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【百物語】駅のホーム

 ええ。そうですね、本来見えないものが見えたりします。昔からなんで、今ではよっぽどの事がない限りは驚く事も少なくなりました。
 え? はい、どこででも。至る所。大体ああいうのは、どこにでもいるんです。例えば、街を歩いていても出会いますよ。歩道をすれ違いさまに「あれ、あれって?」ってカンジだったり。学校も多いです。あと、デパートとかも……

 最近では、こんな事がありました。
 私は JR で学校に通っているんですが、I 駅のホームの一番端には行かないようにしているんです。
 あれって、いつだったかしら。……最近この辺りで人身事故があった、なんてお友達が言っていたんだから、一ヶ月くらい前の事なんですが、ある日何気なく見ていたら I 駅のホームの一番端に、女の人が立っているんです。
 白いワンピースを着て、髪の短い女の人です。
 あれ、あの人って……
 私、一目見てすぐに分かりました。なんと言うか、影が薄いっていうのか、いかにもいつも見なれた“あっちの”世界の人だなぁ……って、そんな雰囲気だったんです。
 現に、一緒にいたお友達にそれとなく聞いてみると、「えーっ、そんな人いないよぉ」という返事。それ以上はお友達に詮索されるのもうるさいので、適当にごまかして話をそらしたんですけど、さすがに気味が悪いので、そちらへはなるべく近寄らない事にしたんです。
 だって、その人、どうも印象がよくないんですよ。I 駅の下り方面の端って、屋根も途切れて何もないんですけど、女の人はその何にもないホームの細くなった端にじっと立って、あれって何でしょう、自分の足下を見つめているだけなんですね。しかもその表情がとっても暗くて、見るからに嫌~なカンジで、絶対に近付いちゃいけないって感じたんです。
 それ以来、何日もその女の人を同じホームで見かけました。いつも同じ場所にいるんです。「あ、またいるわ」って、見かけると嫌な気分になってくるので私はすぐに目をそらして距離を取るんですが……いえ、私はそんなにじろじろ見たりしませんでした。だって見ている事に気付かれたりしたら、やっかいな事になるのは分かっていますから。
 そして、何日か経ったある日、あれが起こったんです。
 ある日、いつものように学校帰りにホームに出ると、またしてもあの女の人の方に目を向けてしまいました。嫌だと思っていても、ついそこにいる事を確認してしまうんですね。習慣と言うんでしょうか、不思議なものです。
 で、ちょうどタイミングよくその人に目を向けた時なんですけど、ふと見ると、一人の男の人がホームの端に歩いて行くのが見えたんです。
「あ……」
 その男の人は、別に他意はなかったんだと思います。ただ偶然このホームの端に立って、電車が来るのを待つつもりだったんでしょう。30 歳代のスーツを着たサラリーマンです。手に重そうな鞄を持っていて、歩き方は随分しっかりしています。見るからに元気そうな、体つきの大きな男の人でした。
 すると、あの女の人が、動いたんです。
 真直ぐに男の人に近付いて、その背中に抱きつくようにしてもたれかかったように見えました。
 男の人はその事にちっとも気付いていないんです。何ごともないように足を止めて電車が来るのを待っているんですけど、私の目には男の人の背中にあの女の人がばっちりとしがみついてしまっているのが見えるんです。
 ……ああ、あれってマズいじゃん。
 そう思っているうちに、気付かなかったんですがいつの間にか電車がホームに入って来てて。
「あっ!」と思った時にはその男の人、ふらっと前に数歩行ったかと思うと、ホームに入ってくる電車目指して--ぱっとホームから飛び下りちゃったんです。
 本当に「あっ」という間の出来事でした。その後はもう大変な騒ぎ。電車は止まっちゃうし、駅員がたくさん右に左に走り回っているし、一緒にいたお友達は興奮しちゃうし……もちろん次の日も、その次の日も、お友達はああいうのを目の当たりにするのが初めてだったので無理もないんですけど、しばらくは学校でも大変な騒ぎだったんです。
 そして私は、--違う意味でうんざりしてしまっていました。
 だって。
 男の人が電車に飛び込んだあの瞬間、背中にしがみついていた女の人が、ふいにこっちを見たのが分かったんです。
 いえ、特に私を見た訳ではなかったのかもしれません。たまたまこっちの方に顔を向けただけなのかもしれないんですけど、だけど、その女の人の顔が、やけに脳裏に焼き付いてしまって離れないんです。
 勝ち誇ったような、嬉しそうな、それまでの暗い表情とは全く違った顔をしていました、あの人。
 きっと、一緒に連れて行く誰かをあそこでずっと待っていたんでしょうね。
 可哀想にあの男の人はたまたま波長が合ったのか、あの人に連れていかれてしまったんですよ、きっと。

 ええ。そうです。それからも I 駅のホームの端には行かないようにしています。
 ……え? どうしてかって?
 もしよければ、一度ご自分で行ってみたらいいと思います。S 線の I 駅です。あなたに少しでも“霊感”があれば、見えるんじゃないでしょうか。
 ええ、女の人は、あれっきりいなくなりました。でも……、そう、そうなんです。
 今はですね。
 あの時の男の人が、あそこに立っているんですよ。
 多分、あそこで待ってるんでしょうねぇ。誰かが来るのを、ずーっと、じーっと。
 ……そんなところになんか、とてもじゃないですけど、足なんか向けられません。命がいくらあっても足りないじゃないですか。いくら見慣れているとはいえ、私なんてそれだけなんですから。
 本来見えない物が見えると煩わしい事が多いんです。
 ええ。いい事なんてそうそうあるわけでもないですしね。せいぜいホームの端に行かないようにしようって思うくらいなんですから、……大した事ないですよ。こんなの。



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