた意味論的な通信ではなく、音声言語による電波通信だった。
結論からいうと意思疎通はこの時点では無理だった。
もう少し会話データを増やすしかないな。
こういう役回りは本来はビャクダンの仕事なのだが。
いつも何を考えているか分からない彼女は、その気になれば意外にもどんな相手ともフレンドリーになれるのだった。

サナック・スペサラキ大尉は、眼下にいるはずの「味方」にたいして通信を試みた。
「サナック大尉。ポエムを垂れ流すのは止めた方がいいぞ」
「これはポエムじゃない。相手が知的生命体であることを前提として交渉手段だ」
管制機のトルケフキ少佐がサナック大尉に介入した。
「交渉手段というのは素数を紹介して相手が答えるかどうか、という奴だろう。君の通信のどこに普遍的事項に対する合理性がある?」
「相手は十進法を使ってるかわからない。我々の常識がそもそも通じない恐れもある」
「だからといって、音楽を贈るのはどうかと思うぞ」
「惑星音楽だ。この太陽系の惑星の公転周期を音楽にしてみた。彼らが来なければ僕は死んでいた。歓迎したい」
「そうか。まあ乗員が生き残っていればの話だ。ムガンナクを派遣している」
「生きている。何か動いてるのを確認した」
サナック大尉が乗っている機体、トルガナークb2重戦闘機には各種のセンサー類が充実している。
トルケフキ少佐は夢見がちな航空兵との会話をあきらめた。
ムガンナクは巨大輸送機だ。伝説の巨大龍の名前からとられている。

ザリンは「お出迎え」にたいして正装を取ることにした。
おそらくマテライザに損傷はないという感覚。体のステータスクオーを損なう反応は何もない。そうそうマテライザに損傷は起こらない。
そこであえて油断して、正装を取ることにした。躯体再構築。コスチュームチェンジ。フルドレスへ。
上は東洋式の合わせ。生地は白。エリ、階級章はピンク。ハイウエスト。
袖は先端部が膨らんでいる。袖ボタンは表で腕の上部についている。カットインブリーズで切れ込みが表側の腕の半ばまで続いており、階級章も微妙にそのカットインの場所で角度がずれて断層のようになっている。
ハイウエストの下は巨大な黒のクリノリンキュロット。オーソドックスな赤の6つボタン。下側に膨大する半円形のベルトバックル。
階級章は海軍大尉。ネーネに言わせると帝政ドイツ海軍様式。ラインの上にループではなく紋章がついている。紋章は太古の覇王が使用していたという蠅の紋章だが様式化されているので文字に見える。帝国文字のWの字に近い。
帽子は筒状の布を途中で折れ曲がらせたビョルク帽。ネーネいわく「トルコのイェニチェリ帽子をフランス軍のベレー帽みたいにかぶる」ネーネの夫はアメリカ軍人(そういう軍隊が存在してたのである)だったそうなので、そういう細部に詳しかった。色は黒。折り返しの部分に何かつける場合もあるが、この戦隊には何もなかった。シンプルオーソドックス。最古参の部隊なのだ。

上空をフライパスする航空機、先だってツヴァイコーンに一方的に撃破されていた機体だ。それに複数周波数の電磁波を送信。人類の末裔なら光学でも補足できる。通じないかもしれないステルン式の一般救難要請。さらに手を振ってみた。見えないだろうが、まあ気持ちの問題だ。

***

バルフの首都はロクサーヌと呼ばれている。地溝帯の奥深く。地下部に存在している。気圧は高い。たっぷり3気圧はある。空気がねっとりと流れているのを感じられる。これでも抑えているようだが、バルフィン(バルフ人)はごく最近の進化の過程で圧力の変化に強い耐性があった。潜水病や高山病などにかかりにくいということ。それ以外はモンゴロイド系の顔立ちに、地下生活で光をあまり浴びないことからくる薄い肌と髪の色を持つ。
放射線量の強い惑星で育った結合組織まで黒いザリンの見た目とは対照的だ。
スキールモルフにとって外装は取り換え可能なパーツでしかないので、替えることは容易だが、だいたいは自分の出自をそのまま使う。ただここでは目立つ。異邦人らしい姿だ。とはいえ替える理由はない。

言語はこの時点までに解読できていた。それほど離れてはいない。古英語(銀河帝国文法)からさほど距離は離れておらず地方的な言い回し以外はある程度解読できた。下位知性の言語野にはすでに自動化モジュールが構築されていて簡単な会話ができるようになった。

フルドレスの効果はあったようで、まず医療担当班が来ることはなかった。
だが彼らからすれば小柄な少女といった体の自分の姿には驚かれたようだ。スキールモルフは宇宙空間を長期航行するため、なるだけ躯体を小さくする必要性がある。だから星間体では子どもの姿になってしまうのだが、もちろん中身はそうでもない。
いや、兵器の精神年齢は意外と幼いのかもしれない。
宇宙空間を何千年も飛行していると何もやることがなく、精神的成長など起こりようがない。ザリンは自分以外の小隊メンバーを思い出して訂正した。

ララメリアからバルフまで。ここへくるまでの1000年近い時間、ネーネとクリスとビャクダンはお互いにゲームを作りあい相互プレイすることでお互いに楽しんでいた。ザリンはほとんど参加しなかった。むしろネーネを取られて気分で少しふてくされていた。
ザリンはネーネの前だけで甘える。ザリンにとってネーネや親かもしくは上の姉妹のような存在であり、かつては世界そのものだった。
昔、ザリンにとってはネーネしかいなかった時代がある。
ふたりだけの空間ではザリンはネーネに幼子のような本性を見せる。
「どうして私とは空間接続してくれないの?」
孤立回線のことをステルンはそう呼ぶ。ふたりだけのメタ空間。
「クリスやビャッキーをほったらかしにしておけないでしょ。特にクリスは生まれ変わったばかりなんだから」
「私のことなんかどうでもいいと思ってる?」
「あなたは大人になるんだよ。ほらみんなともつながろう!」
「いやだ。私のことを知ってるのはネーネだけでいい。私のこと嫌いになったんだ。ネーネだけいればいい。私だけのネーネでいて」
ネーネは困ったような顔さえ見せず、微笑んで言った。
「いつか私はいなくなるんだよ」

幼子なのは自分だけなのかもしれない。

わずらわしい外交交渉は、ビャクダンにエイリアスを飛ばしてもらい、中身を替わってもらった。代わって自分がビャクダン機で高軌道警戒の任を代行する。
こっちの方が断然いい。
なのでバルフィンとの交渉は歴史的には自分の名前で行われているが、ザリンには現実感のない他人事のエピソードに過ぎなかった。

ふと。
こちらに戻った瞬間、
「サナック・スペサラキ大尉です。助けてくれてありがとうございます」
「どちら?」
「トルガナークのパイロットです。あなたが介入してくれなければ死んでいました。同僚たちと同じように」
銀河帝国様式の古いジャケットスーツを着こんでいる。バルフィン空軍の正装なのだろう。肩章など見たことのない飾りがついている。
そうか。あの重航空機の搭乗員か。
「私が助けたわけではありません。仲間が助けたのです」
この時は印象に残らなかった。後で思い出す。

交渉は簡単に終わった。
彼らとはほぼ共通文法で会話できた。数千年の離隔があるといえ、お互いの相互理解に使う時間は相当に短かった。広義で同じ文化圏だと思ってよい。
彼らは失われた秘跡を守護する役割をもった民族であり、正しい使い手が現れる日を長い間、待ち続けてきた。それがバルフィンの宗教哲学だ。
バルフ国民はその哲学に基づいて日常を生きている。秘跡を継承するものにそれを受け渡す。世界における彼らの存在理由。
神皇と呼ばれる宗教的権威が通常は立憲君主として形式的な象徴として君臨している。
純粋に立憲主義とは言えないのは、神皇には継承者がやってきたときの交渉権が与えられているからだった。
神皇はゲノムの中に必要な技術知識を格納しており、10歳前後でそれが発動する。
発動した個体が次の神皇になる。ひとりが発動するとそれ以外は発動しない。

実はシズ共同体とも交渉が行われていたが、シズは全惑星民の退去とその代わりの保護を要請した。バルフィンは受け入れなかった。秘跡から立ち去ることはいかなる理由があってもできない。継承者と行動を共にすると。それもバルフィンの宗教哲学だ。

想定とは異なり、シズ共同体はバルフィンを保護すべき人類と認めた。
だが保護すべき対象に長征に同伴させることは許されない。そして保護すべきものたちが保護規定に反して破壊活動を行った場合は、武力行使が認められていた。シズの法規だ。
そういった経緯がこじれて戦闘にまで発展していたらしい。
ただ、あの戦闘の経緯は軌道上空を占有するシズ機にたいして、結論からいうと、バルフィンが挑戦を仕掛けたことに由来するらしい。意外とケンカっぱやい民族だ。気をつけよう。

小隊同士で簡単にリモート会議。すぐに満場一致で彼らを同行することに決定した。
この機を逃せば、シズにたいして交渉上の優位を獲得する好機は二度とこない。
遠隔地では戦隊司令官が国家代表としての全権を認められている。
ザリンの決定によりバルフィンたちの要求をのみ、彼らを同行することに決まった。
問題なのはどこへ? ということだ。

地溝帯の中には海がない部分がある。その部分は深い谷があり、それは常識を遥かに超える深い谷であり、その途中に首都ロクサーヌがあり、さらにその下がある。水域によっては深く落ちていく滝になっているところもあり、さらに熱せられて水蒸気として戻ってくる水循環としても成立していた。ゆえに地溝部の湿度は高く、さらには光さえあった。強くはないが光学藻類が光を発生させ、それを中心に生態系が作られてさえいた。
伝え聞くところによると、バルフィンが植民したときにすでに生態系は存在したという。
その生態系にはいくつかの起源があったが、主要なそれは地球生態系由来ではなく、起源の解明は不明だった。もっとも地球系生物も大量に住み着いてしまい、すでに環境はそれに合わせて調整されてしまっている。文献にしか残ってない絶滅種も数多いる。

首都ロクサーヌより深く地殻の終わりに近いところまで来ると、もはや生命体にとっては耐えがたいほどの熱量が存在した。地殻活動があまり存在しないとはいえ、この深度はもはや生物圏とは言えない。
そこには神殿とバルフィンが呼称している奇妙な建築物があり、それについて神皇は語る。
「使徒よ。あなた方が使徒であることをお示しください。これより先はあなた方が」
ちなみにバルフィンたちは使徒として認められなかったのだそうだ。
ということでここから先はザリンの役割となった。

本当に難解だったのはここからだった。
神殿はバルフィンと違い、同じ文化圏どころか、同じ生命概念すら持っていない完全なる異種文明の産物なのだ。
本当の交渉はここからだ。

**********
あとがき:

注意:ビャクダンことビャッキーは「もこもこ怪獣は今日のモコしてる」のビャッキーと設定が同じですが、パラレルワールドゲスト出演のようなものだとお考え下さい。スキールモルフなので「もこもこ怪獣」としての機能は失っています。同じ世界線の過去未来の関係なのかどうかは、まだ決めていません。

それにしても字数制限の制約から解き放たれました。

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