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山ちゃんと健康

大学のひとつ下の後輩に山ちゃんという男がいる。
四国のど田舎から上京してきた、背が高くて、人懐っこくて、憎めない感じの良く笑う後輩だ。

大学生当時、就職活動の時期になった彼が、就職先を探す上で、たった一つだけ譲れない条件があった。

「なるべく楽をして生きていきたい」

汗水たらして必死に働いて大金を稼ぐつもりもないし、立身出世する気なんてさらさらない。
なるべく大きくて潰れる心配がない会社で、なるべく暇なポジションについて、なるべく良いお給料をもらって、残業とかノルマとかが無いのんびりした生活を送りたい!
と本気で考えていたのだ。

かといって公務員はいやだそうだ。
他人の納めた税金で生きているなんて言われるのが絶対に我慢できないらしい。

そんな上手い就職先なんてあるかいなと思いながらも、彼の就職活動の結果を見守っていたところ、

「求めよ、さらば与えられん」
(新約聖書マタイ伝より イエスキリストの言葉)

彼は見事に「某大手通信会社の孫会社」に入社した。
絶対に潰れなくて、仕事は親会社や関連会社から回ってきて、ノルマも無く、繁忙期も無く、給料も悪くない。
彼の理想に限りなく近い絶妙に理想的な会社であった。

人の欲望は本当に際限がない。
無事に理想的な会社に潜り込んだ彼は、そのホワイト企業でできるだけ仕事をサボろうという努力をしていくのである。
仕事は一応真面目にするが、必要以上にバリバリこなして仕事をもっと引き受けるようなことは絶対にしない。
少しでも体調崩したらすぐに病院に行って診察を受け、その日は仕事を休む。・・・などなど。

入社3年目のそんなある日、山ちゃんは
(いい天気だなあ。こんな日は会社サボりたいなあ。)
と思いながらてくてくと駅に向かっていると、ちょっとだけ頭痛がしてきた。
ちょうど目の前に大きな病院があったので、これ幸いと会社に電話して病院に立ち寄ると伝え、意気揚々と入っていった。

「今朝からちょっと頭痛がするので、念のため診て欲しい」と伝えると、レントゲンやらCTスキャンやらいろいろ丁寧に検査してくれたらしい。
(まあそこまでやってもらう必要なんてないだろうけれど、頭痛薬でも出してもらって午後から出社しようかな・・・)と考えていた山ちゃん。

検査結果を診た医師の顔がみるみる緊張していく。
「脳内出血しています。今から緊急手術します。術後はしばらく入院になります」

この時点でもまだ重大さが飲み込めてない山ちゃん。
「ここからウチ近いのでパジャマとか取りに帰っていいですか?」
なんて馬鹿な事を言う。

「絶対ダメです。いまこうして意識があるのが不思議な状況です。
あと10分遅れていたら意識不明になり死んでます。すぐに手術します。」

となりあれよあれよと手術同意書にサインして服脱がされて麻酔かけられて髪を剃られて頭パッカーンの開頭手術を受けて入院する事となった。

山ちゃんがごく一般的な会社員であったら、頭痛くらい我慢して通勤電車にぎゅう詰めになり、その途中で意識不明で死んでいただろうという事だ。

幸い発見が奇跡的に早かったのと、先生の腕も良かったのか、手術は成功し、何の後遺症もなくすっかり元気になった山ちゃん。
入院中にお世話してくれた担当ナースさんとちゃっかり仲良くなり、ほどなくして結婚した。

いまは40代の立派なおじさんになった山ちゃん。
たまに大学の同窓会で会うと相変わらずの人懐っこくて憎めない笑顔を見せてくれる。

奥さんの影響もあり、健康にはとても気をつけているとのこと。
きっと山ちゃんは、これからもずっと仕事なんて二の次で、
自分の健康、体調を最優先で生きていくのだろうと思う。

仕事はあい変わらずほどほどにやっているそうだ。
仕事なんてそんな程度で本当に良いんだと思う。

良く晴れた風の気持ちいい日など、過労死と最も遠いところにいる彼の笑顔を思い出す。
今日もどこかで元気にサボっているんだろうなと。


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