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第19話 突破口

「いとそ元気?」

Hから一通のLINEが届く。


正直、悪い気はしなかった。
マッチングアプリを通じ、自身にある程度の市場価値があることを知った僕は
それで揺らぐことはない

…はずだった。



そこから数日後、「友達として」二人でドライブに出掛けることに。
別れを告げた側であり、追われている側であった僕は余裕があったため
会っても揺らがない謎の自信があった。

彼女の住むマンションの前に車を止め待っていると
エントランスの扉が開く。

艶やかな髪に、透明感のある綺麗な顔。
最後にあった時より少し窶れて見えたが、綺麗だ。


「ひさしぶりだね。」



僕が大好きだった声だ。

いや、僕から別れたんだ。ようやく解放されたんだ。

元恋人から連絡が来たこの状況に、酔っているだけだ。

綺麗だ。今なら僕と同じくらい好きになってくれるのかな。

代わりならいくらでもいる。なにもこの子じゃなくたって。






1日のドライブを済ませ、自宅へ送る。
別れ際、僕は彼女を引き留める。

「もう一回、やり直さない?」

連絡をもらった側の僕は、もちろんYESがもらえると思っていた。
だが返ってきた返事は

「自分もそうしたいのかどうか分からない。」

だった。


その理由を尋ねると、遠慮がちに彼女は応える。

「前から思ってたけど、飛行機とか新幹線に乗れなかったり、
行動が制限されている人と付き合っているのが正直辛かった。
もっといろんなところへ行って、いろんなことがしたい。」


僕は何も言えず、その日は別れた。



そこから数日後、彼女の誕生日の夜。
突然電話が来る。

「会いたい。」

会いに行ってしまいそうになったが、かろうじて一部意識が残っていた
冷静な僕が問う。

「僕の気持ちを知ってて言ってるんだよね?それどういうつもりで言ってるの。」

「すごく会いたくなっちゃったから。」


僕は会いに行った。
しかも、ドライブの時に彼女が欲しがっていた
ブランド物のポーチを片手に。


彼女の自宅に着き、気づけば抱き合っていた。

僕の大好きだった香り、体温、鼓動。
やっぱり彼女じゃなきゃ駄目なのかも。


「一つ約束して。病気を絶対治すって。」



そうか。僕が大好きになってもらえなかったのは病気のせいなのか。

病気さえなければ僕はこの子と幸せになれたのか。

発作が起きる恐怖なんかより、この子と一緒にいられない事の方が耐えられない。

けれど、そんなすぐに治す事なんてできるのだろうか。



そうだ、病気が治った事にすればいいんだ。






パニック障害のない人間を演じよう。





復縁をしてから半年間、演じているうちに僕は奇跡的に「普通の人間」の生活を送ることになる。

「この子と別れたくない」という強迫観念的なものが
僕の病魔を追い払ったのだ。


以前まで行けなかった外食に行き、乗れなかった電車にも乗り
ずっと避けていたジェットコースターやロープウェイにも乗った。

予期不安ってなんだっけ。


約7年ぶりに普通の人間に戻った僕は
彼女の「自立した男性が好き」という意見もあり、一人暮らしを始める。

なんとも不純かつ浅はかな考えから始めたことだが
意外と自分に生活力があることを知り、自信がつく。


彼女に喜んでもらうため、全く手を付けてこなかった料理も始め
家に招いては、それを振る舞う。

努力の甲斐もあり、彼女の口から僕の聞きたかった言葉が再び聞けるようになる。
それも以前より頻度を増して。

「大好きだよ。」

病魔は消え去り、彼女との生活のみならず
全てが上手くいった。
友人との行動範囲も広がり、家族からの評価も
実家にいる時より上がった。

ミスの多さから、あまり味方のいない職場だったが
「帰る場所」があるだけで僕は頑張れた。


負け組人生を歩んできた僕の人生に、ようやく突破口が見えた。

これだ。僕が思い描いていた「完璧な人生」。

あの日、人生を諦めなくてよかった。

生きてきてよかった。









ただ、「完璧な人生」はそう長くは続かない。


そしてこの「完璧な人生」を前借りしたツケは相当重たいものになる。




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