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欠けた月、満ちていく場所 #書もつ

一寸先は闇。

目まぐるしい世の中にあって、この諺の意味が強く意識されることは、誰にとっても多かれ少なかれあるかも知れない。

こんなはずではなかった、
ありえない、
もう終わりだ、

こんな言葉が頭の中を駆け巡り、心を切り裂いていくような経験をした人も、もはや少なくないはずだ。

夜の空は暗く、どこまでも続いているように見える。何もない、何も見えない夜の空に、浮かんでいる月を想像してほしい。その月が、あなただとしたら、果たしてどんな月だろうか。

夜空に浮かぶ欠けた月たち
窪美澄

何かおかしい、何か変だ。

ふとしたきっかけで気がつく不調、寝られない、笑えない、自分を責める、こんな言葉では到底表現しきれない、辛い病がある。心の病である。

心の風邪、とも言われるほどに身近になっている症状は、きっと誰にでも起こりうることだと思う。じっさいに、振り返ってみれば、僕のいた職場にも、そんな方がいた。

病院に行っているという方、何かの拍子で長期間休まれる方、経験のある方、気がついたら珍しい病ではなくなっている。

この物語は、そんな心の病がテーマになっている。新生活をきっかけに、心の不調をきたしてしまう、人間関係に潰れてしまう、自分を責め続けてしまう・・。どの話にも身近な人が描かれているようで、少し怖くなった。

頑張るな、ほどほどに、そんなアドバイスなどもはや聞こえないほどに疲弊するまでの様子を見せつけられ、葛藤が聞こえてくる。苦しいけれど、読まなければ救われない登場人物たちの姿があった。

この物語には全ての話に通じた光がある。それは街なかにある、クリニックである。精神科のクリニックは、果たしてどんな場所なのだろうか。そのクリニックの存在を登場人物に告げるのは、雰囲気のある純喫茶というのもちょっと新鮮な展開かも知れない。

物語は6編あり、前半は患者側の物語となっていて、後半はクリニックや喫茶店の物語が語られている。悲劇的な結末が待っているわけではないけれど、なんとも不穏な空気と、クリニックに行くことで感じる、穏やかで優しく肯定的な空気は対照的だ。

もしかしたら、経験された方にはありきたりな言葉なのかも知れないけれど、自分や身の回りの人に”気がつく”ヒントを与えてくれているようにも思えた。相手が苦しい時に、支えてあげられるかどうか。自分が苦しい時に、声が出せるかどうか。

登場人物たちが死の淵まで追い詰められることもあるかも知れない。しかし、生きる方向へと引っ張ってくれる何者かがいて、想像もできなかった”ありふれた日常”へと戻っていける。自分にも何か思い当たる時期があって、そんな時にはどうしていたかな・・と考えてしまうこともあった。

この作品に救われる人は、きっと少なくない。願わくば、このクリニックがこのまちのどこかにあってほしいと祈るばかりだ。


幻想的な月のサムネイル、infocusさんありがとうございます。優しい視点になれる作品でした。

#推薦図書 #窪美澄 #月 #読書

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