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第4セクターと社会的企業とPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)

第4セクターと社会的企業

 最近、第4セクターという用語が用いられる事が多くなってきたようです。普通は公共部門である第1セクター、民間部門である第2セクターに対して、日本では第3セクターとは官民のジョイントベンチャーなどの公企業体を差すことが多いですが、英米では少し事情が異なります。
 元々英米では、第3セクターとはチャリティー団体や非営利の組織を意味しています。非営利部門の事業体が地域の公共サービスに担い手となる事も多く、その重要性が高まっていたところ、さらにその中間的な、営利でありながらも地域の社会的活動に従事する事業体として、英国ではCIC(コミュニティ・インタレスト・カンパニー)が用意されたわけです。当初はCICなどの社会的企業は、第三セクターに含まれると考えられていたようです。
 しかし、チャリティなどの明らかな非営利の団体とは異なり、CICは一定の制約はあるものの、利益配当も出来ますし、逆に非課税団体にはなり得ないという意味で、その性格は第2セクターに近いものであると言えるでしょう。そのため、利潤を追求すると同時に社会的利益のためにも活動する社会的企業のようなハイブリットな事業体は、最近では第4セクターと呼ばれる事が多くなったようです。米国と違い、英国では社会的企業を地域サービスの補完の担い手として位置付けて制度化している事もあって、より一層、一つのセクターとして分けて考える必要があったようです。
 拙著でも、英国CICを活用した官民の役割分担について詳しく書いていますが、これはPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の一環であり、本稿ではそうした英国の社会的企業とPPPの連携の模様について触れたいと思います。
 
 英国では社会的企業であるCICがPPPにおいて大きな役割を果たしている事について、拙著でも紹介しています。
社会的企業の法―英米からみる株主至上主義の終焉 (学術選書152) | 奥平 旋 |本 | 通販 | Amazon
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NHSとPFIと社会的企業

 そのPFIの手法が盛んに用いられていた事業分野に医療があります。英国はご存じの方も多いと思いますが、NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)という国営医療機関が医療の中心となっています。英国民だけでなく、旅行者のような一時的滞在者も全てこの国営医療の対象となり、原則、全て無料で診療が受けられるため、日本の識者などの間でも高く評価されています。
 映画監督のマイケル・ムーア氏も自身の映画「シッコ」の中で、英国のNHSを手放しで褒めたたえています。

シッコ - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
 
 実は、英国の事情に通じた方は良くご存じでしょうが、NHSは色々と問題だらけです。手術が必要な病状なのに、予約が半年以上先では無いと取れない等々、たまにそうしたネガティブな面も報道されていますから、耳にされている方もいるでしょう。英国のメディアでは、政府への批判とNHSについての記事が載らない事が無いくらいに、NHSは常に議論の的になっています。
 NHSの問題が大きくなった原因の一つには長年に亘る投資不足があるのですが、その解消のためにも、新規の病院建設にはPFIの手法が盛んに用いられてきました。そのため、今後PFIの手法が否定されたとしても、今後も何等かの形で官民連携は、特にこの医療分野では必須でしょう。
 そのように問題山積のNHSですが、英国では保守党の支持者の間でもNHS自体を廃止を主張するような人たちは少ないようです。NHSをそのまま運営しながら、常に改革を模索してるのです。
 そうした状況のNHSにおいては、実はPFIの他にも社会的企業も、地域への医療サービスの提供の担い手として活用しています。NHSは、地域医療を担うために各地域にPCT(Primary Care Trust)という事業体を有していました。PCTが地域自治体と様々な連携をしたり、民間委託を含めた様々な契約を管理していました。PCTはその後、色々改編があって、CCG(Clinical Commissioning Groups)からICB(Integrated Care Boards)へと名称が変更になっています。このICBがPCTの時代から地域医療の補完のためにCICを活用していたのです。
 面白いのは、単に業務の外部委託としてCICを活用しているだけではなく、NHSの職員がCICなどの社会的企業を起業することを奨励した事です。これは、2008年に英国議会に提出された報告書High Quality Care For Allの中で提唱された事です。

https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/228836/7432.pdf
 
 この報告書の中で、当時のPCTと職員が社会的企業の設立を選択し、NHSがその依頼する地域医療サービス業務の費用を負担しつつ、より細かい地域のニーズへの対応などを、その社会的企業に委ねるという事が提案されています。
 職員が社会的企業(主としてCIC)を設立し、そこに対してNHSが業務委託を行うわけですが、職員はNHSから当該社会的企業へ移籍します。その際に年金などで不利益が無いよう、NHSの年金プログラムにはそのまま加入し続ける権利が移籍する職員に与えられます。これは、RtR(Right to Request)と呼ばれるプログラムであり、職員が地域社会に貢献するための選択肢として用意されたもので、こうした地域に設立された社会的企業がよりきめの細かい医療サービスを提供できるようにするというものです。
 地域医療において社会的企業が大きな役割を果たしているのですが、面白いのは、このようなスキームに手を上げるNHS職員の人たちです。NHSの職員は、いわば公務員ですから、その安定を捨てて起業するというのは、日本では少し考えにくいです。もちろん、医療サービスを志してNHSで働いていた人たちの中に、何とか医療サービスの質の向上を図りたい、地域に対してもっと医療を通じて貢献したいと考えている人たちは一定数居るのでしょう。でも、日本だとそれは、議員などに働きかけて政策を実行してもらおうと考えるのが普通で、公務員が自ら起業して現状を変えていきたいとは中々考えないのではないでしょうか。
 もちろん、それは日英の背景の違い、すなわち日本の医療体制はそれなりに問題はあるものの、まだ危機的な状況とまでは言えない、という状態であるのに対して、英国では先に述べたように、NHSは問題山積であり、何とかしたいと考えるのであれば、自ら動かないとどうしようもないという事なのかも知れません。この点は、NHSのこのスキームで社会的企業の起業を行う人たちの気概というか、志の部分までは中々外部からはわからないので、あまり勝手な事を言っていても仕方がありません。いずれにせよ、地域医療の社会的目的のために、NHSという公的医療機関と社会的企業が協業するというPPPの一つの在り方は、社会的企業のあり方を考える上でも非常に興味深いところがあり、今後も注目して行きたいと考えています。

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