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安全な妊娠と出産を目指すための健康ガイド〜すべての妊婦が知っておくべき疾患や生活習慣について〜

心疾患を持つ妊婦の妊娠・出産ガイド

妊娠・出産は、すべての女性にとって生涯に一度の体験です。しかし、心疾患を抱えている女性にとっては、特別なケアが必要となります。
また、様々な薬剤や疾患、放射線が妊婦と胎児にどのような影響を与えるかについても大事になってきます。
今回は、上記の内容に詳細に記載されている、日本循環器学会と日本産科婦人科学会合同ガイドラインである、「心疾患患者の妊娠・出産の適応, 管理に関するガイドライン(2018年改訂版)」に基づいて、心疾患と妊娠・出産に関する知識を共有します。

心疾患と妊娠

心疾患を持つ女性が妊娠すると、体への負担が増加します。妊娠中には血液量が増加し、心臓がさらなる負荷を受けることになります。そのため、心疾患を持つ女性が妊娠する際には、医療専門家との綿密なコミュニケーションが必要となります。

先天性心疾患の外的要因

先天性心疾患は、出生前の心臓の発達の際に起こる心臓の構造上の問題です。これらは、多因子遺伝であり、生涯にわたって影響を及ぼす可能性があります。

先天性心疾患の催奇形因子と環境因子は以下の通りです:

催奇形因子/先天性心疾患の発生率(%)/主な病型 

アルコール/40 /VSD、PDA、ASD
喫煙 / /VSD、Fallot四徴症、ASD、TGA
アンフェタミン/10/VSD、PDA、ASD、完全大血管転位
ヒダントイン/2~5/肺動脈狭窄、大動脈狭窄、大動脈縮窄
トリメタジオン/15~30/完全大血管転位、Fallot 四徵症、左心低形成症
リチウム/5/Ebstein 病、三尖弁閉鎖、ASD
レチノイン酸/15~20/VSD、ASD、PDA
性ホルモン/2~4/VSD、完全大血管転位、Fallot 四徵症
サリドマイド/5 ~ 10/Fallot 四徵症、VSD、ASD
風疹/35/末梢性肺動脈狭窄、PDA、VSD、ASD
糖尿病/3~5 (30~50)/円錐動脈管幹異常、VSD、心肥大
ループス/40/房室ブロック
フェニルケトン尿症/25~100/Fallot 四徴症、VSD、ASD
シェーグレン症候群/ /高度AVB

※ VSD:心室中隔欠損、ASD:心房中隔欠損、PDA:動脈管開存、TGA:完全大血管転位、AVSD:房室中隔欠損、PS:肺動脈狭窄


放射線の影響とそのリスク

妊娠中の医療診断や治療で使用する放射線は、胎児に影響を及ぼす可能性があります。放射線の影響は、被ばく時期や被ばく線量により異なります。

妊娠初期の受精卵期や胚性期(妊娠2週~8週)に被ばくすると、放射線感受性が高くなります。この期間に高線量(100mGy以上)を被ばくすると、流産や先天異常のリスクが増加します。

また、妊娠中期以降の胎児期に放射線を被ばくすると、小頭症や精神遅滞のリスクが増加します。特に、妊娠8週~15週は脳の発生が活発であるため、放射線感受性が高くなります。この期間に高線量(100mGy以上)を被ばくすると、精神遅滞のリスクが上昇します。

確定的影響
細胞死 → 先天奇形,精神発達遅延
線量閾値あり
胎児被爆量<50~100 mGy:影響なし

確率的影響
DNA異常 →がん,遺伝的障害
高線量ほど危険が高まる
小児がん 自然発生率:0.3%,10 mGy:0.4%,50 mGy: 0.5%

以下に、診断手法から受けるおおよその胎児線量を示します。


診断手法/胎児被ばく量(mGy)


胸部レントゲン(2方向)/0.0005 ~ 0.01
胸部 CT/肺血管造影CT/0.01 ~0.66
冠動脈造影/1.5
動脈インターベンション/3
アブレーション/1.3~35
腹部CT/10~50
骨盤内CT/10~50

* 造影回数や撮像枚数に影響され、母体被ばく量のおおよそ5分の1

※造影剤について
・ヨード
児の甲状腺機能低下の理論的危険性→生下時に甲状腺機能検査
・ガドリニウム
データに乏しく、妊娠初期の影響が大きい?→ガイドライン的には避けることを推奨


これらのリスクを踏まえ、放射線を使用する診断や治療は、必要性とリスクを慎重に比較検討した上で行われるべきです。医療専門家との十分なコミュニケーションを通じて、最適な診療計画を立てることが重要です。

心疾患妊婦の妊娠・分娩のリスク分類

妊娠中の心疾患妊婦のリスクは、Modified WHO分類に基づいて評価されます。これは心疾患の種類と重症度に基づいて、妊娠中の母体と胎児のリスクを4つのクラスに分類します。

  1. Modified WHO クラスI:母体死亡リスクの増加なし。母体病リスクなし、あるいは軽度増加。例としては、単純型の軽症肺動脈狭窄、PDA、僧帽弁逸脱、単発性の心房あるいは心室期外収縮など。

  2. Modified WHO クラスII:母体死亡リスクの軽度増加。母体病リスクの中等度増加。例としては、未修復のASD、VSD、Fallot 四徵症心内修復術後、ほとんどすべての不整脈など。

  3. Modified WHO クラスIII:母体死亡リスクの中等度増加。母体病リスクの中等度増加。例としては、軽度の左心室機能低下、HCM、自己弁あるいは生体弁の弁蒂症でWHO 分類IかII以外など。

  4. Modified WHO クラスIV:きわめて高い母体死亡リスク。きわめて高い母体の重症病リスク。例としては、肺動脈性肺高血圧(いかなる原因でも)、高度な体心室機能低下(LVEF < 30%.NYHA 心機能分類III~IV度)など。

また、以下の心疾患は妊娠時に厳重な注意が必要であり、または妊娠を避けることが強く望まれます。

  • 肺高血圧症(Eisenmenger 症候群)

  • 流出路狭窄(大動脈弁高度狭窄平均圧>40~50mmHg)

  • 心不全(NYHA 心機能分類II~IV度,LVEF < 35~40%)

  • Marfan 症候群(上行大動脈拡張期径>40 mm)

  • 機械弁

  • チアノーゼ性心疾患(SpO2 < 85%)

これらの状態にある妊婦は、妊娠・出産に関するリスクが高まります。これらの状況下では、医療専門家との綿密なコンサルテーションが必要となります。

薬剤による妊婦・産褥婦・胎児への影響

妊娠中や授乳中の女性は、薬剤による影響を十分に理解する必要があります。特に心疾患を持つ妊婦では、心疾患治療薬の服用が必要となることが多く、その薬剤が胎児に与える影響を理解することが重要です。

以下に、主な心疾患治療薬とその妊娠中の使用に関する注意点を示します。

薬剤 / 胎児への影響 / 妊娠中の使用方法

ACE阻害薬,ARB / 腎機能不全、奇形、新生児死亡 / 避ける
βブロッカー / 低体重児、新生児一時的な徐脈・低血糖 / プロプラノロール、ラベタロールを使用
Ca拮抗薬 / 不明 / ニフェジピンを使用
ジギタリス / 胎児中毒のリスク(徐脈) / 必要に応じて使用
アミオダロン / 胎児甲状腺機能低下のリスク / 使用しない。キニジン、リドカインは使用可能
ワーファリン / 中枢神経系の奇形・出血リスク / 第1~3三半期に避ける
未分画ヘパリン,低分子ヘパリン / 胎児出血のリスク / 使用可能
アスピリン(低容量) / 胎児出血のリスク/ 使用可能
ニトログリセリン / 不明 / 必要に応じて使用
フロセミド / 循環血流減少 / 使用可能
PDE3-I, カテコラミン / 不明 / 必要に応じて使用
アミノグリコシド系抗菌薬 / 聴覚神経に影響 / 妊娠中・後期で避ける
ペニシリン系・セフェム系・VCM / 不明 / 使用可能

※DOACとそのほかの抗血小板薬はデータが限られており、臨床的有用性に応じて使用。

まとめ

心疾患を持つ妊婦は、妊娠・出産にあたって特別なケアが必要となります。医療専門家との綿密なコミュニケーションを通じて、個々のリスクを理解し、適切なケアを受けることが重要です。この記事が、心疾患を持つ妊婦とそのケアに携わる医療専門家の一助となれば幸いです。


参考資料:

  1. "心疾患患者の妊娠・出産の適応, 管理に関するガイドライン(2018年改訂版)".日本循環器学会 日本産科婦人科学会, 2018.

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