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2023年個人的海外文学ベスト本

大変遅くなって今更な感じはあるのですが、2023年もたくさん素晴らしい本が出て、わたしはその中でも海外文学を中心に読んでいたので、海外文学の中でトップ3を発表していきたいと思います。

2023年の海外文学はものすごくヒットした作品というのはなかったかと思うのですが、すごく良作が多かったような気がしています。
といって、本当に一部しか読めていないのに説得力ないのですが、新刊をチェックするたびにすごく良さそうな本がたくさん出ていてうなりました。
その一部しか読めなかった中からのベストだということもご了承ください。

そしてそしてこの順位ですが、今回ほぼ優劣つけがたいものだったということをお伝えしておきます。特に1位と2位は同率と言ってもいいくらいでした。本当にぜひ今回の3冊はどれも読んでみていただきたい傑作ですので、参考にしてもらえたら嬉しいです!

ではではさっそく

第3位
『秋』アリ・スミス 木原善彦訳 新潮社クレストブックス

同著者の『両方になる』に今年1番衝撃を受けたんだけど、文学的に傑作だと思ったのはこちらだった。
この作品はポスト・ブレグジット小説と言われていて、2016年国民投票によりイギリスがEU離脱を決めた年のことを描いた小説。
元隣人だった101歳の老人ダニエルとそのかたわらで本を読む女性エリサベス。彼女が年老いて眠り続けるダニエルの元を訪ね本を読む現在と、子供だったころにした彼とのやりとりを描く過去、そしてその合間合間に分断されつつあるイギリスの情景が描かれる。細部にはダニエルとの間にあったたくさんの本やアートの話が横たわり、ばらばらの物語をつないでいく。
一見まったく何の脈絡もない話にも見え、つかみどころのない話のようにも思えるが、全部を読むと伝えたいことがそこはかとなく見えてきて失われていくものの大きさに愕然とするような、今ある小さな優しい世界を抱きしめたくなるような、そんな小説だった。
”人々は互いに向かって何かを言ってはいるのだが、それが決して対話にはならない。今はそんな時代だ。それは対話の終わりだ。”
”そして何よりいちばん大事なのは、私たちがこの世にいるのはほんの一瞬、それきりだということ。でもその一瞬のうちに、優しいウィンクをするのか、それとも進んで目をつぶるのかという選択がある。私たちはそのどちらも選ぶことができるし、ある状況に埋もれそうになったときでも、その上に顔を出すことも、その泥に埋もれることも、どちらでも選べるのだと知っていなければならない”
この辺りを読むだけでも、この小説がいかに世界の今をとらえているのがわかるかと思う。
秋・冬・春・夏と続くシリーズで次の『冬』はまだ読めていないので、今年は読みたい。


第2位
『オリンピア』デニス・ボック 越前敏弥訳 北烏山編集室

これは2023年最後に読んだ本。
そして、その最後の本が年間ベスト級の傑作だった。翻訳家の越前敏弥さんが四半世紀の年月を経てもどうしても翻訳して刊行したかったという作品。決してあきらめずに翻訳してくれて、今回書籍になることができてほんとによかったという気持ち。
”オリンピア” というタイトルから察するようにオリンピックが一つのテーマではあるのだけれど、これは決してスポーツの祭典の話ではなくひとつの家族、それも戦争をくぐり抜けてきたひとつの家族の物語だ。
連作短編集になっているとのことだけれど、普通にすべての編は同じ語り手で時系列となっており、わたしには長編として読めた。
オリンピックがやってくる4年という周期、その周期を軸に語られる家族の歴史が物語に不思議な波を作り、よせては返す大きな悲しみと小さな喜びの連鎖が読むものの胸をつかむ。戦争という悲劇があり、そのとなりに平和をテーマにしたオリンピックがあるということも物語を強靭なものにしていたと思う。
まず家族にまつわるひとつの悲劇が語られ、中盤でもうひとつの大きな悲劇があり、そのまわりで家族がそれぞれどう生きるのかが語られるのだが、筆致も描写も素晴らしく、人生はどれだけの悲しみがあっても、なんと美しくなんと豊かなのかという気持ちにさせられる。風や水という自然物を自由自在にあやつり、魔法のようにその場の情景と心理描写を立ち上がらせる技術はちょっと信じられないほど。何度読んでもきっと違う場面が立ち上がってくるだろうなとも思えて、本当に何度も読みたくなるような作品だった。


第1位
『ガラスの帽子』ナヴァ・セメル 樋口範子訳 東宣出版

今回この作品を1位にしたのは『オリンピア』よりもさらに知られていないと感じたからだ。どちらも本当に傑作で選び難かった。こちらはイスラエルの女性が書いた短編集。
これも本当に素晴らしかった! 
戦争というのは当然、始まりがあって終わりがある。始まりは突然の攻撃から始まることもあるが、終わりはお互いの国が一応、平和条約のようなものを締結して終了ということになっている(んじゃないかと思う)。
もちろん人がたくさん犠牲になって、それではい戦争は終わりました、次平和です〜ってわけにいかない。そこはもちろんわかっていたつもりだ。復興していくにはそれこそ何年もかかるだろうし、壊れてしまった人の心は修復できないかもしれない。でも正直、それが何世代も先まで続き現代も終わっていない、、、とは思っていなかった。自分の意識はなんて甘かったのだろうと思う。
これはホロコーストで迫害され、イスラエルに追われたユダヤ人たちのその後を切り取った短編集だ。”ガラスの帽子” とは目には見えない決して脱ぐことのできない証のようなものだそうで、ホロコーストをくぐり抜けた親を持つ子孫たちが持つものとして表現されたものだそう。
まったく違う環境にいる登場人物たちの物語が語られているのだけど、その文章がまず詩情に溢れ本当に美しく、心にすっと入ってくる。
私が1番印象的だったのは「でも、音楽は守ってくれない」という短編だが、これは迫害されたユダヤ人側ではなくホロコーストを遂行したドイツ人の方のお話。自身が罪を犯したわけではないけれど、国が犯した罪を抱えてユダヤ人に嫁ごうとしている女性の結婚前夜のお話だ。いくら当人同士が愛し合っていても、結婚は家同士が関わってくるもの。一生ご家族からは愛されないことを覚悟のうえで結婚を決める主人公と、許せない思いをどこかに抱えながらも、必死で受け入れようとする夫側の母親の気持ちも想像を絶していて本当に胸をつく。最後のページは本当に何度読み返しても信じがたいほど人間の強さと弱さを描き切っていた。
戦争は改めて何も産み出さないし、すべてを壊しさってゆくとてつもない悪魔なのだとはっきり思った。
今すぐに、今すぐにやめなくてはならない。どんな戦争も。
どうかこの想いが世界に届くように、ずっと願っている。


昨年の読書ではこの3冊をベストに選ばせていただきました。個人的に読んだ本からなので、すべてが昨年出た本というわけではありません。
海外文学はなかなか実売につながらず、本当にあっという間に売り場から消えてゆきます。一度消えたらまず戻ってきません。どうか、気になる本は1冊でもいいので買っていただき、このような傑作たちが埋もれていくことないようにみんなでつなげていきませんか。
わたしが海外文学を推すのは、自分が好きだという気持ちももちろんあるけれど、そのような理由も一部あります。
海外文学、苦手な方もいつでも読みやすいものをおすすめできますので、よかったらぜひ足を踏み入れてみてください。

今年もたくさん、素晴らしい海外文学たちと出会えたら嬉しいなと思います。

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