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そこらじゅうに溢れる"普通の恋"【花束みたいな恋をした】

きっかけ

ずっと見るのが怖かった。
絶対にこんなの見たら泣いてしまう。過去の自分の記憶と重ねて、きっと後戻りできなくなる。

「花束みたいな恋をした」が公開された2021年。
映画にまつわるもの全てを目にするのが怖かった。
Awesome City Clubの勿忘でさえ、1小節も聴けない。

私は映画が苦手だ。
感受性がまあまあひとより高い自分は、お涙頂戴ものにまんまと感情を持ってかれてしまう。
見た後はぐるぐる考えなくていいことまで、ひとりで考えて暗い気持ちになる。
そんな自分が好きではなくて、そんな自分に少しでもなってしまうのが怖くて、いわゆる"泣ける"と言われてる映画は絶対に見たくないのだ。

ましてや、軽音楽部で育ち、ライブハウスに通う日々を過ごし、サブカルチャーに片足突っ込んだ学生時代を送ってしまった自分は、こんな映画なんて観た日には生きていけるのか?なんて大袈裟なことを考えて、ずっと自分から遠ざけていた。

そうだったはずなのに、なぜか公開して2年もたった今、本当になんとなく見てみようかなと思った。

きっかけは自分の仕事上、2分の長いPR動画を作らなければならなくなり、映画のトレーラーの事例を確認するべく、いろんなものを再生していた。
そのうちのひとつにこの作品があった。

ああ絶対見たくないとずっと思ってたのに、意外と今の自分は観れるのかもしれないなあと、2人が出会って別れる2分の物語を見ているうちに、少し冷静になっている自分がいた。

加入してる映像配信サービス4つのうち、3つで課金なしで見られるし、めっちゃいつもおされてるし、みんな好きって言ってたし、2時間くらいだし、面白くなかったら消せばいいし。

なんとなく言い訳しながら、軽い気持ちでテレビをつけ、U-NEXTを開いた。

泣かなかった

映画を観ていたというよりも、ぼーっとテレビを眺めていたという感覚に近いのかもしれない。

2時間いつの間にか終わって、気づいたらふたりには新しい恋人がいた。
この作品に自分が何を期待していたのか?もう全然わからなかった。

確かに、人とは自分は少し違っているように感じていて、そんな自分の小さな世界を、同じ温度感で語り合える相手に出会う素晴らしさみたいなものは、なんとなく理解してるつもりだ。

もうこんな相手にはずっと出会えないかもしれないし、そんな相手のことを大事に思ってしまう気持ちもわかる。

でも自分の小さな世界を理解してくれた麦くんでいてくれたのは、就職するまでの間だけだし、楽しみにしていたゴールデンカムイや、再演して欲しいとふたりで願った舞台でさえ、彼にとっては煩わしいものに変化してしまってると感じた。

いつまでも大学時代の価値観のまま、好きなものはずっと好きで、嫌なことは絶対にやらない、社会性のない"ように見える"絹ちゃんを、就職してからの麦くんはなんとなくバカにしてるようにも見えてしまった。

この映画は、どうしても惹かれ合う運命であり好き同士のふたりが、なんらかの事情で別れることになってしまう映画だから、万人に受け入れられてるのだと思っていた。

でもこのふたりは別に運命なんかでもないし、自分しか知らないと思っていても、それは好きな人が多いから成り立っているカルチャーでありこのふたりだけのものではないし。

ただ普通に生きていく上での大切にしたい真ん中が違って、別れただけ。
普通のカップルと変わらなかった。

それに拍子抜けをして、私は2時間普通のカップルの出会いから別れまでを見ていただけなのかと思うと、なんの時間だったのか?とよくわからない気持ちになった。

映画ってこんなものなんだっけ?
惹かれあってどうしようもないふたり、一緒にいるべきふたりの大恋愛物語を描いた大作だったのではないのか?
そんなことをずっと考えてるうちに、ふと気づいた。

それは視点の違いだった。

世の中には毎日何組も付き合っているカップルがいて、
そのぶん何組も別れているカップルがいる。

路上でキスをしているふたり。
駅のホームで泣いてるふたり。
周りから見たら痛々しくて見てられないけど、当事者からしたら特別な映画のワンシーン。

恋愛をすると、なぜありふれた周りのカップルと同じだと思えないのだろう?
自分たちだけは特別だと思い込んでしまうんだろう?

麦くんと絹ちゃんもそうだと思う。
終電を逃し、押井守の認知をきっかけに話が弾んで、同じジャックパーセルを履いてることに気づいて、映画の半券をしおりにして、天竺鼠のワンマンにふたりともいけなくて。気づいたら彼の家まで好きなものの話をして歩いて、ガスタンクの映画で寝落ちして。
そんな固有名詞が溢れる世界が、ふたりだけのものだと思わずにいられなかったのだ。

この人こそが運命の人かもと一度は思ってしまった。
奇跡の連続で出会った相手と、方向性の違いで別れてしまうのだ。

そんな他の人から見たら普通のカップルの始まりと終わり。
別れる理由も普通。
でも当事者には特別でたまらない日常を描いた作品だったのかなと解釈した。

ひとりごと

「キノコ帝国が活動休止したこと。粋な夜電波が終わったこと。今村夏子が芥川賞を取ったこと。多摩川の氾濫の時、ニュース見て何を思ったかな。」

「花束みたいな恋をした」から麦くんのセリフ

私がこの映画でいちばんグッときたセリフだ。

同じ小さな世界を愛していた人と別れたとき、もうその話題に対して、彼がどんなことを思い、考えたのか、それを聞けないことが何よりも辛い。

それは彼に連絡するきっかけを探してるとか、ちゃっかり復縁をしたいとか、そんな浅はかな考えではない。
その小さな世界を愛していたふたりのことを、ずっと嫌いになれないだけ。ただそれだけなのだ。

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