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白夜〜夏至祭の魔法

真夜中0時近くなっても空は仄かに明るいまま、夜はなかなかやって来ない。

私の住む国は今、白夜だ。
白夜というのは夜になっても太陽は沈まず、"Midnight Sun 真夜中の太陽" と言われる現象のことだ。
完全な白夜になるのは北極圏付近だけだが、私が暮らす南部の街も0時を過ぎても宵闇のように薄暗くなるだけで、ほんの数時間でまた朝陽が昇る。
どちらにしても昼間がとても長くなり、夜はとても短くなる。

夏がやって来ると大人も子供も活動的になり、夜の21時、22時でも外で子供たちの遊ぶ声が聞こえてきたりする。
明るすぎて眠れないのだ。体内時計が狂うというか、みんな夜更かししているので、朝は頭がぼーっとしている。
夏になるとテンションが高くなり、冬とは別人のようになる人も多い。
いつまでも明るいので、時間の感覚もおかしくなってくる。
晩御飯の時間もどんどん遅くなってゆき、まだ夕方かと思っていると20時過ぎだったりする。

家の窓から、日によって表情が変わる海が見える。
晴れた日は波間がキラキラ光って、帆を張ったヨットが海の上を滑るように航行している。この国の海は塩分濃度が低いため、海沿いでも湿り気も潮の香りもなく、いつも乾いた海風が吹いている。
短い夏を惜しむかのように、人々は夜遅くまで海辺を歩き、岩場に腰掛け、薄紅からラベンダー色に染まる空を眺め、静かな波の音とカモメの鳴き声に耳を澄ます。

6月最後の週末は夏至を祝う夏至祭が行われ、クリスマスに次ぐ重要な祝日とされている。
まだこの国へ旅行者として訪れていた頃、田舎の村で夏休みを過ごしていた。
そこでこの国の友人に ”夏至祭の魔法” という、昔から伝わるおまじないがあると教えられた。それはこんな魔法だ。

夏至祭の夜に七種類の花を摘んで枕の下に入れて眠ると
夢に未来のパートナーが現れる

湖の畔で0時過ぎに夏至祭の篝火が焚かれる。
女性は頭に自分で編んだ花冠をのせて、男女ともに民族衣装を着ている人もいる。
山のように重ねてある薪が設置された小さな島に、一艘の小舟が漕いでゆき点火されると、ゴオーッという音と共に大きな炎が燃え上がり、真夜中の空高く昇ってゆくように揺らめいていた。
祭の途中で突然雷が鳴り始めたと思ったら、あっという間に土砂降りになり、走って宿泊先のコテージへ戻る途中に雨が上がった。
帰り道の燃えるように染まったピンク色の空の下で花摘みをした。
夏になると道や原っぱのそこかしこに野の花がたくさん咲いているので、七種類といってもすぐ集められる。
この時すでに私は30代も半ば過ぎのいい大人で、少女趣味ともいえる "夏至祭の魔法" を信じていたわけじゃないけれど、ほんの遊び心で、寝る前に枕の下に摘んできた花を押し花のように並べて眠りについた。

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その晩、私の夢の中には誰も現れなかった。

ああ、やっぱりなぁ…。自分はたぶんこの先も一人で生きてゆくんだろうな、と思っていたことが確信に変わった。






だけれどそれから数年後、
この国の人と出会い、超がつくほどの遠距離恋愛の末、私はそれまでの生活を捨て、好きな人を追いかけてこの国へ移住した。
そして数ヶ月後、私の隣には夫になったその人がいた。

"夏至祭の魔法" にかけられたのだろうか。

何が起こるかわからないのが人生なのかもしれない。





FKJ 『Ylang Ylang』



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