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【連載詩集】No.4 月の雨、赤い塔

Repeat open.

*⇄おわりのはじまり⇄*


 ——月に雨が降っている。


 片足のない少女は真っ白な砂の上に座って、

 雨の降る丸い月を眺めている。

 まん丸な月には水色の雨が溜まって、

 太陽の光を幾十にも浴び、

 碧い光を反射させている。

 水でできた万華鏡のように綺麗だ。

 少女は過去に存在していた足を静かになぞるように、

 白い砂に指を這わせた。


 痛み。

                   (いたみ)

 ——彼女は片足を失った時のことをふと思い出す。

 未だにその痛みは消えない。

 傷口は塞がっても、

 魂からはずっと赤い血が流れ続けていることを、

 少女は自身の心と身体で感じ取っていた。


 少女のそばには、

 枯れた太い樹が一本、

 静かに根を下ろしている。


 死んだような佇まいの樹は、

 命の終わりを象徴するオブジェのように、

 象徴的に夜空に向かって枝を伸ばしている。


 毛細血管のように、

 張り巡らされた樹の枝には、

 白い梟が一羽、

 羽を休めていた。

 梟は、

 遠い水平線から、

 何かがやってくるのを待ち受けているかのように、

 黒くて丸い目を見開いている。

 時折、ぼうぼうと不思議な声で鳴く。


            ぼうぼう

                    ぼうぼう

       ぼろすけ

              ぼうぼう


 少女の黒い髪が夜風に揺れている。

 彼女は太い樹の幹に細い身体を預けながら、

 月を眺め続けている。

 彼女の着る白いワンピースも、

 今は月の碧い光を受けて真っ青に見える。


 手元には七色の絵の具があり、

 白いキャンパスが月の光を反射させていた。

 少女は静かに呼吸を整えてから、絵筆をとり始める。


 少女の目は碧く輝いている。

 そして彼女は、

 誰も見たことのない、

 水色の月の、

 月面の景色を、

 白いキャンパスに丁寧に再現していく。

 絵筆が踊るように動き、

 キャンパスを自由に行き来する。

 やがて、

 七色の絵の具は、

 キャンパスのうえで混ざり合い、

 千の彩りを放ち始める。


 水色の月の、

 月面の景色を、

 絵筆で切り取る彼女の背中に、

 月の雨がひと雫、

 静かに落ちる。


         ぽつつちやん

  *

    ぽつつ

         *   ちや


           *        ん

            *

             *

*塔*


 片足のない少女がいるのは「赤い塔」の屋上にある空中庭園だ。

 血のように真っ赤に染まった赤煉瓦で出来た塔は、

 水色の雨を蓄えた月が輝くこの世界の中央にそびえ立っている。


 雲にも届きそうに高い塔だから、

 赤い塔の庭からだと、月に手を伸ばせば届くくらい近くに見える。


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塔には入り口はあるが出口はない。

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 一度足を踏み入れたら、この塔から外に出ることはできない。

 少女がこの赤い塔に足を踏み入れたのはずいぶん昔のことだった。

 どれくらい昔のことなのか、それを正確に把握している者は誰もいない。


 この世界では、

 何かを計り、

 記憶しておくような機能はとっくに失われていた。

 その事実は、

 赤い塔の頂上に備え付けられている大時計の針が、

 チーズのように溶けていることからも明白だった。


 時       間

    記                  憶

空                   間

           計             算

    宇            宙

世             界


*血*


                   ——激しい痛みで、

          少女は目を醒ます。——


 湿った土の臭い。

 横たえた身体に染みる、

 冷たい地面の感触。


 彼女の美しい黒髪は、冷や汗でべっとりと頬に張り付いている。薄く目を開く。朦朧とする意識の中で、身体に力を入れようとする。起き上がろうとするが、思うように身体が動かない。

 そして、自分の身体のどこかの部位が、致命的に傷つけられていることが本能的にわかる。自由のきかない身体の中で唯一動く右腕を、自分の身体の肌に這わせる。

 冷や汗で濡れた首筋から、土に汚れた胸、痛みに震える腰、そして足。ぬるりと、血に濡れた温かい生肉に触れるような感触を細い指先に感じる。次の瞬間、電流が流れるような鮮烈な痛みが全身に走って、彼女は再び気を失った。

 赤い塔の入り口に、少女は倒れている。

 彼女の足は、太ももの根元から無残に食いちぎられたように消えていた。傷口はズタズタに裂け、とくとくと千切れた動脈が脈打って、肉の間から顔を覗かせている。みるみるうちに血だまりが広がる。


血  血  血  血  血  血  血  血  血  血


 少女は、なぜ、片足を失うようなことになってしまったのか。


 ひとつだけ言えることは、

 彼女は何者かの悪意と暴力によって、

 残酷に傷つけられたのだ。


(それはおまえのせいかもしれない)


 彼女は死にかけていた。

 静かに土に顔を押し付けて、死んでいこうとしていた。


 その時、赤い塔に異変が起こった。

 赤煉瓦の壁がぐにゃりと歪み、

 入り口の扉が浮かび上がるようにして現れたのだ。


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 塔の扉は音もなく開き、ひとつの人影が現れた。

 人影が塔の内側から外の世界へ歩みを踏み出すと、

 扉はひとりでに閉まった。

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 真っ黒な人影は、

 ゆらゆらと、

 倒れている少女のそばに歩み寄り、

 彼女の酷い傷を診る。

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 裂けた傷口に白い布をかぶせ、

 溢れ出る血を止め、

 彼女を負ぶって、

 再び赤い塔の入り口へと近づく。

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……

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……

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 次の瞬間、

 赤い塔はまるで意志を持っているかのように、

 入り口の扉を開き、

 彼女と人影を受け入れた。


 少女と人影は赤い塔の中へと入り込んでいく。

 やがて静かに赤い塔の入り口の扉は閉まり、

 赤煉瓦の壁に溶けるようにして消えてしまった。


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 少女は生き延びることができた。

 しかし彼女は、赤い塔が持つルールを知らなかった。

 片足のない少女が、

 この赤い塔から二度と出られないことを知ったのは、

 それからずいぶん後のことだった。


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サポートいただけたら、小躍りして喜びます。元気に頑張って書いていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。いつでも待っています。