【連載小説】聖ポトロの彷徨(第5回)

13日目

コムログに大きな反応があった。なにやら大きな都市の跡のようだった。私は圧縮水分を口に放り込むと、半ば駆け足になってその場所を目指した。

前任者の本に描かれていた一番大きな都市は「城塞都市ゼビル」と呼ばれる場所だったはずだ。ここがおそらくそうに違いない。

だが、ある程度予想していた通り、都市は完全に廃墟と化していた。

巨大だったはずの石造りの門はぼろぼろに崩れ、形状から推測するに、今はおそらく往時の半分ほどの高さしかないのだろう。街の周辺を取り囲んでいたであろう石組みの城壁は、ところどころが崩れ落ち、歯抜けの状態になっている。城砦の周辺を少し歩いて崩壊の様子をざっと見た限りでは、城壁は何か人的な力による破壊ではなく、年月を経て自然に崩れ落ちたような印象を受ける。

前任者も通ったという大きな門から、都市の中へと歩みを進めてみた。レンガ敷きであったろう通りは、かろうじてその痕跡を残すのみで、今や埃っぽい砂の道と化していた。門から都市の中央へと続く大通りの脇には、石造りの建物の一部が点々と残されており、それらは確かに、往年の賑わいを感じさせるに十分の景観である。
そのうちのいくつかに入ってみたが、当然のように人の気配はなく、それどころか、虫や植物といった生物の気配もない。また、ここでも生活用品などの小物は見つからず、ただ風雨にさらされた石の壁や砂の床が残るのみであった。

街の中心は広場になっており、広場はロータリーになっていて、そこから何本もの通りが、八方向に整然と延びているのが見えた。そして広場の中央には、泉の跡と思しき場所があった。おそらく噴水か何かだったのだろう。彫像の類は見当たらなかったが、大きな丸いお盆のような形の石組みの跡が、所々欠けた状態で、今もそこに残されていた。
その周辺には、いくつかの奇妙な石の塊が、地面から突き出していた。等間隔で並ぶそれらは、おそらくベンチか何かの跡だろう。この石と石の上に木の板を渡して、その上に腰掛けて、住民たちは一休みしていたのではないだろうか。

私はそのベンチの跡の石に腰を下ろし、泉の跡に背を向けて、廃墟の街並みに目を向ける。当時の住民たちは、ここからどんな風景を見ていたのだろう。
「サリサ」という鳥の一種くらいしか乗り物がなかった、と思われるこのサバラバでは、当然自動車など行き来しているはずもなく、故にここは、非常に安全で、かつ大いににぎわっていた広場だったのではないだろうか。目を閉じると、風の音に混じって、ふと往年の街のざわめきが聞こえてくるような気さえしてくる。

感傷に浸りつつ、私は大通りの一本を選んで、再び足を進める。

南東の道を歩くと、大きな建物が横倒しになって、そのまま朽ち果てたような跡に出会う。
当時、その建物は通りに面していたのであろうが、現在は横倒しになったせいで、その通りを完全に塞いでいた。ただ、今は建物自体がぼろぼろに壊れているため、そこを通過して道の続きに抜けるのも、さほど困難ではない。

私は建物の内壁だった部分を歩いて、向こう側に出ようとした。そこでふと、足元の瓦礫の中に何かあるのに気づいた。それは、かつてここにいた者が、石壁に刻んだ落書きのようだった。私は屈み込んで埃を丁寧に払い、その内容を検めた。

手のひらほどの大きさの落書きであったが、それは大変重要な発見だった。そして大変驚くべき発見だった。

落書きは私たちの母国語で書かれていて、「王国」という文字に、大きく×印が付けられているものだった。

これはもしかしたら、前任者の本を記した人物が残したものではないだろうか。
彼はかつて、当初この都市が王国であると信じ、後にここが王国ではないという事実を知らされ、相当なショックを受けたという。
いや、ポトロとなった者は他にも大勢いたようでもあるし、同じような勘違いをした人物が他にいた可能性もあるので、本を記した人物と、落書きを記した人物が、同一人物であったかどうかまでは断定できない。
だが、この落書きを記した人物がポトロであったことは間違いないだろう。なぜなら、この場所で我々の母国語を操れる人物は、ポトロだけだからだ。

この発見は大きな前進となるのかもしれない。というのも、これはポトロが実在した証拠の発見であり、さらには、前任者の本に書かれていたことが事実であることを裏付ける、証拠にもなりうるからだ。

私は、これまで挫折ばかりの旅を続けてきた。が、今日初めて収穫らしきものを得られた。大変喜ばしいことだ。この街には、まだ何か収穫すべき情報が残されているかもしれない。もう少し探索を続けてみようと思う。

【記録終了】

「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)