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(物語・小説)蝉と私 ~ 外を歩けば ~

 とある夏の日。締め切った窓とカーテンの隙間から木漏れ日が差し込み、騒々しい蝉の鳴き声が響 いている。そんな中、私はいつもの物思いに耽っていた。
 春夏秋冬、いつだって同じ事の繰り返しだ。 今は夏。ただ、それだけ。平穏で変わらない毎日を、この小さな部屋でやり過ごし。この生が終わりを迎えるまで、心穏やかに閉じこもっていたい。
 そんな私の内面と外の世界の境界線。それを担う窓ガラスに、一匹の蝉がとまったようだ。
 なぜ、この蝉は泣くのだろう。あまりにも短い命が、彼を悲しませるのだろうか。私は思わず窓越しに問い かけた。

『そんなに泣いて。たった七日間の短い命は、悲しい物なのかい?』

 そう口にした直後、私は我に返り後悔の念を抱いた。蝉より遥かに長い寿命を持つ人間が、私が、彼の心に深い傷をつけてしまったのではないか。
 決して口にしてはいけない、取り返しのつかない質問を投げかけてしまったのではないかと。
 蝉に謝ろうと口を開いたその時、彼は私を遮り話し出した。

『とんでもない。見る物、聴く物、全てが新鮮で美しくてしょうがないんだ。』
『あの空は、なぜこんなにも青く美しいのか。』
『この風は、なぜこんなにも心地よいのか。』
『深い地面の底で何年も何年も想い描いた外の世界は、全てが想像を超え、全てが美しいのだ。』
『きっと、我々の先祖達は、この感動を知って欲しいから。だから、我々に命を授けたのだ!!』

 蝉の純粋で真っ直ぐな言葉は、私の心を貫いた。人間の価値観を押し付け想像を膨らませ、彼を哀れんでしまった自分が恥ずかしかったのだ。

『子に、そして孫に。そして遥か未来の子孫たちに世界の美しさを知って欲しいから私は鳴くのだ。』
『あの太陽は、なぜこんなにも暖かいのか。』
『あの月は、なぜこんなにも眩いのか。』
『深い地面の底で何年も何年も想い描いて欲しいから。想像を超えた美しい世界を知って欲しいから。』

『先祖がそうしてきたように。この感動を知って欲しいから。だから、私は次世代へと命を授けるのだ!!』

 蝉の声に耳を傾けながら、私は外の世界に想いをはせていた。部屋の外に広がる、ありふれた風景。
 それは、先祖が私に見せたかった美しい世界なのかもしれない。私は意を決し、ドアを開くと外の世界 へと歩き出していった。

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