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戦闘霊ベルゼバブ(SF連載小説)「第5次戦闘」

自分が最後の1人になって以来、歌わなくなった。
 
歌を忘れたカナリアは、まだ歌を思い出さない。
亡くした声は、今はいない仲間のために。
ひとりで歌う歌はない。
もう決して泣いたりしない。
世界の始まりからそんな歌はなかったのだ。
歌を忘れたカナリアを、誰も思い出したりなどしない。
誰も知らない。その鳥がいたことも。

ザリンタージュが生まれ育った惑星は滅びかかっていた。
惑星ジャンとか、いやそれは種族の名前だったろうか。
もっとも種族の名前も惑星の名前も、その名詞を言葉にする者たちが滅びれば意味をなくすのは同じこと。
星も死ぬ。ジャンは死にかけた星。
いやそれはここに住み着いたときからだ。
歴史のはじめにおいてはそんなことは気にされなかった。
空気は薄く、重力は重く、線量は高く、水はなく、そして地殻活動はもう起こらない。
でも星の寿命が完全に尽きるまでまだ間がある。
それまで住みやすい世界にしていこう。
父祖が建てた誓いをザリンは知らない。
星より先に民の方が死に絶えるとは思ってなかったに違いない。

でもそこにネーネがいた。
ネーネはそのころからスキールモルフだった。
ジャンの民に合わせて黒い肌になった彼女は、その星の最後の生き残りをステルンに勧誘して旅をしていた。滅びる民族を救おうとしていたのか。
どれだけのジャンがスキールモルフになったのかは知らない。
誰もいなくなった集落の奥に小さな社があって、
そこにひとりだけ残っていたザリンをネーネが見つけた。
まだ人間のころ。ザリンの背丈がネーネの半分にも満たなかったころ。

君、ひとりなの? 
こんなふうに。

ザリンは死ぬまでそこにいないといけない。だからついていけない。
断ったけど、ずっとひとりで生きていくのは心細かった。
ジャンの民はすべて死んだ。
最後に自分だけが残った。

もう、ここにいなくてもいいんだよ。
私と一緒にいこ!

それは同情でも情が移ったからでもない。
単なる任務だったのだと気づいている。
そう思おうとはしている。
ステルンは常に志願者を求めてる。
新しい同志を。星の海でともに冒険して隣を任せられる仲間を。
しかしステルンになることは、ヒトであることを止めることでもある。
そうそう簡単には応じられない。普通なら。

でも、失うべきものをもう何も持たなかったなら?
そうだとしたら、あなたに選択の余地はない。
すべて失くしても構わなかった。
誰かが必要としてくれるのなら。

***

へえ、そんなことあったんだ。
何か、違和感を感じる。自分以外の誰か。
これはクリスだ。少し考えてすぐにわかった。
ララメリアで生まれ変わった仲間のクリスマスローズ。
「クリス。なぜここにいるの?」
へ? 最初からいるけど。
「私しか試練を受けなかったはず」
そうなの?

でもクリスの姿は見えない。暗いままだ。

それからたくさんの映像や画面がものすごい勢いで細切れになって眼前を流れていき、
何か、まぶしい何かが光ると。

***

気がつくと、遺跡の前にいた。

遺跡とはいったが、それは明らかに人工的な巨大な球体。
その大きさのあまり、近くで見ると巨大な壁にしか見えない。
「終わりました」神皇が宣言した。
「使徒として認められたのなら、動き出します」
ザリンは質問する。
「あれはなんなの? いや、ほとんど何も起こらなかったけど」
「そんなことはないはずです。私などはいつもここに来ても拒絶されてしまいますから」
「どうやって拒絶されたとわかるの?」
「頭の中に直接に拒絶された感じが伝わってくるという感じですね。気分が悪くなるものもいますね」
「何も言われなかった。ただ昔の光景を見させられただけだ」
「それだけで、もう私たちとは違う体験ですよ」

穏やかに説明してくれる第38代神王ネサリケは、まだ少年だった。
「祖父王が亡くなった時に、私の番が来たことに気づいたのです。気づくとしかいいようがありません。他の年長の皇族ではなく僕がなぜか」選ばれた。
それからの人生は並大抵ではなかったろうか、感傷的になっている余裕はない。あとでゆっくり思いめぐらせるとしよう。

いまひとつ。「クリス。なぜあそこにいた?」
軌道上空チームもエイリアスを派遣してきている。
「へ? 何のこと」
「私の過去を一緒に見たんじゃないの?」
と聞いたが、
「ザリンの過去?教えてもらったことないし、最初からずっとここにいるけど」
どうも話が噛み合わない。
「というより球体に触ってくれ、と言われて触ったら、一瞬で終わったね。なんか自動的に反応する感じなのかな?」とか質問してくる。
いや、少なくとも一瞬ではなかったはずだけど。
少なくともこのクリスはあそこにいたことを覚えてない。
というより知らないのか。
それとも、すべてただの幻覚だった?

「軌道上空から反応。この星系の太陽に反応有り」

バルフ太陽系の主星アスカグラフは、恒星質量ブラックホールとの二連星である。
それ自体はしばしば見るもので宇宙を旅する者にはそこまで珍しいものではない。
公転周期は長い。
明るい方がアスカで、黒い方がグラフ。
だが異変はふたつの星の距離がちかくなっていくところから始まる。
どういう原理か、ふたつの星の距離は近くなり、アスカからのコロナが直接にグラフに落ち込み始め、降着円盤を作り始める。

バルフも揺れ始めた。
地溝帯にあった水の一部は、奔流となって地溝の中に落ち始める。
大地震こそないが、小さな地震がどこまでも続く。

グラフに落ち込んだ降着円盤は両極にジェットを吐き出すようになる。
ただし、ひとつだけ自然でないところがあった。
ジェットは南極からしか出なかったのだ。
北極にも出現するはずのジェットはなぜか出現せず、すなわち太陽系そのものが、特定の方向に移動し始める。
ここで解説したことは実際には数年にかけて起こったことだが、最初の二つの星が接近する部分は数時間内に起きたことだ。

***

事が始まりだした数時間以内、
シズ共同体航宙母艦(蝶々の卵)は、それをオールト軌道から見つめていた。
それは巨大な音叉の姿をしている。音叉の先端は発艦用カタパルトだ。
(蝶々の卵)は戦隊司令“エムデン”が、投影物質を投射して構築したいわば“エムデン”機である。だが他のスキールモルフと違って、“エムデン”が構築した母艦は、指揮下のスキールモルフたちの宇宙の家となっている。

「“しまんと”の生存シグナルを確認しました。星系主星に何らかの動きがみられます」
「“ヴァリャーグ” 参謀としてどう見る」
「星系全体が別文明の遺跡などという話は眉唾です。私は信じていません」
「ではルートワールは誰が作った?」
“エムデン”も“ヴァリャーグ”も女性型のスキールモルフである。戦隊は多くの場合、女性型のスキールモルフのみで占められる。例外を除けば。
「ルートワールは我々が発見する前からそこにあった。自然にできるものではない」
“エムデン”は語る。

この宇宙が、何か得体のしれないものによって作り替えられていることは、宇宙で生きる者たちの常識だった。人類には理解することさえ不可能な何か。文明と言ってしまえば簡単なのだが、それとコンタクトできたことなどない。彼らは超越的で理解の及ばない存在だった。そうした普遍的恐怖にまみれた宇宙で生きていくようになってから久しい。

ルートワールは人類に恩恵より災いをもたらした。
ルートワールが超光速で過去と未来をつないだことにより、時間遡及破壊が発生し、地球は天の川銀河系もろとも消滅した。
いわゆるタイムパラドックスによって消え去ったのだ。
本来なら人類も消え去るはずであったが、生き残るために遠い未来へと逃げ延びた。
時間遡及破壊の影響は光速でしか追いかけてこない。
発見されたばかりのルートワールを過去へと下り、孤立した巨大銀河へとたどり着く。
大撤退の時代である。
100億年以上の未来に落ち延びて人類は生き残った。
やがて未来銀河の物質で自らを再構成するようになると、過去へ飛んでも時間遡及破壊の影響を受けなくなった。彼らは未来の世界に属するものと宇宙からみなされたのである。
もちろん故郷に帰っても、そこには茫洋たる銀河の残骸しかない。いやそれはもう別の銀河であり、天の川銀河は最初から存在しないことになったのだ。
おそらく時間遡及破壊の影響が100億年分追いかけてくるまでの安全は、しかし勝ち取った。しばしの間に限って人類は安泰である。永遠ではない。

ルートワールは自然には決して発生しない。
何かが作っている。それは光る水晶のような天体が起こしているという。
確認されたことはほとんどないが、その水晶を見たものは伝説に語られる。
いみじくも水晶型天体のことを古英語でミスタルと呼ぶ。

「超越的なものを前提にした作戦は危険です。楽観的すぎる」
“ヴャリャーグ”は言う。
「私は何も楽観などしていない。超越的なものを敵に回すことすらありえる」
と“エムデン”は語る。
“ヴャリャーグ”は危惧した。理解すらできないものと戦って勝てるはずがない。

“ヴャリャーグ”は艦隊司令が自分を相手にしていないことを知っている。
彼女は自分自身にたいしていつも言っているのだ。
本当の意味で決定に参与したことはない。
重要なことはいつも“エムデン”の思惟の中で決定され、参謀の仕事はその決定の範囲内で戦術的解決法を考えることだ。それがこの艦隊の流儀だ。良かれ悪しかれ。

「よかろう。征服したり理解したりしなければならないものが多いのは嬉しいことだ。知生体の最大の敵は知るべきことが何もないことだ」
第24遊動任務部隊司令官少将“エムデン”は語る。
獰猛な肉食動物の気配を少しだけ感じる。どちらがより獰猛だろうか?
知識をついばむ獣。
「第2次攻撃隊、発艦せよ」

****************

あとがき:書ける速度で書いてます。
物理学的なあれこれは間違ってる自信がありますので、スペースオペラとして読んでいただければ幸いです。
ひょっとしたら書き直す可能性もありえます。プロトタイプライティングなのかもしれません。実際に書いてみないと問題点が判明しないというやつです。いちおうエンディングの構想は現時点でありますが、そこまでたどり着けるかどうか。たどり着いても面白くなければ失敗です。


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