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【小説】Lonely, But Not Alone

ハタチになってからというもの、お酒を浴びるように飲むヤツや、ギャンブルで大金を使って遊ぶヤツ、ブランドものばかりを身につけるヤツが私の周りに増えた。

つい最近まで同じサッカー部で汗を流していた友人たちもそんな人間になってしまって、すっかり体も丸くなってしまった。

私には中学生の頃から変わらない仲の良いメンバーがいた。「喧嘩するほど仲が良い」という言葉のせいで、仲の良い連中には喧嘩が付き物のように感じるが、私たちはもう7年ほど一緒にいるのに、喧嘩を全くせずに楽しい時間だけを過ごしてきた。

そんな彼らも変わってしまった。さらに、メンバーの一人が上京する事をキッカケに、以前のように集まることは少なくなった。

彼らと私の趣味は徐々に合わなくなっていき、私は一人でいることが増えた。彼ら以外の知り合いとは、妙に合わなかったので、自ら選ぶようにして一人でいることが多くなった。

変わっていく彼らについて行けなくなった私の楽しみは、一人で学校の帰り道に550円の牛丼の大盛りを食べることだった。

別に我が家は貧乏ってわけでもなく、私だってバイトをしているのだからある程度の金はある。当然、彼らのように背伸びをすれば遊べるだけの金だってあった。

ただ、心の奥底で子供の頃のような純粋な気持ちを忘れたくないという気持ちが、身の丈にあった等身大の生活をさせていたのかもしれない。私は彼らのようにはならないという私なりの反抗だった。

そんな彼らに久々に会うと「生きてたんだ」と冗談めかした挨拶が決まって飛んでくる。どうやら彼らは同じパチンコ屋で頻繁に会っているらしい。一人で行った時にも友人に必ず会うというのだから、こんな挨拶すらも意外と簡単に受け入れられる。

彼らはテスト期間になると、SNSに勉強内容をアップし、あたかも勉強しているように見せていた。彼らの友人であろう人はそれを見て、「こんな時間まで勉強していて偉いね」と返信していた。それを見てから私はSNSのアカウントを消去し、友人との関係を断った。

彼らがそうしている間に、私は高校の先生になるために大学で教職の授業を取り、教員採用試験の勉強に励んでいた。勉強をしている間の自分は好きだった。知識や思考の幅が広がり、ある程度のことは考えれば分かるか、自分で調べて理解するだけの技術はついた。大学に入るまで勉強なんて大してしてこなかったので、こんな経験は初めてだった。

趣味は、筋トレとランニングだった。週に5回のジムと、毎朝日課のランニングで汗を流していた。健康はもちろん、自分や他の誰かに打ち勝つような気持ちで精力的に体を鍛えた。

私は誰よりも努力している。必ず報われると思っていた。

その後、私は晴れて教員採用試験に合格し、来年の春から母校である高校の国語科の教員になることが決まった。ついに私は報われた。努力が実り、彼らに勝ったと思った。

しかし、その時、私の周りには友人と呼べるような親しい人はいなかった。

もう何年彼らに会っていなかっただろう。あれだけ連絡を取り合っていたSNSも、もう何年もやっていない。彼らは、私が何をしているか知らないが、私も、彼らが何をしているか知らなかった。

私は、友人に連絡するために、SNSのアカウントを作り直した。彼らのSNSのプロフィールの画像は、あの頃と同じメンバーで遊んでいる写真だった。しかし、ただ一つあの頃と変わったことは、そのメンバーに私がいないということだった。

私は、彼らと一緒にいた頃と変わらない純粋な気持ちで、今まで生きてきたと思っていた。快楽のためにモノに頼るような事は純粋ではないと思っていた。

しかし、その気持ちが変わっていないのは彼らの方だったのかもしれない。彼らの身の回りの環境や、遊び方は変わっていったが、あの頃と変わらないメンバーで一緒にいるのは、私以外のメンバーだった。

この時、既に彼らに対して羨ましさのような、嫉妬のようなものを感じていた。それでも、その感情は初めてではなく、遊びに夢中になっている彼らを見ている時に感じたもどかしさと似ていた。

私は、嫌な予感がしていた。SNSのアカウントを消した時も、彼らから距離を取った時も、1人で550円の牛丼を食べていた時も、どこかで孤独を誤魔化しながら生きているような気がしていた。

彼ら以外の知り合いとは上手くいかなかったのは、あの頃と同じメンバーのような居場所を無意識に探してしまっていたからだろう。いや、私が心の奥底で、私の居場所は彼らと同じ場所でありたいと願っていたのかもしれない。

努力の先に望んでいたものはこんなことだったのか。何もかも犠牲にした日々は、こんな感情のためにあったのか。本当の幸せは、試験に合格することだったのか。今では、遊び呆けていた彼らの日々の方が幸せにすら見えた。

本当に好きな事なら、何かと闘っているような感覚は襲ってこないだろう。しかし、妙に走りたくなってランニングを日課にした時も、誰かから逃げるように走っているような心の弱さを感じる日だってあった。

私は、孤独に気付いてしまった。努力に孤独はつきもの、孤独に負けるなんて精神的な弱さだと自分に言い聞かせたこともあったが、この時にはもうそんな言葉は私の脳には響かなかった。私は孤独を完全に理解してしまったのだ。

孤独を理解したと同時に、私は努力していた過去の日々を悔やんだ。あれだけ自信を持ってやり遂げた日々を悔やんだ。

背伸びしていたのは私の方だ。まだまだ子供なのに、大人になる準備ばかり急いでしまった。そういえば彼らから「話が硬くなった」と言われたこともあった。自分から距離を取る選択をしたように見えて、彼らも変わっていく私を見て距離を取ったのだろう。

自制していた心を爆発させるように、自分の感情に忠実になると決めた。

そしてすぐに、私は彼らに連絡を取った。

今まで思っていたことを言う勇気がなかった。もうこの時には、自分のことが愚かにしか思えなかった。こんな時にも恥ずかしさだけはあったので、彼らのうちの一人に、

「今までごめん。」

と、一言メッセージを入れてから、文章を書き始めた。もう深夜のことだった。

すると、たった今メッセージを書き始めたにも関わらず、思ったよりも圧倒的に早く既読がついた。私は焦って追加の文章を打ち続けたが、返信はすぐに来た。

「分かってるよ。教員になるんだろ?前から言ってたもんな。今、酒飲んでるからお前も来いよ。大丈夫だから。」

あの時と同じ口調で話す彼のメッセージを見て、彼らと一緒にいた頃を思い出し、安心と共に涙が出てきた。

自分で自分の首を絞めた後に泣いているのだから、この時の私は少し滑稽に見えたが、もう何かに満たされ心は軽くなっていた。

私が選んだ日々も、彼らが選んだ日々も、どちらが幸せだったかなんて判断は出来ない。恐らく、判断をする時が来るとしたら、それは死ぬ時だろう。少なくとも私は自分の人生を生きる上で求めてるものが何なのかは理解ができた。

私はあの頃と同じ純粋な気持ちに戻り、孤独だった頃には忘れていた感情と共に、深夜の街に飛び出した。

前に進めば全てが変わっていく。

内面も、外見も、考え方も、風景も、季節も、気温も、植生も、年号も、紙幣も、学年も、彼らも、あの子も、全ては変わる。

自分も変わる。

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