24-14. 自分の“恐れ”は大切にしなきゃいけなかった
突然ですが、「自分にないものを補おうとする努力」のことを「補償行為」というそうです。
たとえば、嫌われるのが怖いという性格の人の場合。
行動基準が「嫌われたくない!」という
自分の恐怖から逃げることだと
「やっぱりわたしは嫌われている」
と感じる現実が増えてしまうらしい。
「こうなってはいけない!こわい!」と逃げれば逃げるほど、それを考えてしまい、引き寄せてしまう。
だからこそ「自分が何から逃げてるかを自覚することがとても大事ですよ」と教えてくれたのが奥敬子先生。
⬇️先生のブログはおもしろい!
先日、はじめて敬子先生の対面コンサルを受けたのですが、「わたしの恐れのタイプ」がわかって、とてもすっきりしました!
※人それぞれ恐れや痛みは違うのです。
わたしは「自分が無益で役に立たない」のがとってもこわい。
「そんなん全然、痛くも痒くもない」っていう人もいるなか、わたしの恐れは圧倒的にここにあるのです。
だから、周りからの評価や、目に見える成果に自分の価値を置きがちでした。そんなんブレまくって仕方ないのに。
7年前の育休中は、役に立ってる実感を得るために、メルカリをしたり、インスタの裏アカをつくって、少しでも誰かの役に立てるように投稿することをライフワークにしていました。
当時、わたしにとって子育てっていうのは圧倒的に自己価値を感じられない仕事だったのです。
赤ちゃんは感謝してくれないしね。。笑
「もっと社会で働いて認められたい」という気持ちの方が強かったから、復帰したときは「働くで〜!!」って感じでした。笑
だからこそ得られたこともありました。
人一倍、頑張ってきたのかもしれません。
でも「社会で評価されなくなるのが怖い」という気持ちでがむしゃらに働いていたあの頃。
なんだかずっと満たされなくて。
どれだけがんばっても、心から自分を認められることはなかったんです。
ある意味、執着していたんですね、会社員である自分は、会社員だから社会的に役に立ってて、自分には価値があるって思ってたのかもしれない。
で、「会社員である自分」を思い切って手放して「ただの人」になったとき(元々ただの人なんだけどもw)
案の定、すんごい虚無感と恐怖感がおそってきました。
がんばんなきゃ!がんばんなきゃ!ってなってたんだけど、そんなすぐ活躍できるわけもなく。
スタジオはお客さんもなかなか増えず。。
それでも、「役立つ自分にきっとなれる!なりたい!」と思ってたからここまで諦めずにやってこれたのもありました。
ヨガを学んでいたのも大きくて、ヨガのおかげで生き方もわかってきて、余白を自分の中にたくさんつくろうと思えました。
余白ができたら、自分のことが知りたくなって、自己認識もいろんなワークショップや講座や本で、たくさんしました。
そしたら「わたしってこういうところもあるんだ」って、いやな部分も見れるようになってきて…(最初は嫌すぎて泣いたw)
だんだん自分を丸ごと受け入れられるようになってきたのかもしれません。
「ナッシングスペシャル」
っていう言葉が好きです。
「わたしは何者でもない」っていう言葉を、自分にかけて自分のプレッシャーを解いてました。
信じられますか?
わたしは「何者かにならなければならない」という強い信念があったんですね。
でも、自分を見れば見るほど、
わたしはナッシングスペシャルなんだ。
お金を稼げなくてもいいし、価値がなくてもいいし、役に立たなくてもいい、って思い始めてきたんです。
そう思えるまでに2年くらいかかった。(ながっ
長いことトライアンドエラーしたんだけれども、その甲斐あって、「それでもいい」って思えるようになり、
そうなると不思議なもので「わたしやっぱり頑張りたいな〜役に立ちたいな〜」って思うのです。
陰陽が循環したんですね。
そんなとき、奥先生のコンサルを受けて、この部分を可視化&言語化してもらってストンって腑に落ちたのでした。
奥先生はすごかった!
約2年かけて、私はたぶんビジネスを通して、自分を見つめてきたのだと思います。
でも、全然まだまだで。
自分が恐れていることを、腹の底から肯定するってむずかしい。
ただ、最近また気づきあって、自分が怖いなって思うことを経験するの許したり、味わい尽くすと、補償行為ではなく、心から相手のメリットを考えられるようになるのかもっていうところ。
わたしの場合はつわりで2ヶ月寝込んで、何もできない役立たずな自分をとことん味わったら
回復してきたときに、純粋な気持ちで誰かの役に立ちたい!って思ったんです。
⬇️かなり前だけどこんなこともしてました笑
もちろんまだ補償行為してる部分もあると思います。
というか、わたしは一生この性格と付き合っていくと思うから
恐れや痛みに抵抗すること(役立たずな自分はイヤーってなること)が、がんばる原動力になっていくっていうのはあるんだと思います。
だけど、わたしはずっと憧れていた“愛が出せる人”になりたくて。
そのためには自分が「こうなったらこわい!」っていうところから目を逸らしちゃいけない。
そして、そこも含めて自分だということをまるごと受け入れていかないといけないんだと思っています。
自分を知るって、おもしろいです。
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