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声劇台本「いまわの告白」

「ーある罪人の、最期の告白」

ジャンル:サスペンス
必要人数:2〜3人。不問×2、不問×3
(※台詞が少ないので、兼ね役推奨)
上演目安時間:50〜60分

罪人:不問。つみびとでもざいにんでもOK。
(感情が昂ると一人称が「私」から「僕」になる)
刑事:不問。長年ある事件をおいかけてる。
記者:不問。※台詞が最後に少量だけなので、兼ね役推奨(罪人と掛け合いがあるので刑事と兼ね役)

【注意事項!】
※本作は殺人、虐待、残酷な描写を含みます。
※苦手な方はご注意ください。


↓下記本編


タイトル:「いまわの告白」

罪人:「時間がない。もう、時間がないんだ」
罪人:「刻一刻と死が迫っている」
罪人:「残された時間、この秘密を守り抜くことは容易いだろう」
罪人:「だが、ここにきて私は告白する」
罪人:「誰あろう、自分の為に」
罪人:「私は、孤独に死ぬ私を憐んだ」
罪人:「最後に本当の私を見て欲しい」
罪人:「そしてどうか、地獄につき落として欲しい」

罪人:「告白します」
罪人:「私は……人を殺しました」



刑事:2003年8月15日。
刑事:茹だるような暑さの中、警察に届いた一通の手紙が、世間を騒がせた。
刑事:封筒には、25年前に起きた『榎本(えのもと)一家殺人事件』の切り抜きが同封され、手紙には自分が犯人である事、そして、事件の真相を告白したい。という旨の内容が書かれていた。
刑事:私は刑事として、長年この事件を追っていたが、犯人に辿り着けないまま時、迷宮入りとなっていた。
刑事:この手紙には何かあると確信した私は、差出人の住所に記された病院の一室へと向かった…ー


0:病室で対峙する2人

刑事:「では、話を聞かせてください」
刑事:「まず単刀直入に。」
刑事:「榎本さんの自宅へ侵入し、金品を盗み、家族4人を殺害したのは、貴方ですか?」
罪人:「はい、私がやりました」
刑事:「…殺しが目的の侵入ですか?」
罪人:「いえ。殺すつもりはありませんでした」
罪人:「あの家に入ろうと思ったのは、盗みを働くためです」
刑事:「現場からは、現金と通帳、金属類が盗まれていた。金に困っての犯行という事ですか?」
罪人:「…高校を卒業して零細企業に就職しましたが上手くいかず、当時、金に困っていました。あの家は普段から良いものを着て、お金を持っていた、だから…」
刑事:「だから、侵入したと?」
罪人:「はい」
刑事:「個人的な恨みはなかったのですね?」
罪人:「ありません」
刑事:「一家とは知り合いでしたか?」
罪人:「直接的な知り合いではありませんでした。営業活動の一環で付近を移動している時に、何度か見かけた程度です」
刑事:「何故、あの一家だったのですか?」
罪人:「なんとなく…記憶にあったので…」
刑事:「なんとなく?」
罪人:「お金を、持っていそうだったので」
刑事:「あの地域には、他にも立派な一軒家がありますよね。他の家ではダメだったのですか」
罪人:「…ダメではないけど、盗みに入るなら一番よく覚えている家がいいと思いました」
刑事:「なるほど」
刑事:「盗みに入る前に、家のことを調べた?」
罪人:「いえ、準備はしていません突発的でした」
刑事:「何故、突然盗みに入ろうとしたのですか」
罪人:「金がなかったからです。親と不仲で頼れる所もない、でも生きるだけで金が要る。だけど成績は伸びず、働いても働いても金がなくて…限界でした」
刑事:「ふむ…」
罪人:「夜まで外回りをして、一つも契約が取れず、このままではまた減給されると思い悩んで、盗みに入ろうと決めました」
刑事:「それは何時ごろですか?」
罪人:「夜の…11時頃だと思います」
刑事:「それから榎本さんの家に向かった」
罪人:「はい」
刑事:「現場についたのは何時ごろですか?」
罪人:「11時半を過ぎた頃でした」
刑事:「直ぐに侵入を?」
罪人:「いえ、暫く様子を見ていました」
刑事:「動き始めたのは何時ですか?」
罪人:「深夜0時頃だったと思います」
刑事:「その間、誰にも見られなかった?」
罪人:「はい」
刑事:「侵入方法を教えてください」
罪人:「玄関には鍵がかかっていたので、裏庭に回り込んで、一階の勝手口から入ろうとしました」
刑事:「勝手口の鍵はかかっていた?」
罪人:「はい」
刑事:「どうやって侵入しましたか」
罪人:「ガラスにガムテープを貼って、石をタオルで包んで壊しました」
刑事:「何故、ガムテープを?」
罪人:「音が出にくいのと、ガラスが飛び散りにくくなるからです」
刑事:「随分慣れてるな。他にも侵入した事が?」
罪人:「…当時は、金に困っていましたから」
刑事:「…。分かりました」
0:メモを取る
刑事:「余罪についてはまた聞くとして、まずは続きを聞かせてください。家に侵入したとき、部屋の中はどの様な状況でしたか?」
罪人:「遅い時間だったので、部屋は暗く、一階に人の気配はありませんでした。リビングで金目の物を探していると、2階から誰かが降りてくる音に気づいたんです」
刑事:「あなたはその時、武器を所持していましたか?」
罪人:「いえ」
刑事:「盗みを働く為に侵入して、人に出くわすとは思わなかったのですか?」
罪人:「思いませんでした。仮に遭遇しても、脅して逃げれば済むと思っていました」
刑事:「…それで、2階から降りてくる物音を聞いて、あなたはどうしましたか?」
罪人:「咄嗟に、リビングにおいてある灰皿を手に取りました」
刑事:「灰皿はどういう形状だった?」
罪人:「ガラス製で、重みがありました」
刑事:「武器になると思った?」
罪人:「はい」
0:メモを取る刑事
刑事:「そして、どうしましたか?」
罪人:「二階から降りてきたのは、70代の男性でした。階段の下に身を潜めていると、その人はリビングの扉を開けて、荒れた部屋の様子に声を上げようとした」
刑事:「……そして?」
罪人:「思わず、後ろから灰皿で殴りました」
刑事:「どこを殴った?」
罪人:「後頭部です、鈍い音がして、その人は倒れました。呆然としているとうめき声が聞こえて、慌てて、もう一度灰皿を振り下ろしました」
刑事:「殺そうと思った?」
罪人:「黙らせなければと思っただけで、殺そうとは思ってません」
刑事:「灰皿で殴れば死ぬと思いませんでしたか?」
罪人:「…その時は、無我夢中で、」
刑事:「何度、殴りましたか?」
罪人:「4〜5回は殴ったと思います」
刑事:「重たい灰皿で5回も頭を殴って、人は死なないと?」
罪人:「わかりません、でも、殺す気はありませんでした」
刑事:「ふむ…。」
0:メモを取る
刑事:「では、続きを話してください」
罪人:「無我夢中で殴り終えると、灰皿にはべっとりと血がついていて、目の前にいる人の後頭部はへこんでいました」
刑事:「死んでいた?」
罪人:「まだその時は、動いていました」
刑事:「このままなら死ぬと思った?」
罪人:「…はい」
刑事:「とどめをさそうとは思わなかったのですか?」
罪人:「怖くなって、立ち上がりました」
刑事:「助けようとは思わなかった?」
罪人:「はい」
刑事:「それは何故?」
罪人:「まだ、やるべきことがあったから」
刑事:「それは何ですか?」
罪人:「…金目のものを、盗むこと」
刑事:「あくまで目的は金銭を目的とした侵入、という事ですね」
罪人:「はい」
刑事:「それから?」
罪人:「家族を殺さないといけないと思いました」
刑事:「それは何故?」
罪人:「この状況を、直ぐに家の人が気づくと思ったからです」
刑事:「つまり、口封じをしようと?」
罪人:「…これ以上邪魔されたくなかったので」
刑事:「邪魔されたくないから、殺そうと思ったのですね?」
罪人:「…はい」
0:メモを取る刑事
刑事:「それから、どうしましたか?」
罪人:「キッチンにいって、包丁とタオルを手に取りました」
刑事:「何故タオルを?」
罪人:「騒がれたらまずいと思ったので…」
刑事:「口を塞ごうとしたわけですね」
罪人:(頷く)
刑事:「それから2階に向かった」
罪人:「はい」
刑事:「…分かりました。一度休憩にしましょう」

0:休憩の間

刑事:「お待たせしました。では続きを話してください」
罪人:「はい…」
刑事:「あなたは2階に行き、まずどこへ向かいましたか」
罪人:「突き当たりの、一番奥の部屋へ向かいました」
刑事:「何故その部屋に入ろうと?」
罪人:「…映画やドラマで…」
刑事:「映画?」
罪人:「2階の奥の部屋は、大体両親の部屋だから」
刑事:「…」
罪人:「気づかれると厄介なので、先に2人を殺そうと思いました。部屋に入ると、ベッドが二つ並んでいて、そこに中年の男女が寝ていた」
刑事:「…そして?」
罪人:「まず奥のベッドに寝ていた男性の首に、包丁を当てて切りました」
刑事:「殺そうと思った?」
罪人:「はい。…男性の首から血が吹き出して、溺れるような声を上げて体が跳ね、動かなくなりました」
刑事:「男性は死んでいましたか」
罪人:「…恐らく。暫くぼうっとしていると、隣の女性が目を覚ましたんです」
刑事:「女性はどんな様子でしたか」
罪人:「酷く驚き、怯えた様子でした」
刑事:「あなたを見て声を上げた?」
罪人:「いえ、声にならないようで、引き攣った息が漏れただけでした」
刑事:「あなたは彼女をどうしましたか」
罪人:「持っていたタオルで、鼻と口を塞ぎました」
刑事:「その女性を殺そう思った?」
罪人:「ここまできたら、やるしかないと思いました」
罪人:「暴れる女性を夢中で押さえ込んで、タオルを押し付けていると、暫くして抵抗がやみました」
刑事:「女性は死にましたか?」
罪人:「…はい」
刑事:「その時は、どう思いましたか」
罪人:「安心しました」
刑事:「安心?」
罪人:「一緒に逝けてよかったと」
刑事:「…。どういう意味です?」
罪人:「とても仲の良い夫婦でしたから。片方だけ生き残るのは辛いだろうと思って…。一緒に死ねて良かったと思いました」
刑事:「…なるほど」
0:メモを取る
刑事:「それから、どうしましたか」
罪人:「包丁の血をシーツで拭き取って寝室から出ました。そして、手前の子供部屋に入りました」
刑事:「ゆうりちゃんの部屋ですね」
罪人:「はい」
0:表情を険しくする刑事
刑事:「…その時の事を、話してください」
罪人:「部屋の中には、おもちゃやランドセルがあって、子供がいる事がすぐに分かりました。ゆうりちゃんはベッドで寝ていたので、起こさないように寝顔を覗きました」
刑事:「…直ぐに殺そうと思わなかったのですか?」
罪人:「はい」
刑事:「それは何故?」
罪人:「ゆうりちゃんと遊びたかったからです」
刑事:「イタズラ目的か」
罪人:「性的な興味はいっさいありません」
刑事:「では、遊びたいとはどういう意味ですか」
罪人:「…私は、ゆうりちゃんを起こして、一緒に宝探しをしようといいました」
刑事:「ー宝探し?」
罪人:「お金を盗んで、一緒に逃げようと思ったんです」
刑事:「人質という意味ですか」
罪人:「いえ、そうではありません。私はただあの子と友達になりたくて…」
刑事:「ゆうりちゃんは、どんな反応しましたか」
罪人:「怯えていました。怯えて、誰?と聞いてきたので、騒がないで欲しいとお願いしました」
刑事:「ゆうりちゃんは従った?」
罪人:「はい。僕のいうことを聞いてくれました」
刑事:「…資料ではあなたは夫婦を殺害後、暫く、現場に滞在していましたね。いったい、なにをしていたのですか」
罪人:「2人で、宝探しをしました」
刑事:「ーゆうりちゃんと一緒に?」
罪人:「はい。」
刑事:「包丁で脅していう事を聞かせたのか」
罪人:「言うことを聞いてくれなかったらそうしようと思っていました。でも、ゆうりちゃんは私の提案に喜んで頷いてくれたんです」
刑事:「頷いた?」
罪人:「『友達がいないから遊んでくれて嬉しい』と言ってくれました。だから、包丁は見せませんでした」
刑事:「…それで、2人で宝探しを」
罪人:「はい。どちらが早く見つけられるか、勝負しました」
刑事:「ゆうりちゃんが亡くなったご両親やご家族を見つけてしまう事は無かったのですか」
罪人:「ありました」
刑事:「それは、誰の遺体ですか」
罪人:「ご両親の物です」
刑事:「…。その時、ゆうりちゃんはどんな反応を」
罪人:「扉の前に立ち止まったまま、僕を見上げて『あなたはてんし?』って」
刑事:「……天使?」
罪人:「お父さんが死んでいるのを見て、ゆうりちゃんは僕に抱きついて、泣いて喜びました。『お父さんはいつも変なことをする、機嫌が悪いと沢山殴られる。お母さんは見て見ぬふりして何もしてくれない。もう殴られなくていいのが嬉しい、ありがとう』って、お礼を言ってくれたんです」
刑事:「……」
罪人:「僕はゆうりちゃんを抱きしめて髪を撫でました。…理不尽な暴力に従うしかない気持ちは、良くわかる」
刑事:「…あなたも、経験があるのですね」
罪人:「僕の家は貧乏で、家を出るまで毎日の様に殴られていました。お父さんは、僕をゴミか、ゴキブリを見るのと同じ目で見ていた」
刑事:「…。ゆうりちゃんが虐待を受けている事を、以前から知っていましたか?」
罪人:「直接殴られている所を見た事はないけど、一度、車に乗り込むゆうりちゃんとご両親の姿を見た事があります。あの子は俯いて、お父さんを見ないようにしていた。…わかるんですよ、同じだから」
刑事:「榎本さんの家に侵入したのは、ゆうりちゃんの為ですか」
罪人:「……」
刑事:「昔の自分と同じ状況にいる少女を、助けたいと思った?」
罪人:「…助けたい…とは少し違う。でもお金があれば今こうなっていないし、彼女の状況も変えられると思いました」
刑事:「…復讐しようと思ったわけですね」
罪人:「…はい」
刑事:「あなたが現場に滞在した時間は、深夜1時から4時過ぎだとされる。そしてゆうりちゃんも、ご両親の死から約2時間後にリビングのソファーで死亡している」
罪人:「…」
刑事:「一緒に『宝探し』をして遊び、そこまで思い入れがあったゆうりちゃんを、何故殺した」
罪人:「……」
刑事:「答えてください」
罪人:「……それは…ー」


罪人:「彼女が、望んだからです」
刑事:「ーなに?」
罪人:「宝探しで充分集まったので、一緒に逃げようと言いました」
刑事:「…」
罪人:「すると、彼女の表情はみるみる内に曇り、悲しげに眉を下げて首を振りました」
罪人:「私がどうして?と聞くと『家族が好きだから』と答えたんです」
刑事:「……」
罪人:「沢山ひどいことをされたけど、やっぱり家族と離れたくない。と言いました。僕もその意見には賛成です、家族が好きなら一緒にいた方がいい、そう思いました」
刑事:「だから、ゆうりちゃんを殺した…?」
罪人:「はい。彼女もそれを望みました」
刑事:「まだ小学生の女の子が?」
罪人:「子供は大人が思っているより大人です」
罪人:「僕は彼女の意思を尊重してあげたかった」
刑事:「だから殺した…?」
罪人:「…はい。ゆうりちゃんは、これ以上苦しいのは嫌、と言ったんです。だから、彼女の首に指を回しました。なるべく苦しめたくなかったので、一気に力を入れると、骨が折れて動かなくなった」
刑事:「…」
罪人:「彼女をソファーに寝かせて、家を出ました」
刑事:「…ゆうりちゃんを殺すことに、罪悪感はなかったのか…」
罪人:「…」
刑事:「ほんの数時間でも一緒に過ごした幼い少女を、助けようとは思わなかったのか…!」
罪人:「…助けたいとは、思いましたよ」
刑事:「なら何故…!」
罪人:「私も、父親に殴られている時、殺してくれる人がいるなら殺して欲しかった。お父さんが私を殺して、早く刑務所に行かないかと、そればかり考えてました」
刑事:「同じ状況にいるゆうりちゃんを見て、お前は助けたいと思った、つまりその時のお前もきっと、誰かに助けて欲しかったんだ、違うか?」
罪人:「……」
罪人:「…そうかも、しれない。」
罪人:「でも、誰も助けてくれなかった…」
刑事:「だからこそ、ゆうりちゃんを助けるべきだった!昔の自分を救うためにも…!」
罪人:「誰も救ってなんてくれない!」
罪人:「あなたは何も分かってない。地獄から生き延びたって、その先にあるのは別の苦しみだ、あの時は、2人なら頑張れるかもしれないと思った。でも、そんな思いをあの子にさせたくないのも本当だった!だから殺したんだ!」
刑事:「それがゆうりちゃんのためになるとでも?」
罪人:「…苦しみを終わらせて何が悪い。子供の頃の僕も、同じ状況なら殺してくれる人に感謝したさ」
刑事:「……」
0:苦々しげに眉を寄せる
罪人:「…刑事さん、既婚者ですか」
罪人:「家族がいる、子供も…だからゆうりちゃんの話にそんな熱心になるんでしょう。違いますか」
刑事:「…ああ、そうだよ。もしそんな目にあうのが、自分の子供だったらと思うとゾッとする。でも、それだけじゃない」
罪人:「…」
刑事:「うちも…よく親に殴られた。母親がヒステリックな人で…。何かと理由をつけて殴られた。理由がなくても、機嫌が悪いと布団叩きやベルトで、皮膚が腫れて裂けるまで…」
罪人:「……母親を、恨まなかったんですか」
刑事:「恨んださ、今でも恨んでる」
刑事:「毎日が苦痛だった。だからこそ、母親のようになりたくない、苦しんでる子供や人々を助けたい。そう思って、刑事になったんだ」
罪人:「…強いですね。僕とは違う」
刑事:「そんな事はない。…元は同じだ」
罪人:「刑事になって、苦しんでる人を助けられましたか」
刑事:「助けた事もあるが、助けられない事の方が多い」
罪人:「そうでしょうね、そんなのは理想だ」
刑事:「ああ、そうだな。…理想論だった」
刑事:「こんな風に苦しみ続けている人を、救ってやれないんだから」
0:苦々しい表情で罪人を見つめる
罪人:「…もっと早く、あなたと出会いたかった」
0:苦しげな顔で刑事を見つめる
刑事:「…そうだな。もっと早く出会っていたら、きっと、お前を止めてやれた」


刑事:「空の色が青であるように、この世界には『事実』という物がある」
刑事:「この国で、空の色を決めるのは法律だ」
刑事:「それは人を人たらしめる秩序」
刑事:「弱者を守り、悪人を裁き、間違った道へ進んだ人を呼び戻す」
刑事:「『法律』は正義であり救済なのだ」
刑事:「だから私は、正義の為に命をつかう」
刑事:「…苦しんでいる人達を、守るために」


罪人:「ゆうりちゃんを寝かせた後、お父さんの服を借りて着替え、自分の服や靴、犯行時に使った手袋はゴミ袋に入れて現場を離れました」
刑事:「その服はどうした」
罪人:「焼却炉で働いている友人がいて、捨てずらい物をよく秘密で捨てさせてくれるんです。そこで燃やして貰いました」
刑事:「…その後は」
罪人:「事件の後は、報道で捜査状況を確認しながら、なるべくいつも通りに過ごしました」
刑事:「犯人が被害者宅に長時間滞在した事、ゆうりちゃんの死亡時刻が他の家族より2時間も遅かったことから、当初、犯人は知り合いによる物だとされ、捜査は難航した。その間に準備を整えたんだな。」
罪人:「…はい。急に会社を辞めると目立つと思って事件の後、暫くは同じ会社で働いてから辞めました。ーそしてその後、私は死んだ」
刑事:「…あなたは書類上、23年前に死亡した事になっている。山中での焼身自殺。遺体の損傷は激しく、身元の判別はつかなかったが、友人宛の遺書と、うつ病の診断記録から、当時の県警が自殺と断定…。…その遺体は、誰のものだ?」
罪人:「ネットのコミュニティで知り合った知人です。事件前から交流があり、一緒に死のうと誘いました」
刑事:「そして身代わりに死んで貰ったと」
罪人:「死にたがっていたので、ちょうどいいと思いました」
刑事:「…捜査網に名前が浮上した時、あなたは既に死亡していた。通りで辿り着けないはずだ。…その後は」
罪人:「死亡した相手になりすます為に、整形で顔を変え、国内を転々としました」
刑事:「いつか捜査の手が迫ってくると思っていた?」
罪人:「逃げている間は常に、明日には捕まるかもしれないと思っていました」
刑事:「しかし、事件から20年以上経っても捜査の手は追ってこなかった。…教えてくれ。長年口を閉ざしていたあなたが、一体何故、今になって告白の手紙を送ってきたんだ」
罪人:「それは…。」
罪人:「私はもう、死ななくてはいけないからです」


罪人:「空の色が青であるように、この世界には『事実』という物がある」
罪人:「しかし色盲の人に、空は緑色に映ると言う」
罪人:「物事は、見方により容易く変わってしまうのだ」
罪人:「私の人生は線であったが、今、点を迎えようとしている」
罪人:「これからも続いていくと思っていた物の終点を見た時、人は、これまでと同じ思いを抱けるだろうか」



刑事:「なりすましに成功した後は、どうしたんだ」
罪人:「就労ビザを取得して海外にいきました。最初は中国、マレーシア、フィリピン…。なるべく、色んな国に」
刑事:「捕まるのが怖かったのか」
罪人:「…国外にいると、少しだけ事件のことを忘れられる気がしたんです」
刑事:「…何度か日本には戻っていたようだが、一昨年の2001年は、まだビザが残っているにも関わらず帰国、福岡県の水産加工工場で働き始めている。それは何故だ?」
罪人:「…何故でしょう、本能的なものかもしれません。急に、日本に帰りたいと思ったんです。」
刑事:「2002年11月22日、工場で勤務中に倒れ、この病院に搬送された。…」
罪人:「ー診断は、末期の膵臓癌でした。膵臓は沈黙の臓器と呼ばれていて、倒れるまで気づかなかった」
刑事:「そして死期を悟り、告白の手紙を送った」
罪人:「はい」
刑事:「……今になって告白する事を、エゴだとは思わなかったのか」
罪人:「…見方によっては、そうだと思います」
刑事:「最後に自分のやった事を自慢したかった?」
罪人:「いえ、私はただ、最期は本名で過ごしたいと思ったんです。それに、残された親族の方々が、真実を知らないままでは可哀想だと思って」
刑事:「そんなのは建前だ」
罪人:「建前?ーはは…、あはは、そうですね」
刑事:「……」
罪人:「誰も本当のことを知らないまま、死ぬのは嫌でした」
刑事:「自分勝手な。」
刑事:「あなたは、誰に認められたかったんだ?」
罪人:「…」
刑事:「お父さんに、アンタのせいでと訴えたかったか?それとも哀れな自分を同情して欲しいと?いや、警察は無能だと世間に広めるのが目的か?」
罪人:「それは…」
刑事:「どんな理由を並べた所で、考え方は子供と同じだ。罰を受けるのが嫌で罪から逃れ、他人のせいだ嘆いて自分勝手に泣き喚く。お前の告白は、ただの承認欲求だ」
罪人:「…。」
刑事:「ゆうりちゃんやご家族に、ほんの少しでも申し訳ないと思う気持ちがあるなら、生きている間に罪を償おうとは思わなかったのか…!」
罪人:「…僕は、最大の不幸は、愛し合う家族がばらばらになる事だと思います。生きていたって、些細なことがきっかけで破滅してしまう家族もいる。僕はあの一家を、幸せなまま、同じ場所に送った」
刑事:「まるで、あの家族の為だとでも言いたげな言い分だ。反吐が出る。お前がやった事は、どれだけ言い方を変えても4人の殺人と強盗だ」
罪人:「ーじゃあ僕は、不幸なままで良かったんですか?親から虐げられて、真面目に働いても報われない、誰も助けてくれない。所詮弱者は弱者のままですか?あなたがいう正義って、誰のためですか」
刑事:「お前が正義を引き合いにだすな!助けを求める方法は、他にあった筈だ。いくらお前が不幸でも、他人の家庭を壊す権利があるか!」
罪人:「…、…でも、そうしないと、僕はゆうりちゃんに出会うことすらなかったんです、あの子を…救えなかった」
刑事:「虐待に気づいていたなら、匿名で通報する事も、誰かに相談する事も出来たはずだ」
罪人:「行政や周りの大人が何をしてくれる?誰も助けてくれないのは、あなたもよくわかってるでしょう」
刑事:「…それは…ッ」
罪人:「お母さんにぶたれていた頃のあなたなら、きっと同じ事を思ったはずだ」
刑事:「…確かに、そうだ。あの時の私なら同じことを思っただろう。辛い境遇にある子供を救えないのは、今の社会の脆弱性だ。でもだからこそ、私達が変えていかなければならない。…殺す事が正義だなんて、そんな事、あってたまるか」
罪人:「……」
刑事:「…お前が罪を償える時間は、後ほんの僅かだ。せめてその残りの時間、心からお詫びして過ごしなさい」
罪人:「……はい…。」
0:悔いるように目線を伏せる
罪人:「…あなたと話すまで、ゆうりちゃんは、自分が望んだ場所にいけたのだから、良かったとすら思っていたんです」
刑事:「今は、少しでも後悔してるのか?」
罪人:「もし今も、あの子が生きていたら、どうなってたか、考えていました」
刑事:「…」
罪人:「だけど…それは『たられば』の話です、ゆうりちゃんが生きていたら、私はあの子を守る為に逃げた。だから、何も変わらないんですよ」
刑事:「救いようがないな。…あんたは、悪魔だ」
罪人:「……」
刑事:「せめて、地獄で報いる事だ」
罪人:「…はい。話を聞いてくれて、ありがとうございました。……長いこと、ご迷惑を、おかけしました」
0:深々と頭を下げる



刑事:忌まわしい一家殺害事件は、逃亡を続けた犯人の告白により幕を閉じた。
刑事:当時の鑑定や捜査の記録は不十分で、検証が終わる前に犯人は死亡、その罪が裁かれる事は、最期までなかった。
刑事:私が長年追いかけていた事件の幕引きは、なんとも虚しいものであった。

刑事:結局、私は誰も救えなかった。
刑事:私が求めてきた『正義』とは。私の刑事としての人生とは、こんな終着点に辿り着く為にあったのだろうか。



0:後日。病室にて。

記者:「月刊冬秋(とうしゅう)の記者です。この度はお話を伺わせて頂き、有難うございます」
罪人:「…こちらこそ。ご足労頂き、有難う御座います」
記者:「送って頂いた手記で、既に内容は把握していますが、いくつか質問をさせてください」
罪人:「…どうぞ」
記者:「ー死を目前にして罪を告白する事は、怖くありませんでしたか?」
罪人:「…怖くは、なかったよ」
記者:「あなたの悪行が、後世まで残るのでは?」
罪人:「死後もこの世界に、…誰かの記憶に存在し続けられるなら、孤独じゃないね」
記者:「結局、あなたは法の元で裁きを受ける事がありませんでした。警察の捜査は、ずさんだったと?」
罪人:「さあ。…でも心のどこかでは、ずっと捕まえてくれる誰かを待っていたのかもしれない」
記者:「でも、自主する気はなかったのですね」
罪人:「…もっと前にあの人と出会っていたら、違ったかもしれません」
記者:「あの人…とは、誰のことですか?」
罪人:「…刑事さんだよ。真っ直ぐに話を聞いてくれた。きっとあの人は、私の事をわすれないでいてくれる」
記者:「……なるほど。では、次の質問です」
記者:「逃亡生活を一言で言うと?」
罪人:「孤独、かな」
罪人:「誰も自分を知る人がいない、今生きてる自分すら他人の身分証と顔で出来ていて、心から信用できる人もいなかった」
記者:「では、あなたを知る人がいる今、孤独ではないと?」
罪人:「いや…。ずっと、罪を打ち明けたら楽になると思ってた、でも現実はそうでもないようだ」
記者:「逃亡したことを後悔していますか?」
罪人:「…逃げている間、幸せな時間なんて一度もなかった。いつも追われている恐怖があった。例え死刑になるとしても、その時間を罪を償う為に使っていたら…と、今は思うよ」
記者:「もしかしたら、これからあの世で裁きを受けるかもしれませんね」
罪人:「ーあの世?」
0:驚いた顔で記者を見てから笑い出す
罪人:「は…、ははっ、面白いことを言う人だ。そんなもの、本当にあると思ってるのかい」
記者:「私は、あると思いますが…。あなたは、存在しないと思いますか?」
罪人:「どうだろうね。…私はリアリストだからさ。生きている人の事は考えても、死んだ後の事は分からないよ。ーでも、もしもあの世があるなら、死んだ後も地獄から逃げるだろうね」
記者:「まだ逃げるのですか?それは何故?」
罪人:「きっとゆうりちゃんが僕を待ってるからね」
記者:「……会えるといいですね」
記者:「その子に会えたら、なんて言いたいですか?」
罪人:「今度こそ、一緒にいようと」
0:目を細める
記者:「…では、最後の質問です」
記者:「被害者のご家族に伝えたいことは?」
罪人:「特に…ありません」
記者:「…そうですか、分かりました」
記者:「質問は以上です」
記者:「この件は私が必ず記事にします。頂いた手記と、今回のお話は無駄にしません」
罪人:「ああ、よろしく頼むよ」
記者:「ー貴方は、これで満足ですか?」
罪人:「満足、か。…別に警察を出し抜いた事を誇りに思ったり、自慢したいわけじゃないんだ」
記者:「では何故、記事にして欲しいと?」
罪人:「僕を、覚えていて欲しいから」
記者:「それで、何かが変わると思いますか?」
罪人:「さあ。…変われば良いとは思ってるけど」
記者:「新聞の見出しは毎日代わり、悲惨なニュースは連日報道されています。あなたの記事も反響を呼ぶでしょうが、…やがては、一つのコンテンツになるでしょう」
罪人:「……ああ。だからこの国は、変わらないのだね」
記者:「それでも真実を報道するのが、私達の仕事です」
罪人:「…頼んだよ」
記者:「おまかせください」
罪人:「たくさん話して疲れた、私はそろそろ休むよ」
記者:「では、これで失礼します」
0:荷物をしまい立ち上がる
罪人:「…後、少し。ここにいてくれないか」
記者:「いえ。私には、関係ない事ですから」
罪人:「はは、そうか。…良い、一日を…」
0:緩やかに目を閉じる

記者:「ええ、あなたも。…良い旅を」
0:静かに扉を出ていく

終了



お疲れ様です。
最後まで読んで頂き有難う御座います。

またしても重い!!!笑
この話はXがまだTwitterだった2022年8月4日、140字のショートショートとして書いた事から走り出しました。

↑当時のツイート。折角なので合間にモノローグとして挟みました。

事件の内容は異なりますが、2024年に入って報道されたあるニュースがきっかけで台本にしようと思いました(※本作は全てフィクションです)

何を正解とするでもなく、誰も報われず、淡々とした話ですが、少しでも楽しんで貰えると幸いです。
色々ツッコミ所もあると思いますが、ご容赦ください。
解釈は読み手、演じ手、聞き手の皆様に委ねます。

最後までお付き合い頂き有難うございました。
では、またどこかで。

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