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【短編小説】涙はアルカリ

桃花はほんとによく泣く女だった。    
二人で映画を見ると隣で泣くので
どうしていいか分からずに困った。

「涙はアルカリなのよ」と桃花が言った。
「ほんとかよ」と俺は返した。
「涙もろい私はアルカリかも」と笑う。
「それは言えてるかもな」

桃花と俺は似た者どうしなのかもしれない。
つきあっているけど二人とも好きなのを
ストレートに言葉にするのが苦手なのだ。

「健太は私のどこが好きなの」と桃花が聞いた。
「顔がタイプ」と俺は即答した。
「顔のほかにはないの」とさらに聞いたが
「桃花は俺のどこがいいの」と質問で返した。
「酸性みたいところかな」桃花は笑いながら言う。
「はー、意味わかんねー」
「私はアルカリだから、健太といると
 なんか中和されていい感じになるんだ」
「どんな、たとえだよ、化学反応なのか」

大学生の二人はつき合ってしばらくすると
一緒に暮らすようになった。

桃花は週末になるたびに泣いていた。
桃花には「涙タイム」というのがあって
泣くための音楽、アニメ、映画があるようだった。
週末になると泣ける作品を見て思い切り泣くのである。

隣にいて桃花が同じ作品を見て何度も泣くので
これって泣くために見てるのと聞いたことがある。
桃花は男の人は何も分かってないと不満そうにした。

「泣くと気持ちいいの、スッキリするんだよ。
 失恋ソングや悲しい物語が流行るのはそのせい」
「まじかよ、俺なんか、いつ泣いたか思い出せねーな」
「男の人は泣かないよね。一人で泣いたこともないの」
「うーん、泣くほど悲しいことってねーな」

冬の寒い夜、バイトから戻ると、桃花が部屋で泣いていた。
両手で目を押さえて肩を震わせていた。
涙があふれて止まらないようだった。

「どうしたんだよ」と俺は聞いた。
「……」何も答えない。
「なにかあったの」
「……」

泣き止むだろうと思いながら、俺は桃花のそばにいた。
けれど、桃花はいつまでたっても、泣き止まなかった。
俺は桃花をベットに連れていき、そのまま寝かせつけた。
寝ているの桃花の手を握り、涙に濡れた寝顔を見つめていた。

翌朝、目を覚ました桃花は俺に向かって
「昨日はありがとうね」と言った。
「何もしてないよ」と俺が言うと
「ずっと手を握っていたでしょ」
「ああ、気づいていたの」
「あれで気持ちが落ち着いた」

そのあと、いつも通り、二人で朝食を取った。
トーストと目玉焼きとコーヒーの軽食。
コーヒーをゆっくり飲みながら
「昨日は驚いた」と桃花が言った。
「ああ、あんな桃花は初めてだから」と俺は言う。
「違うの、驚いたのは私」
「どういうことだよ」
「健太が泣いてるのを初めて見たから」と笑った。

(おわり)

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