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【展示紹介】栗原亜也子 「星空のつくりかた」(2024年 伊豆大島)

アーティスト 栗原亜也子が伊豆大島で個展「星空のつくりかた」を開催

横浜を拠点にするアーティスト栗原亜也子の個展「星空のつくりかた」が、2024年3月30日から伊豆大島「星の発着所」にて開催される。
アーティストのこれまでの活動や、展示に先立って行われた島での滞在制作の様子などをお伝えする。


伊豆大島の風景

伊豆大島は伊豆半島東側の沖合30kmに位置する活火山の島。江戸時代の噴火でできた三原山など、火山活動が生み出すダイナミックな風景、シュノーケリングなどのマリンレジャーに適した透き通った海、陽光の中に咲く椿の花々などで知られる。
東京から高速ジェット船で2時間弱でアクセスできる自然豊かな島として人気が高い。

栗原ももともとはプライベートで島を訪れていたが、宿泊先のオーナーで、2023年12月に島唯一の宿泊できるギャラリー「星の発着所」をオープンさせた竹内 英(たけうち すぐる)氏と知り合ったことがきっかけとなり、今回の展示が実現した。

代表作 「Mind Games(マインド・ゲームス)」シリーズ

竹内氏も栗原と同じく神奈川出身で、十年ほど前に大島に移住し、現在は空き家を自ら改装した宿泊施設を営んでいる。
氏から新たにオープンするギャラリーでの展示をもちかけられ、ギャラリー名が「星の発着所」だと聞いた栗原は、以前制作した大型絵画 K1- 1[Green, Violet, Gold] のことが反射的に浮かんだ。
闇夜に光る星々を想起させるこの作品は、個展名「星空のつくりかた」の由来になっている。

K1- 1[Green, Violet, Gold]の制作風景 (2017)


これは栗原の代表作であるオセロゲームをモチーフにした「Mind Games(マインド・ゲームス)」シリーズの一作で、観客の前でペインティングを行うパフォーマンス形式で制作された。
金地に塗られたキャンバスを盤面に見立て、濃い緑と紺色の二色で陣取りゲームが繰り広げられていく。画面がすっかり塗り潰されたあとで、下地の金色が夜空の星のようにまたたいている。
完成後の作品に栗原はこんなメモを残した。


“暗闇に光る星、ではなく、光を闇色で覆いつくし、わずかに残ったきらめきを星とする”


「Mind Games」は栗原が長年取り組んでいるシリーズで、オセロのルールに沿って制作されている。作品に写真を用いることも多い栗原は、オセロの石(コマ)の反転をネガポジ(光と影)の反転と捉えていることから上記の言葉が生まれた。
同シリーズでは二色が絶えず入れ替わることで起こる境界のゆらぎ、対戦相手が存在することでの展開の不確実性コミュニケーション等が主題となっている。


各地での豊富な滞在制作経験

過去の作品や体験が本展へのアイディアとなった一方、島へ作品を持ち込むだけでなく、より島との関係性を深めるような展示にしたいと、自ら申し出て昨年12月に島での滞在制作を敢行した。

これまでも韓国と北朝鮮の非武装地帯(DMZ)の韓国側、奈良県明日香村、静岡県大井川などで土地やそこに暮らす人々から着想を得た制作を行ってきた。

その際、材料には地元の自然や産業に関する素材、特に通常なら廃棄されるものをアップサイクルすることにも積極的で、明日香村では杉の間伐材、お茶どころ静岡・大井川では古いお茶の木を自分たちで燃やして作った炭などを利用をした。
今回も島の製塩所を訪れた縁で提供を受けた硫酸カルシウムの他、火山灰を含む黒い砂、漂着した流木や石、プラゴミなどが用いられている。


My eyes watch me through your scenery (2013,韓国 DMZ(Demilitarised Zone) )
Mind Games 〜明日香のかみさまとこどもたち〜(2015, 奈良県明日香村)
かみさまたちのまちじかん(2020, UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川2020)


活きた火山島により吹き込まれたインスピレーション

このように滞在制作の経験が豊富な栗原だが、今回は島ならではの難しさもあったと語る。
その一つが離島ゆえ、アクセス手段と物資に制限があったこと。島へは高速ジェット船で渡るが、持ち込める荷物に限りがあり、普段なら現地調達で済ませる材料も、島で手に入るのか分からず渡航前の大きなプレッシャーとなった。

さらに12月の島はそれまで休暇で訪れていた温暖な気候とうって変わり、強い風が吹き荒れ、予定していた海辺での作業の中止を余儀なくされた。

それはこれまでオセロゲームの対戦を通じ、不確定な要素を含む対人コミュニケーションに挑んできた作家の、もっと大きな、人の手には追えない自然への対峙という新たな挑戦の幕開けでもあった。

これまで以上に現場の環境に翻弄され焦りながらのスタートとなったが、「横浜から持ち込む」「現地で作る」の往復を重ねるうちに、一呼吸おきながら自然の要素を受け入れられるようになり、島のリズムに体が馴染んでいった。
そしてその時間を通じ、自身と島との関係、そしてよりスケールの大きな地球との関係を捉え直す体験に突入していく。


三原山のカルデラ(外輪山)
「バームクーヘン」と呼ばれる地層切断面


雄大な自然の中で実感した地球・伊豆大島

島そのものが活火山である伊豆大島は、富士山を北端とした富士火山帯からなる「富士箱根伊豆国立公園」の中に含まれ、地質学的に重要な場所や景観が数多くあることから「日本ジオパーク」にも認定されている。

異なる時代に起こった大噴火の堆積物が層になった「バームクーヘン」と呼ばれる地層切断面、遠景からもはっきりとわかる山並みに流れた溶岩の跡など、地球が動いた痕跡がいたるところに残されている。


島の火山博物館を訪れた栗原は、太古から幾度もの噴火を繰り返してできた島の成り立ちに関する説明をうけているうちに「伊豆大島が地球そのものなんだ」という感覚を抱くようになった。
そして「地球は星なんだ」という実感がマグマのように湧き起り、そのエネルギーは新たな原動力となって作家を突き動かし始めた。


地球という星の上で繰り広げられる、自然の営みと人の営み

インスタレーション「さざ波」には、そんな心境の変化がよく表われている。
島北部の碁石浜に打ち上げられた流木や石、プラごみ等が用いられた本作は、波の進退による地表と海面の移ろいを表現しており、これまでオセロゲームを通じて問いかけてきた「境界のゆらぎ」の延長上にあるといえる。
一方でプラごみなどの人工物も混ざっていることから、地上に何かを打ち立てようともがいてきた、人と自然のせめぎあいと見ることもできる。
そこには「長い歴史を持つ地球の上に、我々もまた微々たる痕跡を刻んでいく」という作り手の強い思いが感じられる。

作者はさらにそこから、「外から見ると地球はどんな光を放っているのだろう」と、見る者の視点をミクロ(微視的)からマクロ(巨視的)へと誘い、「一緒に『星空のつくりかた』を考えていこう」と語りかけている。
それは時の積み重なりである地層の表層に立つ我々が、未来へ向けて放つメッセージでもある。


碁石浜での風景

視点をミクロなもの、すなわち人間の営みにもう一度向けてみると、島のダイナミックな自然は我々に悠久のロマンばかりを与えてくれる訳ではない。そこには噴火や台風といった災害と隣り合わせの暮らしがある。そして小さな環境で起こる過疎や高齢化といった社会の問題は、他の場所よりもより凝縮されたかたちで顕在化することがある。

特に栗原の関心をひいた一つがフェリーの欠航問題で、運休理由は悪天候の他、運転士不足や船の老朽化があると知った。それは生活物資の供給や、観光客の往来にも影響を及ぼす。
そんな話も、展示を見に来た島の人たちと、島を訪れた人たちとで交わすきっかけになれば、と栗原は考えている。


ギャラリー「星の発着所」:クロスする思い

そんな栗原の思いは本展を主催したギャラリーオーナーの竹内氏の思いとも重なる。

これまで島になかったギャラリーをオープンさせた経緯について、竹内氏は「島にないものを島の人たちに見てもらいたい」、「島へくる人たちの新しいきっかけをつくりたい」という二つの動機を挙げる。

ギャラリー の内部(上)と外観(下)

これまでも友人らと共に三軒の空き家を宿泊施設にリフォームしており、本ギャラリーは四軒目の施設となる。それぞれのコンセプトについては

「最初の宿は童心に返ることができるような、『非日常』がテーマ。二軒目は築150年の古民家を改装したが、もともとあった生活道具もたくさん残っていたので、『島暮らしを体験』できる場所。そして三軒目は『大島から世界を目指す』場所。そこまで来たからには四軒目であるギャラリーでは『時・宇宙』を思い描いた」

と、どんどんスケールアップしていった過程を語ってくれた。
それは東京から週末ごとに通っていた大島がやがてホームになり、そこで人々をつないで送り出してきた竹内氏の歩みとも重なる。

ギャラリーの改築工程


東京でファッションデザイナーをしていた氏にはクリエイターの知り合いが多く、彼らに発表のための場所を提供することで、島の外と内とをつなぐ新たな呼び水になるのではと考えている。

「『星』って人間みたいだなって思うんですよ。人間同様いろんな星があって、ここを経由していろんな星が飛びたっていく。ゲストと何かを作りあげて、星の痕跡を残せる場所にしていきたい。それをきっかけに大島がさらに面白くなっていけばいい」

と今後の展望と共に熱い思いをのぞかせる。

奇しくも神奈川出身の熱い思いを持った二人が作りあげる本展示。伊豆大島「星の発着所」で星たちはどんな輝きをみせるのだろうか。


*本記事で使用した写真は全てアーティスト本人から提供いただきました。



展覧会概要

栗原亜也子  個展「星空のつくりかた」

会場:伊豆大島 ギャラリー「星の発着所」@stars_terminal
◆展示期間Ⅰ  個展「星空のつくりかた」(一般公開)
2024年3月30日(土曜日)ー2024年4月7日(日曜日)

◆展示期間Ⅱ  宿コラボ「星の発着所×栗原亜也子」(宿泊者限定ビューイング、要予約)
2024年4月9日(火曜日)ー2024年4月21日(日曜日)

展示に関する問い合わせは栗原亜也子さんインスタ@ayakokurihara のDMへ、宿泊、場所に関する問い合わせはアイランドスターハウス・竹内さん(tel: 090-9100-1421, mail: info@island-star-house.com)へお願いします。

展示に関する詳しい情報
栗原亜也子さんウェブサイト:



栗原亜也子プロフィール

栗原亜也子/Ayako Kurihara
Artist | Painting | Photograph | Installation | Video | Zine | Performance |

1974年 神奈川県生まれ1
1999年 愛知県立芸術大学美術学部油画科卒業

代表作「Mind Games(マインド・ゲームス)」シリーズは、ボードゲームのひとつである「オセロゲーム」のルールに則して、グリッドのマス目の中にスタンピングやドロッピングの手法で2つの色を交互に積み重ねていくことによって画面を構築していく作品である。同シリーズでは観客参加による対戦パフォーマンスやライブペインティング、映像なども取り入れながら、「コミュニケーション」を取り巻く様々な視点を提示している。他には絵画と実物モチーフをみ合わせた写真作品「ピクチャーズ」、「Untitled」など「他者との関係性」や「領域と侵犯」を意識し、平面、立体、映像、インスタレーションなどの多様なメディアを使用して制作している。

ギャラリー「星の発着所」について

伊豆大島の宿「アイランドスターハウス」を営むオーナーの竹内さんが大島南部の古い家屋を改築、内装をDIYして作ったアートギャラリー兼宿泊施設。「時の旅を楽しむ」をコンセプトにした大島唯一の「泊まれるギャラリー」。2023年12月オープン。宿泊は素泊まりの一棟貸しスタイルで定員最大5名。

(上記二点、栗原亜也子さんウェブサイトより)

栗原亜也子さんnote:

aoi minakamiによる栗原さんの過去記事はこちらで読めます



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