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猫だって翼があれば飛べる

ジャングルジムのような家で育った
よく考えればあれはごみ捨て場だった

俺が兄弟と思っていたものは孤児たちで
親と思っていたものは
孤児を売買する仲買人だった

ゴミ捨て場のマガジンが世界の全てで
ある日拾ったマガジンの
ポーンスターのピンナップが
俺の神になった

仲買人はヤクを決めると
俺たちを集めて
終末の悪魔がもたらす厄災の話で
俺たちをビビらせた

しかし仲買人はとうとう
神様自身の話をしなかったので
俺達はめいめいが
自分の神様を作って
毎日の礼拝を捧げていた

兄弟たちは
ホモセクシャルに走る奴もいたが
そいつらは大抵
変な病気になったので
俺はセックスは悪いことだと
考えるようになった

俺のピンナップの神様は
俺達とは全く違う造形で
美しかった
何より凄く太っていて
俺達みたいに痩せてない
分厚い真っ赤な唇
真っ青な瞼
すべてがセクシーだった

兄弟たちは買われたり
消えたり
増えたりして
いつの間にか一番大きくなった俺は
仲買人に連れられて
ヤツの手伝いをするようになった

俺はでくのぼうで
セックスの相手もしないから
すぐに殴られたり蹴られたりする
それは痛いことだが
それが俺の役目なのだと思っていた

ある時知らない男がやってきて
俺と仲買人の目の前に置いた紙袋は
ズシリと重たくて
俺は一目でその質量の虜になった

中にはリボルバーが入っていて
目の前の男は
仲買人を撃ってみろと冗談を言って笑った

仲買人も笑っていた

ので
撃ってやった
ので
仲買人は笑ったまま死んだ

目の前の男は
手を叩いて笑った

その男は写真を一枚取り出して
コイツを殺すのにいくら欲しいと聞いた
俺は金の使い方なんて知らないから
いくら欲しいのかも分からない

男は手を叩いて笑って
笑った後に
俺を車に乗せて
豪邸の前に降ろした
豪邸の窓から
写真の男が見えた

小さな子どもを肩に乗せて笑っていた
その隣に女がいる
女は俺達みたいに痩せて貧相で
ちっとも美しくない

銃爪を弾けよ
と男は言った
ので
俺は弾いた
笑ったまま写真の男は死んだ
そして車に乗って
俺は初めて金を手に入れた

男は俺に飯を食わせたが
俺はそれを食べてゲーゲー吐いた
男は俺に酒を飲ませたが
俺はやはりゲーゲー吐いた

男は俺にキャンディを食べさせた
俺がその日食べれたものはそれだけだった

だから男は俺をキャンディと呼んで
それが俺の名前になった

それから俺は男に連れられて
何度か銃爪を弾いた
それは至極簡単で
その度に俺はキャンディを貰った

その男はモグラに似ていて
俺はそいつをモグラと呼んだ

俺は金の価値が分かるようになってきたが
銃爪を弾く仕事に
高い金は要求しなかった
俺みたいな奴に
あいつらが
二束三文で
殺されていくのを見るのが
気分良かった

俺は毎回仕事をした後に
神様のピンナップにキスをする
ある日それを見ていたモグラは
ゲラゲラ笑った
次の日の夜に俺が床で寝ていると
俺の部屋に
女が一人放り込まれたが
それはまさしく
俺のピンナップの神様だった

神様はヤクが決まっていて
訳の分からないことを散々喚いたが
俺は神様が少しでも喜んでくれるように
布団を揉んで柔らかくしたり
二枚重ねたりしたり
俺のご飯を分けたりした

毎日神様は
訳の分からないことを喚いて暴れたが
俺にとっては幸せの絶頂で
神様は俺にとって
神であり母であった

銃爪を弾く仕事は簡単すぎた
簡単に弾は命中して
人間は死ぬ
俺は退屈していたし
もっと難しい仕事がしたかった
それで俺は殺すタイミングに
工夫を凝らすようになった
男たちを尾行して
最高のタイミングを狙った

傑作だったのは
女の子の猫が
高い木に登って降りれなくなって
女の子が樹の下で泣いていた
ターゲットの男は
太った体を揺らして
木に登り猫を助けて
女の子に手渡した
女の子は満面の笑みでお礼を伝え
男は満面の笑みでそれに答えた
瞬間に俺は銃爪を弾いた
満面の笑みで死んだ男と
満面の笑みを表情に張り付けて
固まった少女と
モノクロームの映画のように
完璧だった

俺は帰って神様に報告したが
最近の神様はポンコツで
まともな返事も返らない

モグラが寄越した今度の仕事も簡単で
相手はただのアル中だった
俺はそいつを尾行して
銃爪を弾くのに最高の
タイミングを狙ったが
冴えないそいつに訪れる
最高のタイミングなど
一瞬たりともありはしない

そこで
俺は作戦を変えて
路上で酒を飲むそいつの前に現れた

そいつはしみったれていて
管を巻いて
泣き上戸だった
泣きながら別れた家族の話をして
俺にまで酒を勧める

俺は笑顔が好きなんだ

結局そいつが笑うまで
俺は付き合うことにした
だけどいつまでたっても
そいつは笑わない
本当に白けた奴だ

とうとう俺は痺れを切らして
俺はお前を殺すんだと
リボルバーの撃鉄を引いた

殺される恐怖を顔に浮かべて
死ねば良いと思ったが
そいつはしけているから
泣きも笑いもしなかった

俺も白けて
一緒に飯を食って寝た

男は空を指差して
アルデバランと名前を呼んだ
俺は星に名前があることを
初めて知った

男はオリオン座の物語をした
蠍座や
おうし座の物語を聞かせてくれて
俺はいつの間にか寝ていて
オリオンや牡牛の
夢を見た

ある日にそいつは海に行った
そいつは砂にぐるぐる輪を描いて遊んでいた
そして大笑いした
何が面白いのか分からない俺は
そいつの真似をして輪を描いて
面白くなって俺も笑った

蟹を捕まえて
俺も捕まえて

波に入って
俺も入った

波の中で
一緒に体を沈めあって
一緒に大笑いしたが
そいつの笑顔は一瞬で
強張った
モグラが銃爪を弾いたからだ

モグラは俺が逃げたのだと思って
憤っていた

倒れたあの男の胸元から
一枚の写真が落ちた
そこに写っていたのは
若かったその男と
知らない女と
小さい頃の俺だった

俺はモグラに連れ戻されて
しばらく殴られたり蹴られたりしていたが
ちっとも痛くない
俺は写真のことばかり考えていて
何にも感じなくなっていた

モグラがいなくなって
ボロボロになった俺を
神様が抱き締めてくれた
時に神様は本当に神様みたいになりやがる

俺はたまらず神様を抱き締めて
この部屋から逃げるんだ
神様を連れて
そう決めた

俺がモグラに殴られてるうちに
夜が明けていた
ドアを開ける
外に出る
俺達は始発の駅に向かって
誰もいない街を歩く
二人きりになった俺達は
世間知らずで
場違いに薄着で
こんなにも心細い

不器用だけど
ちゃんとした仕事をして
金を稼いで
二人で一緒に暮らすから

平和な暮らしを
平和な

俺や神様にはちゃんとした名前があって
家があって
金があって
生活があって
猫がいて
猫にやるミルクがあって
俺達が飲むコーヒーがあって
コーヒーを飲みながらくるまる毛布があって

朝起きて笑い
昼飯を食べて笑い
夜寝る前に笑い

抱き合って夜は寝て
平和な暮らしを
夢見て
俺は神様に
そんな話を
して
神様は少し笑って
俺も少し笑って

手を繋いで
薬指を絡めて

その時銃爪が弾かれた

俺の笑顔は萎びて絶えた
神様の顔が赤く染まる
唇はかつてのように真っ赤になった

そして
暗転

猫だって翼があれば飛べるのに