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特殊能力

「スーパーレコグナイザー」

世界の2%程しか持ち合わせていないこの特殊能力をご存知だろうか。
簡単に言うと、一度見た顔を長期間忘れないという顔認識能力のこと。
私はこの能力の保持者だと思う。

嘘だ。

でも「まっ子はよく人の顔を覚えてる」と言われるのは事実。そしてこれが私の特技だと思って生きてきた。

すれ違う他人。

あの人は、隣り町の携帯ショップの店員さん。
あの人は昨日公園にいた人。
あの人は工事現場で立ちションしてた人。
あ、あの人今鼻くそ食べた。
ああ、あの人は確か、去年薬局で赤まむしを買っていた人だ。

と、こんな具合に。

先日娘とスーパーで買い物をしていたら、見覚えのある男性がいた。
「誰だろう」と記憶を手繰り寄せる。
あの顔は…子どものお迎えで見た顔だ…とは言っても見かけたのは一度くらい。

娘に問う。
「あの人、ソマーナのパパじゃない?」

娘「知らないなあ。」
そう言った娘の肩を叩いたのは、まさに娘の同級生ソマーナだった。父親と買い物をしていたらしい。

立ち去るソマーナ親子を見ながら娘が言った。
「ママって本当に人の顔よく覚えてるよね。」
普段、娘に罵られることしかない私は、その褒め言葉に舞い上がり、過去の功績を語りだした。

すると娘が言った。
「でも、それママには危険な特技だよね。ほら去年の夏…。」

ああ、覚えているとも。

あれは日本に帰国していた昨年の夏。
実家に帰省していたM(サラダ分配に命をかけた女)とランチに行くため、車でMを迎えに行った時のこと。
私は時間にルーズなMを車中で待っていた。

5分ほどたった時だ。
Mの実家から男性が出て来た。見覚えがある顔だ。
…Mの兄・吾郎(仮名)だろう。20年以上ぶりだが面影はある。そして私の超認識力をもってすれば間違いはないだろう。

車の窓を開け、五郎に話しかける。
「こんにちは!」

突然のことに驚きながらも、五郎は笑顔で「こんにちは」と挨拶を返してくれた。

私は愛想たっぷりに友達口調で続けた。
「お久ぶりですねー!それにしても五郎さん、全然変わんないねー!」
しかし五郎は曖昧な笑みを浮かべるだけで、なぜかそれ以降は無言だった。どうやら困惑している様子。

不安になった私は己の身だしなみを確認した。股間の窓は閉じられているし、ブラジャーも着用している。ちらっとバックミラーから見える顔面は奇妙だが、いつも通りだ。

この無言はどこからくるのだろうか。そして記憶を辿る。
どこをどう間違えて私は彼を無言にしているのだろうか。

そして私はとんでもないことに気が付いた。

もしかして、五郎と私は初対面かもしれないと。

戸惑いを隠せない五郎に問う。
「・・・もしかして、初めまして・・・ですかね?」

コクリと頷く五郎。

「えっと、隣の地区に住んでる、まっ子です。」

五郎は少し考える素振りを見せて、言った。
「・・・記憶にないなあ。」

ならば、とっとと立ち去れ五郎。
そんな願いも虚しく、五郎は車の前に突っ立ったまま考え込んでいる様子。

そうか、ここに何故私がいるのか考えているんだ。

私「あ、私Mの小学校からの同級生で、五郎さんのことMから良く聞いたり、見かけたりしたので、てっきり話したことあると思いこんじゃって。突然馴れ馴れしく声かけて驚かせましたよね?本当に失礼しました!今日はMとランチに行くので、ここで待たせてもらってます。車から出ずに声かけてすみません。」

五郎「そういうことねー。」
ようやく五郎の本物の笑顔が見れた。
これで立ち去ってくれる、そう思った時、五郎が言った。

「あ、それから、俺の名前五郎じゃなくて、六郎。」




「スーパーレコグナイザー」

この能力を私が持っているメリットは何だろうか。
確かに私は五郎の顔を認識できた。しかし、それが一体なんだと言うのだ。
顔が覚えられたところで、名前を正確に覚える記憶力はなく、その上相手が知り合いかどうかすら忘れてしまうなんて。むしろ顔ごと忘れてたほうが恥を欠かずにすんだだろうに。

私は娘に言った。
「人の顔覚える特技なんて、ママには無い方が良かったよね。」
すると娘は何か思い出したかのように言う。
「あの日ランチ行った帰り、コンビニから生ハム買ってきたじゃん?」

ああ、その話か。それも覚えているとも。

私はMとランチに行った帰り、セブンイレブンで夕飯用に生ハムを買った。
しかしうっかりして、夕飯でそれを使うのを忘れてしまった。
思い出した時には、ビールを飲みはじめていたので、つまみにたべようと冷蔵庫から取り出し、そのままフィルム容器を開けて口に放り込んだ。

味がしない。

驚いた私はその塊を一気に飲み込んだ。私は一体何を飲み込んだんだろうと、容器を見ると

豚バラだった。

娘が続ける。
「生肉食べてもなんともないって凄いよね?それがママの特技じゃない?」

そうか、私の特技は「生肉を分解できる腹」だったんだ。
ゴミのような特技だけれど、今日からこれを私の強みにしていこう。
いつか履歴書の特技欄に「生肉分解できる腹」と書ける日を夢見て。









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