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【連載小説】マジカル戦隊M.O.G.(第22回)

前略

この世にたった一つしかない、あらゆるすべての争いの原因を知っているか?

それは非常に単純だ。
自分が正しいと思っていて、なおかつ相手が正しくないと思っている。
こういう人間が二人以上いたら、それでもうすでに条件成立。
複雑に入り組んだ現代社会には多種多様の争いごとがあるが、それらのすべてがこの条件に当てはまるといっても過言ではなかろう。
そしてそれらを解決する方法として一番手っ取り早いのが、相手を殺して黙らせてしまうことなのは、これまた非常に単純明快で、それこそ野生のサルにも分かる。

そう考えるにつけ、今の人間はこのサルと同じくらいの脳味噌しか持ってないのではないかとつくづく思う。
戦争、戦争、戦争だ。
いつだってどこかに敵がいて、「自分の正しさ」を謳いながら殺し合いをする。

さらに、いなかったらいなかったで「自分が本当に正しいのか」逆に不安に思って、結局自ら敵を作り出しては、また殺し合いをする。
やっぱり人類はまだサルだ。
「敵」がいないと自分の正しさを自分で信じることができない、臆病な生き物なんだよな。
だからいつでも「敵」を欲しがる。

そう、俺たちは戦争がしたい生き物なんだろう。
「敵」と「戦って勝つ」ことでしか、自分の正しさを証明できない、頭の弱い生き物なんだ。
少なくとも、今の人類はまだ、その程度の進化しか遂げられてないと言えるのかもしれない。
科学だ技術だと言う前に、自分が生物の一種として、進化の過程のどのあたりにいるのかを、もっと研究すべきだったのかも知れないよな。

残念ながらもう、遅いんだけどさ。

そうそう、続きを書かなきゃ。こないだの手紙のな。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

俺が女ニンジャに案内されたのは、エレベーターの操作パネルの裏側にある隠しボタンを押した先、地下170階にあった特別機密区画だった。

エレベーターに乗っている間、彼女に驚くべき話を聞かされた。
彼女もまた、俺と同じ「魔物」であること。
彼女は軍の実験で「作られた」魔物であること。
他にも、魔物の仲間がたくさんいること。
そして今、魔物の集団が、とある計画を実行中であること。

地下170階に俺が着いた時にはもう、白衣の職員たちがそこらじゅうでばたばた死んでた。
『仲間』によるクーデターはすでに決着がついていたらしく、この時点でもう、この施設は俺たちのものになってたんだそうだ。
俺は彼女(名前は例によって感情で表されるんだが、彼女の場合【喜】【喜】だから便宜上言葉では「キキ」と呼ぼう)の案内に黙って従って、区画を通り抜ける。
この区画はクローン体の培養センターだったらしく、SF映画で見たことあるような、ガラスの筒がいくつもズラリと並んでて、その中で人間なのか他の生き物なのか区別できないような不思議な生物が、大量に生み出されようとしていた。
システムはどうやら生きているらしく、ほとんど体が完成していたある者は、通り過ぎる俺のことを、三つある目でカプセル越しにじろりと睨んだ。

「ここだ。」
唐突にキキは立ち止まり、一見何の変哲もない金属の隔壁を親指で差した。
「隠しドアでもあるのか?」
という俺の質問には応えず、キキは壁に手を当てて呪文を唱えた。
「・・・ムアラ。」
と、壁のあったところが、音も立てず空間に変わった。
その先にはまだ少しばかり通路がある。
ぼんやりと光る素材でできた、不思議な廊下だ。  
「ここから先は魔力のあるものしか通れず、しかも魔力は通路に少しずつ吸われる仕組みになっている。通過するには約1200MPの消費が必要だ。これは通常の人間には無理な数字だろう。」
知ってると思うけど、通常の魔術師のMPは、多い者で300前後だ。
「・・・つまり、俺らみたいな魔物でないと通過は無理、と。」
「まぁ1200のMPを持った人間なら理論上は可能だがな。」
キキが冗談を言うのを、俺はこの時初めて聞いた。 
「でも、俺は魔物の体への変身の仕方を覚えてないんだ。」
「一度でもそこへた辿り着いたことがある者は、わざわざ変身するまでもない。」
とキキは人間の姿のまま、その通路へつかつかと歩み入った。
俺は黙って彼女の後に従う。

だがどうだ、彼女の言ったとおりだ。通路に入ったとたん、体から魔力が滝のように失われていくのを感じた。思わず吐き気を催し、つい俺はその場にくず折れてしまった。
「だらしないな・・・掴まれ、王様。」
とキキは振り返って手を差し出した。俺は彼女の手を取ろうと重くてたまらない自分の手を伸ばす。
そして俺の手が彼女の手のひらに乗った瞬間・・・

「ほわぁあああああああ!」

俺は恐ろしく深い穴を急速に落下していた。
底は見えない。
周囲の空気が急激に冷たくなっていく。
このままでは凍ってしまう。
暗い。
どうすればいい・・・

気がついたのは、通路の端まで着いてからだった。
驚いたことに、その時俺は、お姫様抱っこでキキに抱きかかえられていたのだ。
「気にするな。最初は皆そうだ。」
彼女は俺の意識が戻ったことを知り、俺の体を通路の床にそっと横たえた。小柄な見かけからは想像もつかない力だ。
ま、こう見えて、彼女も何らかの魔物なんだから、それはそうかとも思うが。
「君はどうだったんだ? 最初はやっぱりこうなったのか?」
ふらつきながら立ち上がる俺の悔しそうな表情を見て取ったのか、彼女は何も言わず、口の端を少しゆがめ眉を寄せただけだった。

通路の奥の扉を抜け、くねくねと別の(普通の)通路を進み、現れた両開きの大きなドアを開ける。
そこは体育館10個分くらいのドでかい広間で、俺たちは床より2メートルほど高い踊り場に立っていた。
眼下は、彼女が俺を連れて戻るのを待っていた大勢の者たちで溢れ返っていた。
彼/彼女らは、俺たちがドアから入ってきたのを見るにつけ、一気に歓声を上げた。
「我らが王の誕生だ!万歳」
「新しき時代の幕開けだ!」
「世界は生まれ変わるのだ!」
口々にいろんなことを叫んでいる。中にはただ大声で奇声を発している者もある。

【静まれい!】

キキが、魔物の言葉、つまり感情でぴしゃりと叫んだ。
その音なき声は、この広いコンクリートの地下空間の隅々まで届き、大歓声が一瞬のうちにピタリと止まった。
彼女は続けた。

【今こそ、我らが新しき世界の始まりなり!】

うおおおお! という音のない歓声が興るのが分かった。
様々な感情がどっと心の中に浸入してくる。

【今こそ汝らにその名を明かさん。我らが王の名は・・・】

俺の、魔物のほうの名前が唱えられた。
それを聞いた魔物たちも、口々に(いや、口に出しているわけではないからこれはちょっと違うか)俺の名を唱え始め、最後には大合唱となって空間全体を満たした。
その名が俺の中で繰り返されるうち、俺の中に変化が現れ始めた。

そうか、忘れていたんじゃなくて、思い出さないようにしてたんだ。
だって、あまりに危険だったから・・・。
もう一度姿を変える時、今度こそ俺は人でなくなる・・・それは、戻れなくなるんじゃなくて、戻らないと決める時だと分かってたから。

そして今、俺は自らの心でその名を唱える。
今こそがその時だと知ったからだ。

轟音・衝撃波・物理的な咆哮。
それは俺にとって、もはや快感だった。

俺の姿は漆黒の羽を持つ、巨大な生き物になっていた。
しかも今度は前回よりもずっと完全な形になっていた。
翼は背中から生えていた。
両腕両足は丸太のように太く、がっしりとしていて、全身がくまなく黒い羽毛で覆われていた。
羽毛は軽い上に何よりも硬く、あらゆる魔法を跳ね返す結界ともなっていた。
顔には前のようなくちばしはなく、牙が伸びていた以外は、むしろ人間の頃の顔のままだったみたいだ(触ってみたんだ)。
その代わり、額から真っ黒に輝く角が一本生えていた。
これで前回よりもっと遠くまで稲妻を飛ばすことができそうだった。

【時は来たれり】 

俺は言った。
自分でも驚くほど厳かな調子だった。 

【汝ら、我に従いて諸悪の権化となるべし。そこそが我らの在る意義なり】 

熱狂的な、それでいてとても静かな、歓喜の雄叫びが室内に巻き起こる。
紅、蒼、翠・・・あらゆる色彩の狂演。 

【今こそ我ら、人を凌駕すべき存在となるべし!】 

俺から発せられた七色の電磁波が、満場の仲間たちの姿を、マスゲームのように一気に魔物のそれに変える。
半魚人やガス人間、鷹人間に触手生物、スライムやら透明人間やら吸血鬼やらゾンビやら大ナメクジやら蜘蛛女やら・・・俺の仲間はみんながみんな、とても個性的だった。
それぞれが自分の腕や触手を高く掲げ、俺の名を繰り返し繰り返し叫んでいた。
大広間全体が、いつまでもあらゆる色に煌いていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

まぁ、そういうわけだ。

俺たちは人類の敵になるつもりだ。
だから当然、お前の敵でもある。
でもさ、お前には前にも書いたとおり、とても感謝してるし、友情だって(普段ならとても恥ずかしくて書けないけどさ)ずっと感じてきた。
だが、これから先は残念ながら、そうはいかないだろう。
俺はもしかしたら、今後もしお前のことを目の前にしたとしても、もはやお前だということすら分からないまま、殺してしまうかもしれない。
俺はもはや人間が憎むべき敵で、俺たちにとっても、人間は狩るべき獲物でしかないからだ。

だから、最後のお願いがある。
何年かかってもいい。
いや、何十年、何百年かかってもいい。
俺を殺して、魔物たちを止めて欲しい。
そうするしか、人類に道は無い。
だったらどうせなら、お前かお前の子孫に、人類の英雄になって欲しいと思うんだ。
こんな俺だって魔物の王になれたんだ。
きっとできると思う。
頼む。

意識が・・・ゆらいできた。
ああ、あと一度だけ・・・手紙を送らなければ・・・



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)