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仄かな夜のきらめく記憶

ゲイバーに1度だけ行ったことがある。
新宿二丁目の。

なぜかと言うと、同い年の友人(♀)がおじさんから引き継いで、ある歌舞伎役者ファミリーの番頭という仕事をしていたのだが、「まとまった数のチケットを購入してくれたゲイバーのマスターへのお礼も兼ねて来店したいのだけど、一緒に行かない?」と誘われたから。
その話を、やはり同い年の同僚(♀)のひとりに話したら、「わたしも行きたい!」ということになった。
ゲイバーなのに、女性ばかりで押し掛けてもなんだから、ひとり、門下の役者さん(♂)も生け贄に連れて行くとのことで、4人で行くことになった。

アルタ前で21時頃に待ち合わせをして、みんなで一緒にその店まで歩く。

その中で、わたしにとっての「はじめまして」は、その役者さんだけだったが、舞台には出ていたのだろうけれど、誰でも知っているというほど有名人というわけではなく、本当にはじめて見る方だった。歌舞伎役者というものは、白塗り化粧でかなり変わるので、素顔の造作はそれほど問題にはならないのだろう。言われなければ、そういう職業をしているとは想像できないぐらい「一般人」と変わらなかった。

連れて行ってもらったので、どこをどう歩いているのかもよく分からなかったが、一軒のこじんまりとした店に到着する。
扉を開けて中に入ると、カウンター席とおそらく片手で数えられるぐらいのテーブル席があるだけの空間。わたしたち4人はカウンターに横並びに座った。

番頭友人Bちゃんが、マスターにわたしたちを紹介する。
その時に店のスタッフは、マスターを入れて3人いたが、3人ともナチュラルにカッコいい人たちだった。つまり、ホストクラブのホストのように(こちらは足を踏み入れたことはないが)、盛られた髪型やカラーリング(金髪や特殊なカラーという意味での)などは施されず、メイクもしていなければ、服装も華やかなスーツをぱりっとということもなく、Tシャツやシャツというカジュアルな出で立ちだったが、「カッコいい」ということ。みんな20代というところだろうか?

ゲイバーにも色々なタイプがあって、女装スタッフのショーを見せてくれたり、わーっと賑やかな雰囲気のところや、女性客もウェルカムな店もあれば、この店のようにシンプルで、雰囲気としては、普通のバーと変わらない店もあるとのこと。

わたしは、その頃、普通のバーのようなところにもあまり行ったことがなかったが、飲むとしたら、カクテルかサワーが定番で、日本の会社の飲み会での「はじめの一杯のビール」は飲めるものの、好んで自分用のジョッキやグラスのビールをオーダーすることはまずなかった。(今でもそうだが、クラフトビールなど、珍しいものは試しに飲んでみるかもしれないが) ビールと日本酒だったら、日本酒派。ワインと日本酒ならば、場合による。と記していると、アルコール好きのようだが、アルコールは、まあ、なくても問題ない人。アルコールとカラオケだったら、絶対的にカラオケ。
そこで、何を飲んだかと言うと、記憶を辿るに、ウーロンハイや、友人がリザーブで入れていたボトルのウィスキーを、極々うすーーーく作ってもらった水割りだったと思う。スイートなお酒はなかったようだ。

わたしたちは、カラオケをした。カラオケボックスではない、その場に知らない他の客やスタッフがいるところで歌うカラオケ経験のうち、数少ない一回だった。番頭友人Bちゃんと彼女の好きな女性アーティストの曲をデュエットし、もう一曲は、わたしの好きな男性アーティストの曲を。後者の曲を歌った時に、スタッフの彼らが、「○○って、ゲイだよね~。もうさ、歌詞で分かるよね」と口々に言った。へぇ、そうなのかな?歌詞のどの辺で分かるのかな?と思ったが、その場で突き詰めることもなく、訊きそびれてしまった。今考えると、参考までに訊いておくべきだったと残念な気がする。

会話の中で、どの人だったか、おもむろに、わたしの身体パーツの特徴について指摘した。それは、うすうすわたしも気付いてはいたが、一般的な男性が言ったらセクハラ、女性に指摘されてもちょっとカチンときそうなことだった。それを、いとも簡単にみんなの前でもののずばりと言われても、ああ、そうですよねぇ、、、と思うだけで、嫌な気分にならずにすんなり受け入れられる不思議。毒舌というほどでもなく、なんだかさっぱりしていた。

後から、男性のふたり連れが来て、テーブル席に座ったのを覚えている。ひとりはその店にいた人たちよりも年上だと見た目で分かる大人の雰囲気だった。小さな空間ではあったが、彼らが何を話していたかはまったく耳には入ってこないほど、わたしたちの声の方が大きかったかもしれない。彼らにとってはちょっと迷惑だっただろうか……

マスターではないひとりの彼が、高校の時に女子と付き合ったことがあったと言った。そう言った後、少しだけほろ苦そうな表情が見えた。すぐに、普通の顔に戻ったけれど。彼は帯広出身だと言っていた。それ以上、詳しくは訊かなかったものの、北海道から東京に出てきて、その店で働くまでには、色々な葛藤があったのだろうか、と。

もうひとりの彼は、3人のスタッフの中で一番やわらかい雰囲気の人だったが、べつに女性的というわけではなかった。言ってみれば、弟キャラという雰囲気だろうか。可愛過ぎないものの、なんとなくカワイイというタイプで、動物に例えるならば、仔犬かな。

深夜2時過ぎぐらいまでいただろうか。
わたしたちは店を出た。

もちろん最終電車は終わっているし、歩いて帰宅できるほど家は近くはない。同僚のGちゃんが「うちに泊まっていいよ」と言ってくれたので、一緒にタクシーで彼女のアパートに行った。
おそらく、翌日は会社も休みだったので、金曜から土曜にかけてだったのだろう。翌朝、電車で帰宅した。

会社に出勤して、「はじめての体験」にお互い興奮冷めやらぬといったわたしたちは、お昼休みにランチをしながら、ああだったね、こうだったねと、口々にそれぞれの感想を言い合った。その場に、一緒に来なかったやはり同い年の同僚Kちゃんもいたが、元々、誘いには乗らなかったので、わたしたちのはしゃぐ様子には解せないようだった。
わたしと同僚Gちゃんは、そこで何か形にはないキラキラするエネルギーのようなものを受け取ったような気がして、ワクワクしていた。

わたしは、店のショップカードをもらっていたが、一般的ではないものの、その晩楽しく過ごせたことを伝えたくて、店宛にお礼のハガキを送付した。わたしは、昔から手紙を記すのが好きで、季節の挨拶や仕事上の手紙以外にも、わりとよく頻繁に手紙やハガキを出していたのだ。
想像はできたが、特に、返信はなかった。そんなハガキを来店の女性客から受け取った店の人たちは、どのように感じたのだろうか……

その後まもなくして、番頭友人Bちゃんから、その店が閉店すると聞いた。彼女は閉店前にもう一度ぐらい足を運んだのかどうかは記憶があやむや。次の店についてはまだ未定だと言っていた。

あれからずいぶんと年月は過ぎ、あの夜、あの店で空間と時間を共にした人たちとは、誰とも繋がっていない。
今頃、みんなどうしているのだろうか。

誘いに乗らなかった同僚Bちゃんとは、お互いに転職したり引っ越ししたりして、わたしがこんなに遠くに来た今も繋がっている。それほど頻繁に連絡を取り合うわけではないものの、帰省の際には会い、別れ際には、また会おうねと言い合える仲だ。





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