『落研ファイブっ』(66)「究極の操心術」
〈部活後 味の芝浜〉
〔み〕「『ゆんゆん』のバックナンバーを見せてくれだって。構やしないけど急にどうしたってんだい」
深刻な顔をしてみつるに頭を下げたシャモに、みつるは怪訝そうな顔を隠しもしなかった。
〔シ〕「ちょっと調べたいことがありまして。ネット検索だとそれらしき記事が出てこなくて」
〔み〕「ネットにも出てないような事が『ゆんゆん』に出てるって言うのかい。とりあえず晩飯はうちで食ってきな。いくらでも『ゆんゆん』を見ていいから、そんな貧乏神を背負い込んだような顔すんじゃないよ」
※※※
〔シ〕「門外不出、究極の操心術がついに解禁 梵字天地陣投射法――」
夕飯もそこそこに『ゆんゆん』を猛スピードでめくっていくシャモの手が、ぴたりと止まった。
〔三〕「お前の腕についてたのと同じだ」
三元は『ゆんゆん』の記事を撮影して仏像にメッセージを送るも。
〔三〕「既読すらつかねえぞ」
生返事をしたシャモは、さらに『ゆんゆん』でそれらしき情報を掘っていく。
〔シ〕「俺の腕についていた『キリーク』は阿弥陀如来の象徴だって書いてある」
〔三〕「だったらむしろ縁起が良いじゃねえか。それにそんなシールを張られたところで、丸二日以上も記憶が飛ぶわきゃない。そもそも、そんなオカルトじみた話があってたまるかよ」
〔シ〕「でも俺はしほりちゃんと付き合う経緯すら覚えてないんだってば」
〔三〕「でも松田君は二人がデートしていた所を目撃したんだろ」
さすがに『駐輪場事案』は三元に話せないシャモである。
〔三〕「松田君にも詳しい事情を聞くか」
〔シ〕「それは止めてーっ」
シャモは血相を変えて三元のスマホを手で抑えた。
〈松尾下宿(千景宅)〉
仏像はが金色に染まる横浜港を見下ろしていると、慣れ親しんだ着信音が鳴った。
仏像は着信をスルーした。
〔松〕「また鳴ってます」
仏像は無言で電源を落とした。
〔仏〕「今俺は夕映えの横浜港に心震えてんの。三元邪魔すんな」
仏像のすこし癖のあるセミロングヘアが西日を受けて輝くのを松尾がぼんやり見ていると、ほどなくスマホが震えた。
〔松〕「松田です。三元さん珍しい」
〔シ〕「隣に仏像いるだろ。代わって」
シャモさんが三元さんのスマホから掛けてきていますと小声で伝えると、仏像はバツ印を腕で作った。
〔松〕「隣にはいませんが。後で僕からも連絡してみますから、用件だけ教えて頂けませんでしょうか」
シャモはしばらく黙り込むと、キリークの秘密を教えろとだけ伝えてぷつりと電話を切った。
〔松〕「今シャモさんから連絡がありまして、キリークの秘密を教えろだそうです」
〔仏〕「お前しれっと嘘つくのな」
茶番のようにスマホに耳を当てたまま仏像に伝えると、あの左腕の奴かと言いながらスマホの電源を入れ直した。
隣にいたはずの仏像が末恐ろしいと言いながら松尾を見た。
〔松〕「嘘は言ってませんよ。角度的には六十度の位置関係でしょ」
〔仏〕「そうだけどよ」
仏像がメッセージを開く寸前に松尾が制止の声を上げた。
〔仏〕「どうしたよ」
〔松〕「既読が付いたら一緒にいるのがバレバレです」
〔仏〕「そうだった。俺さっきお前に嘘つかせたわ」
仏像はスマホの電源を再び落とすと、カバンの奥底にスマホを沈めた。
〔松〕「キリークってシャモさんの腕に付いてたあの変なマークの事」
〔仏〕「そう、これ。俺お手製の如意輪観音像の裏にも『キリーク』の梵字が彫ってある」
パソコンに映し出された検索結果から、仏像はあるサイトをクリックして読み始めた。
※※※
〔三〕『仏像何やってたの。何回も連絡入れたんだよ』
〔仏〕「悪いな気づくのが遅れて。何だっけ昔の変な広告。あれあんまり関係ねえんじゃないの。本当にシャモの記憶が消えるほどの効果があったら、あんなに目につく広告に乗せるか。俺なら超富裕層だけに教えて金ふんだくるわ」
〔シ〕『それか。しほりちゃんの家って大富豪だし。もしかしてあれマジ物の』
〔仏〕「落ち着けって。仮にそんな『ゆんゆん』全開の話が本当だとしたら、何で彼女は横浜マーリンズにお百度参りなんぞする必要があったんだよ」
〔シ〕『その情報を解禁されたのがお百度参り事件後だったとしたら、つじつまが合う』
〔仏〕「そんな『ゆんゆん』な呪術が使える相手に惚れられたなら、腹をくくって生贄になるしかねえぞ」
〔シ〕『俺、もしかしたら遺伝子情報取られたかも』
電話口からシャモのすすり泣きが聞こえてきた。
〔仏〕「何だよ遺伝子情報って。泣いてちゃ分からねえ」
〔シ〕『とても俺の口からは言えねえ。信じたくないし何一つ覚えてねえんだ。松田君と一緒にいるんだろ。松田君から聞いてよ」
うわわああっと慟哭するシャモをなだめながら、三元が会話に復帰した。
〔三〕「松田君いる。シャモに何があったの」
三元の呼びかけに、松尾は無言で首を横に振った。
〔仏〕「隣にゃいねえよ。明日聞いてみるか」
〔三〕「シャモがあいつら絶対一緒にいるって言ってる」
〔仏〕「だから『隣には』いねえって言ってんだろ。切るぞ。明日松尾に聞こうぜ」
それだけ言うと、仏像は電源ごと電話を切った。
〔仏〕「シャモの遺伝子情報って何だ。松尾、何を見たんだよ」
電話を切った仏像が発した第一声に、松尾はうーんと言葉を選んだ。
〔松〕「多良橋先生の『プレゼント』が既に三つ減っていて。その、駐輪場で使った疑惑が」
〔仏〕「矮星のプレゼントってまさかあの」
〔松〕「ええ、超極薄タイプ」
その言葉に仏像はあーっと叫んで頭を抱えた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※2023/11/25 一部改稿
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