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ふたりのエンドロール【春のRadiotalk朗読大賞課題作】

ふたりのエンドロール

 卒業式日和、というのは今日みたいな日のことを言うのだろう。暖かな日差しに穏やかな風。それとは裏腹に、僕は少し寂しさを覚えていた。僕は今日、高校を卒業する。他の生徒が学校に集まるよりも一足先に学校へ向かい、そのまま職員室へと足を運ぶ。スーツに身を包んだ先生たちの姿に、「今日が最後なんだ」という実感が生まれる。いつも通り図書室の鍵を取り、僕は急ぎ足で向かった。僕の高校生活の全てが詰まった図書室へ。

 僕は暗い生徒だったと思う。友達はいたが騒ぐのも、SNSで常に誰かと繋がっているのも好きじゃなかった。どこにいても息が詰まるような思いをしていたところ、僕がたどり着いたのがこの図書室の入り口にある司書室だ。歴史のあるこの学校には妙な噂があって、図書室は不気味な場所として近づく生徒が少なく、仕事がないからという理由で司書さんも毎週火曜と木曜に休みを取っていた。放課後、本を読むわけでもなく一人佇む僕は珍しがられ、代わりに司書室を任されるようになっていた。それが高校1年の終わりの頃、ちょうど2年前の出来事だ。
 初めて一人で司書室当番をすることになった日、僕はただただ静かなこの図書室に、なんとなくスマホのカメラを向け、動画の撮影ボタンをタップしてみた。まるで映画のワンシーンのようだな、なんて思いながら1分ほどカメラを回し、すぐに撮った動画を再生すると、図書室の一番奥、窓側の席に誰か映っている。僕は慌てて視線を画面からその席にやると、誰もいない。何度動画を再生しても、確かに映っているのだ。肩まで伸びた黒い髪、眼鏡をかけ、机に肘をついて笑う、制服姿の女の子。その日はすぐに帰ることにしたが、僕の中には妙な好奇心が生まれた。

 それ以来、僕は一人のときに必ず図書室で動画を撮ることにした。動画の中にだけ存在する不思議な女の子は、たまに僕に手を振ったり、本を読んだり、机に伏せて寝ていたり、色んな表情を見せてくれた。僕はそんな彼女に、カメラ越しに何度も何度も話しかけた。

「君は誰なの?幽霊?」

 彼女は笑っている。なにか伝えたいのか、口だけは動かしているが、言葉を読み取ることは出来なかった。それでも良かった。彼女の存在は僕の中の大切な秘密になった。3年生になり、撮りためた動画を一つの映画にしようと決め、僕は司書室当番の日は必ず動画を撮る。家に帰ればそれをちょっとずつ編集する。それが僕にとっての青春だったのかも知れない。

 そんな日々も今日で終わってしまう。朝の澄んだ空気に包まれた静かな図書室で、僕はいつものようにカメラを向けて動画の撮影ボタンをタップした。

「今日で卒業します。今まで、ありがとう。君のこと忘れないから!」

 ちょっと泣きそうになりながら、誰もいない、いや、君だけがいる空間に話しかけた。

 卒業式が終わり、すぐに帰って動画の編集を始めた。今日最後に撮った動画を取り込み、再生すると、いつものように彼女は笑って手を振っている。そして微かに聞こえてきたのは、初めて聞く彼女の声。小さく呟く「バイバイ。」それをエンディングに映画を完成させよう。エンドロールも付けよう。僕と君、ふたりだけのエンドロール。

End.


こちらの作品は音声配信アプリRadiotalkにて開催している「春のRadiotalk朗読大賞」の課題作品です。
エントリー期間:2024/3/4(月)〜3/17(月)23:59

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