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創作#20 月がいなくなった夜の理由

1冊のその本からその人が見ている世界が垣間見れる。

読書会に参加していて面白いなと感じるところがそこです。
同じ本を読んでいるのに、全然違う意見が出てくる。そこが面白い。

その意見そのものよりも、なぜこの本からその意見が出てきたのか?
その人が見ている世界が垣間見れるところが特に面白いです。

今回はその読書会をモチーフにした創作です。
それでは、どうぞ。


小説「月がいなくなった夜の理由」

静まり返る新月の夜、江戸の一隅でお月さんが主催する読書会が開催されていた。部屋の片隅には文学、歴史、哲学の書物が積み上げられ、その中央には江戸随一のお金持ちの商人の一人娘のお月さんが座っている。

この読書会にはそのお月さん目当ての男たちがたくさん集まってくる。彼女の神秘的な瞳は今宵も鋭く、参加者の男たちを捉えていた。その目は、誰よりも人を見極めることに長けていた。

「皆さん、今日も参加していただきありがとうございます。そう言えば、最近、この江戸を盗賊が騒がせていますね。実は先月うちの屋敷にも忍び込んだみたいです。この盗賊に関してみなさんどう思いますか?」とお月が問いかける。

太郎さんが元気よく手を挙げて言った。「あの盗賊、どうせ俺が探せばすぐに見つけ出せるさ。どんなに賢くても、この太郎にはかなわないよ!」彼の発言はいつも通り勢いに満ちていた。

二郎さんは冷静に分析を始める。「この盗賊、綿密な計画のもと動いているようだ。普通の盗賊なら、こんなに正確に商人の家を見つけ出すことはできない。何か情報を持っているのか、あるいは裏で手を引いている大物がいるのかもしれない。」

三郎さんは他人の意見を気にしながら言った。「どうやら町の人たちは、彼を英雄として見ているようだね。でも私自身は…う〜ん。」

四郎さんが穏やかに口を開いた。「盗賊が現れる前と現れた後、町の雰囲気は変わったと感じます。私たちはその変化にどう対応すればいいのでしょうか。」

お月が深くうなずきながら言った。「私も同じことを考えていました。この町に何か変化が訪れているのかもしれません。私たちは、その変化をどう受け入れるか、どう向き合うかが問われているのではないでしょうか。」

太郎さんが熱くなりながら言った。「俺は変化を楽しむタイプだ。江戸が変わっていくのも、この盗賊を捕まえるのも、俺は楽しみだよ!」

二郎さんが冷静に返した。「だが、先を急ぐあまり、落とし穴にはまることもある。慎重さが求められる時もある。」

三郎さんが間を取りなすように言った。「皆の意見を聞きながら、一緒に考えて行動することが大切だね。」

四郎さんは優しく微笑んだ。「皆さんの意見を尊重し、調整しながら進めるのが一番だと思います。」

お月さんは、彼らの意見や提案を静かに聞きながら、心の中でこの4人の性格について分析をしていた。

<太郎さんは行動力には溢れているけれど、考える前に口を動かす癖がある。情熱は持っているが、それだけで突っ走るのはどうかと思う。長くは付き合えるタイプじゃない。>と、お月は心の中で少し呆れていた。

次に、二郎さんのことを考える。<情報を集めるのは得意だが、実際の行動に移すことは滅多にない。計画だけを練って、それが現実のものとなることを待つ。いつまでたっても、関係性が一歩も前に進まないような気がする。>と、お月は内心、彼の消極的な姿勢に苛立ちを覚えていた。

三郎さんについても思いを巡らせる。<他人の意見ばかりを重視し、自分の意見を持たない彼。まるで風見鶏のようだ。他人を優先するのは良いが、それだけでは魅力を感じない。>と、お月は彼の自分を出さない性格に疑問を抱いていた。

最後に、四郎さんのことを思う。<安定を求めるあまり、新しいことに挑戦しない彼。恐れるあまり、変化を拒絶してしまう。彼が求める安定感は、時として退屈と感じる。>と、お月は、彼の慎重すぎる姿勢に疑念を抱いていた。

それぞれの男たちには、良い部分もあれば、気になる部分もある。お月さんは、読書会を通じて彼らの性格や考え方を理解しようとしていた。

「そうですね、では今日みんなで読んだマイケル・サンデルの『これから正義の話をしよう』の内容を踏まえて、この町で活動する盗賊について考えると、正義とは何か、という問いが浮かびます。」お月が指摘すると、部屋にはしばしの静けさが広がった。

太郎さんが最初に口を開いた。「盗賊が金持ちから金品を盗んで貧しい人たちに配る行為、それは正義かもしれない。だが、法的には罪だ。しかし、法律と正義は必ずしも同じではない。」

二郎さんは顎を撫でながら言った。「サンデルが言っている通り、正義の基準は人それぞれだ。もし、この町における不平等や格差が極端であるとすれば、その反発として盗賊が出現するのは理解できる。だが、それを正義と見なすかは、それぞれの価値観による。」

三郎さんは少し悩む様子で、言った。「貧しい人たちのために何かをしてあげたい、という盗賊の気持ちを否定するつもりはない。だが、他人のものを奪う行為自体が問題だ。もし私たちがその状況に置かれたら、どう思うかを考えてみると、答えは難しい。」

四郎さんは深く息を吸い、言葉を選ぶように話し始めた。「サンデルの考えでは、社会全体での公正、個人の利益とのバランスが大切だ。盗賊が行う行為は、一時的に貧しい人々を助けるかもしれない。だが、それが持続的な公正を生むのか疑問だ。」

お月は彼らの意見を静かに聞きながら、心の中で彼らの言葉の奥に隠れた考えや感情を感じ取り、心の中で彼らを静かに評価していた。

<太郎さんはいつものように衝動的な答えを出す。考える前に話すのが癖になっているのだろうか。法的には罪だ、と言うのは当たり前のこと。本質的な問題から逸らしているようにしか見えない。>

二郎さんの意見に、お月は少し舌を打った。<二郎さんはいつも分析することを好むけれど、それに囚われ過ぎて行動しない。正義の基準は人それぞれだというなら、自分の正義は何なのか。それをはっきりとさせることなく言葉で遊んでいるだけにしか見えないわ。>

三郎さんの意見には、お月は苦笑を浮かべた。<三郎さんはいつも他人の意見を気にしすぎる。自分の考えを持たずに、人の気持ちばかりを重視するあまり、自分の意見がどこにあるのかさえわからなくなっているのではないか。>

そして、四郎さんの意見にお月は少し失望した。<四郎さんはいつも安定を求める。だからこそ、新しいことや変化に対しては消極的。現状維持が最も安全だと考えるあまり、必要な変化を拒んでしまうのかもしれない。>

心の中で彼らの欠点を思い返していると、お月は少し寂しさを感じた。彼らは知識や経験を持っているが、完璧な人間など存在しないことを再認識した。

続けてお月は4人問いかけた。「もしあなたたちがその盗賊だとしたらなぜお金持ちから金品を盗み、それを貧しい人たちに配るのですか?」と。

太郎さんはまっすぐにお月の瞳を見つめて、真っ先に答えた。「私が盗賊だったら、それは単純に世の中の不平等を正すためだ。お金持ちが余りある富を持っている一方で、貧しい人々は飢えている。それは正しくない。だから、自分の力でその格差を縮める手助けをしたいと思うだろう。」

二郎さんは少し考えた後、冷静に答えた。「私はけっしてそんなことはしない。それは社会に問題があるだからそれを分析してよい方向にもっていくべきだろう。」

三郎さんは少し迷った様子で答えた。「他の人たちのために何かをするのはいいことだと思います。でも、私は自分一人でそのような大きな行動をとる勇気はないかもしれません。だから、多くの人々と協力して、貧しい人々の生活をより良くする方法を考えたい。」

四郎さんはしっかりとお月の目を見つめて言った。「私はそもそも盗むという選択はしないと思います。しかし、もし盗んでしまったとしても、それはきっと貧しい人々のためだけでなく、何か大きな目的があるからだと思います。たとえば、社会の不正を訴えるためや、何か新しい制度を始めるための資金として使うのかもしれません。」

お月は4人の答えをじっくりと聞き、心の中で微笑んだ。「彼らそれぞれには、自分なりの正義や価値観がある。それを理解することが大切なのかもしれない」と彼女は思った。

「それでは、今夜の読書会はこれで終わりにしましょう。次回も楽しみにお待ちしております。」お月は微笑みながら彼らを見送った。

読書会が終わり、太郎たちが帰宅した後、お月は隠れ家に隠してあった黒の衣装に着替え、顔を隠す黒のマスクをつけた。新月の夜だ。人々の目が届かない暗さが、彼女の行動の味方となる。

町の中心部、賑わう通りの先には、お月の邸宅が佇んでいた。その巨大な門をくぐると、広大な庭が広がり、奥には立派な屋敷がある。誰もが知っている、この江戸の富豪の家。彼女は自身の屋敷の裏手に回り込み、自分の家に忍び込んだ。

奥の金庫に近づくと、彼女はあらかじめ覚えていた暗証番号を打ち込むと、金庫の扉が静かに開いた。中には山のように積まれた金貨や宝石、そして高価な美術品が保管されていた。彼女は必要な金貨を手早く袋に詰め、屋敷を後にした。

町のはずれ、寂れた古い家々が連なる通り。ここは貧しい人々の住む地域だ。お月は袋に詰めた金貨を、夜の闇に紛れてこれらの家々の前に置いていった。一家族に一つ、均等に配るよう心がけていた。

配り終わると、彼女は再び自分の部屋へと戻った。衣装を脱ぎ捨て、普段の姿に戻った。彼女は窓のカーテンを開け、外を見つめながらひとり言を漏らした。

「何か行動を起こすのに大した理由なんかないわ。ただ暇だったから、ちょっとした刺激が欲しいだけ。まあでもみんながそう言うのなら、そういう理由にしてあげてもいいけどね。」

お月は自らが盗賊であるという秘密を、誰にも知られずに、次の新月の夜まで保つのだった。

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