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ドラマ・小説「空白を満たしなさい」

3年前に会社の屋上から転落死したはずの徹生(柄本佑さん)は、ある日突然に生き返り家族の前に姿を現す。
徹生のような生き返りは世界中で何人もいることが分かっており、彼らは"復生者"と呼ばれている。
誰にでも平等にあるのは "生も死も一度だけ" という前提を覆す "復生者"の存在は、人々から恐れられ忌み嫌われ、差別されるようになる。

"一度死んだ人間が蘇る" ということは手放しで喜べることばかりではなく、その人を取り巻く家族や周囲の戸惑い、亡くなっていた間の軋轢や葛藤などが、とてもリアルに描かれていてファンタジーという感じは全くしなかった。
妻・千佳(鈴木杏さん)は、何故なにも気づいてあげられなかったのか?自分のせいではないか?と、徹生の死についてずっと自責の念に苛まれ続け、さらには周囲の人からも奇異な目で見られたり責められてきたため、生き返った徹生をなかなか受け入れることが出来ない、というのも当然のことだろうと思った。
息子の璃久りくも4歳になっており、父親の記憶がないため徹生を警戒し懐かない。
徹生がいなかった3年間で、母子二人での暮らしがすでに形作られていた。

徹生は自分が亡くなった時の記憶も、思い当たる理由も全くなく、自分の死を信じることが出来ない。
徹生が1歳の時に父も36歳という若さで突然死しているため、だからこそ、そんな自分が愛する妻と子供を残して自ら死ぬ筈がない!と主張するのだった。
自分は殺されたに違いない、犯人はしつこく自分につきまとっていた会社の警備員・佐伯(阿部サダヲさん)ではないかと疑い、自分の死について調べ始めるのだがーー。

ドラマの1話から3話まではずっと観るのが辛くて、もう離脱しようかとも思ったが、最後まで見届けずにはいられない磁力のようなものがある作品だった。

自分の死の真相を知りたいと苦悩する、真面目で繊細で危うい徹生像を、柄本佑さんが見事に体現していた。
失われてしまった家族との3年間とこれから先の未来を思い、どうして俺は死んでしまったんだ、家族のために生きたい…と涙する姿に、一度死んでしまったらやっぱり後戻りすることは出来ないのだと思うと、観ているこちらまで悔しくて胸が苦しくなってしまった。

警備員・佐伯を演じた阿部サダヲさんは見るからに不気味で、日頃のユーモラスな感じは全くなく、演技と分かっていても嫌悪感が湧く程であった。
浮腫んだような顔で荒れた肌には赤い吹き出物もあり、これってメークなの?阿部サダヲさんってこんな感じだった?と思ったのだが、原作を読むと佐伯像に外見も寄せていたと分かり驚嘆した。そのいびつさは、映画「その名を知らない鳥たち」での陣治役をも彷彿とさせた。


死の直前の "空白の時間" に、いったい何が徹生に起きていたのか?
という謎を軸に物語は進んでゆく。
平野啓一郎さんの原作は上・下巻と長編だが、ドラマは若干の変更を加えながらも全5話で分かりやすくまとまっていて、より共感できた。

原作では、様々な対人関係の中で生まれてくる多面的な自分を、"個人" に対して "分人"と名付けている。
ゴッホの自画像を例に出し、何枚もある自画像はそれぞれかなり違う人に見えるが、その中で、耳切り事件の後に描かれた「包帯をしてパイプをくわえた自画像」のゴッホの分人を、健康的で生きる力のあるゴッホの分人たちが結託して消そうとしたのではないか、とゴッホの死について考察している。
しかしそれら分人たちも皆ゴッホ自身なのだ。
ドラマの中で佐伯に徹生が、ゴッホはどうして自分で自分を消そうとしたのか?と問うと
ー生きたいからですよ
ー本当はちゃんと生きたいからですよ
ーもう、自分の中の狂気に振り回されたくない
自分と重ねながら答える佐伯の言葉が、ずっしりと重く心に響いた。


ー仕事の量を減らすか?
ー大丈夫です、と僕はいいました。
ー楽しくても充実してても疲労は疲労なんだよなぁ…
ーそうかもしれません。夜ベッドに横になると全身が痺れたみたいにもう動かせないんです。でも、生きてる感じがしました。
ー疲れてないと不安になるだろ
ー不安から逃れるにはそれしかありませんでした。もっと働ける筈だと思ってたんです。
当時の上司と徹生の会話を聞いていると、疲れているという感覚が麻痺するまで働き、心と身体がバラバラになって、自分でも何が何だか分からなくなっている状況というのは、とてつもなく危険なことだと気付かされる。


疲弊し疲れ果てていても、弱い自分を認めたくない。
屋上から転落する直前に徹生が手帳に大きく書いた
『いやだ』
という文字は、ペンで上から真っ黒に塗りつぶされていた。

"なんでそんなに必死で働くんです?なんの意味があるんです?"
佐伯が自分に言ったと思っていた言葉は、実は徹生自身が呟いていた言葉だった。
自分はこんなことを思うような人間じゃない
こんなのは本当の俺じゃない
消さないと
そんなことを考えている自分を消したい

ー生きたい
ーそう思ってたんだ
ー死にたいなんて最期の瞬間まで思ってなかった
ーほんとに生きたかったんだ
真実を知った徹生の告白は、こんなことが現実にも本当に起きているかもしれない…生きたいと思いながらも、死の方へと引きづられて逝ってしまった人々もいるのではないか…?そう考えると、胸をえぐられるようで涙が止まらなくなった。

生と死の間は案外近くて、些細なきっかけで、飛び越えてしまえるものなのかもしれない。
それを繋ぎ止めるのは、ダメな自分も汚い自分も認めて、自分の中の好きな自分をより愛することなのだろう。
しかしそれは、簡単なことではないのだ。

妻と子と離れていた年月を埋めるように、やっと心を通わせられるようになったというのに、今度は復生者がどんどん消えているというニュースを耳にする徹生。知り合いの復生者たちも次々に姿を消してゆく。

自分もいつ消えてしまうかわからない…と怯え悲しみながらも、これで自分のいない空白を満たしてほしい、と未来の息子へビデオメッセージを残そうとする徹生の姿に、また涙してしまう。

ーあの一瞬さえなかったことに出来たら…
徹生の慟哭がズキズキ心に刺さってくる。
死をなかったことにするのは、やはり出来ないことなのだ…。

家族でこれが最後になるかもしれないピクニックへ出かけ、穏やかに微笑む徹生は、すでに覚悟を決めているようで、どうにもならない現実が切なく胸が締め付けられた。


復生者はなぜ生き返ったのか?
その答えを徹生は自ら導き出すことが出来た。
その答えを知るために自分は生き返ったのだ、と。
ドラマでは佐伯は一命を取り留め、徹生は佐伯に手紙を書いていた。
ー妻の心の中にも僕と同じように何か暗いものがあります
ーあなたも同じですよね
ーでも僕はその暗いものを消そうとするんじゃなくて
ー見守っていこうと思うんです
ー僕の命の許す限り

生きるとは、命とは、死とは、
とても重いテーマで、見終えたあとも鈍い痛みのようなものが残っていた。
観るものの心に深く入り込み忘れられないようなドラマ・小説だった。


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