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性悪女

金曜日、私は夫が帰宅するのを今か今かと待っていた。

私には1ヶ月に数回、家事全てを放棄したくなる日がある。
掃除や洗濯は後で挽回できるのだが、食事だけはそうはいかない。
なんせ腹をすかせた子どもがいる。

昨日がまさにその日だった。
外食でもいいかと思ったが、解凍してしまった鶏肉を使わなければならない。物価が上昇しているニュージーランドで鶏胸肉を無駄することは許されていない。

こういう時は、夫に作らせるのだ。

そう、私はそのために玄関で夫を待ち侘びていた。

夫に「イエス」と言わせるためには、驚かせるのが手っ取り早い。
予期せぬことが起こり、夫が放心しているスキに頼み事をする。驚いている夫は訳が分からず思わず「あ、うん、わかった。」と言うだろう。私がいつも使う手だ。

飯作りを夫に押し付けたらソファーでビールでも飲もうかな〜。

そんなことを考えニヤニヤしていたら、足音が聞こえて来た。
鍵を鍵穴に差し込む音。
回転するドアノブ。
ドアの隙間からわずかな光が見えた瞬間、今だ!と定位置についた。

そして拳を地面に叩きつける動作をしながら歌った。覚えているだろうか、小島よしおさんを。
そんなの関係ねぇ、の彼だ。

私「ご飯作らないけど〜♪そんなの関係ねえ、そんなの関係ねえ、はい!よろしくピ〜!!」と白目でキメた後「今日の飯作り頼みます、テヘペロ」と言いながら前方を見た。

えっと、君は誰だっけ。

そうだ。
君は、夫の同僚デイブ。

なぜ。お前がここに。

デイブ「Hi」
私「Hi」
静かな挨拶だった。

ぎこちない笑顔のデイブの後ろで、夫がダンボールを両手で抱え立っていた。その目は軽蔑の眼差しを宿していた。

荷物を運ぶ夫のために、玄関の鍵を開けてくれたデイブが帰宅。

私は夫に詰め寄った。

私「おい、夫!こういう時は電話してこいや。知っているだろう、私がこうやって月に何度か玄関で待ち伏せしていることを。」

前回のように、サルサダンスでも踊っていればドアから入ってくる人物を特定できたのに、小島よしおじゃ駄目だ、だって、あれはやり切るまで周囲を見れないのだもの。

私はキレた。
いや、キレたふりをしてご飯を作らせようとしたのだ。こんな恥をかいたのに、それ以上に飯作りを放棄したかった。

私「あーもう、信じられない!!」

お前が信じられないよ、という顔をしながら夫は言った。
「ごめん、そんな気回らなかったわ。それに小島よしおだとは思わなかった。」

私「もう、何もする気にならないよ!!鶏肉解凍しちゃったのに!」

察しの良い夫が言う。
夫「俺も飯作りは今日は勘弁。ピザでも取る?」

ピザは嫌いだ。

私「鶏肉解凍したんだってば。あーそれにしてもすごく恥ずかしかった、もう何にもする気になれない。」

私を見つめる夫。本題に入る私。

私「ご飯作ってくれたら許してあげる。」

許すって、一体何を?

心でそうツッコんだら笑いが込み上げてきてしまった。ニヤついた表情は厳禁。私は顔を隠すためソファーに転がったクッションに顔を埋めた。
すると、愚かな夫がいった。

「パスタでいい?」

任務完了。

満面の笑みになった私は「よろしく。テヘペロ。」と言い、大急ぎでビールを取りにキッチンに走った。
ビールを片手にサンバを踊りながら夫の周りを一周。
そのまま子どもたちとUNOをして夕飯までを有意義に過ごした。

パスタは案の定まずかったし、恥もかいたが、それでも夕飯作りを回避できたこの喜び。

それにしても、私という生き物はなんて腹黒いんだろうか。
頭を下げてお願いすれば夫はご飯をつくってくれると分かっていた。でもそれでは私の怠慢を認めることになってしまう。
今回も明らかに夫のせいではないが、私が恥をかいたことを夫の罪とし、夫に罪悪感を与え、夫が夕飯を作るのはその代償、決して私の怠慢ではない、そういう構図を作り上げたかったのだろう。
そういえば、私ってこの手のやり口を使うことが多い。なんて性悪なんだ。

食器を洗う夫に感謝を伝えた。
「ご飯作ってくれてありがとう。性格悪くてごめんね。」

夫が言った。
そこら中悪すぎて気にならないから大丈夫。」と。

調子に乗るなよ、夫。
でもその一言をありがとう。おかげで私の罪悪感は完全に消し去られた。
そう、私はそこら中が悪い女。
来週も、再来週も、毎日玄関でお前を待ち伏せてやる。
さて、次は何を踊ろうか。
ヒップホップか?腹踊りか?いやいや、1人社交ダンスにしよう。
込み上げてくる笑いを抑えられない。






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