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創作#18 クロワッサンを朝食で

朝は自分をリセットする時間。

それは心を落ち着ける大切な時間帯。
それは今日という1日を良い1日にするため?

ひょっとしたら、それは今日という1日を終わらせるためなのかもしれない。朝食を食べてその日を終わらせる。

それが自分のお気に入りの場所でできたら?

そんな妄想をベースに創作してみました。
それでは、どうぞ。


短編小説「クロワッサンを朝食で」

そこには僕と彼女しかいないはずだった。
彼女は、クロワッサンと僕が淹れたコーヒーで朝食をとっていたはずなに。

そう、ここは千葉県のS市にある、東京駅から1時間30分とちょっとの、都会の喧騒から離れた静かなところにある美術館、その美術館にあるカフェ「ソル・アンド・ルナ」だ。

この美術館が他と比べて変わっているところはなぜか朝の7時まで開いているところだ。月に20万円を支払うことでなることができるメンバーシップになると、5時の通常の閉館時間を過ぎてもこの美術館に自由に入ることができる。

僕はその美術館にあるカフェの夜間スタッフをやっている。そんな意味不明の美術館で、深夜に働く理由はいたってシンプル。客がほとんど来ないからだ。

当たり前だ。そんな変な時間に、東京からけっして近くはないこの美術館に来る客なんかいない、しかも、それに月額20万円も支払う客なんか。
そう、彼女以外は。

当たり前だが彼女はいつも突然現れる。この暑い時期に。
そしてそれはいつもだいたい5時過ぎ、日の出の時間だった。

「あのピカソの、座る女には秘密があるの。」

そう、この美術館は地方にある辺鄙な美術館とは言い難いものがある。
どうやらそうらしい。

常設されているアート作品が他の美術館とはレベルが違う。クロード・モネの「睡蓮」、シャガールの「ダビデ王の夢」、そしてレンブラントの「広つば帽を被った男」がある。

そして、アートにはまったく興味がない僕にさえ知っている、たしか「アヴィニョンの娘たち」という絵で美人モデルの顔をぐちゃぐちゃに破壊したピカソまである。

そして、この美術館にあるピカソは「肘掛椅子に座る女」だ。

「あの女の名前はマリーよ。」

ピカソのその作品で描かれている女のことらしい。それに描かれている女の名前なんか知らない。というよりそもそも気にすることはあり得なかった。

「マリーとピカソの関係よ、あなた知ってる?」

彼女はサングラスを少し下げ、私の方を向いた。

そんなの知るわけがない。僕の頭の中にぼんやりといるピカソの姿は、70歳を超えている。ひょっとしたら90歳近いおじいちゃんの姿だ。

そもそも肘掛椅子に座る女という絵には女どころか人間と呼べるものが描かれていない。船の碇のようなカタチをした木片、言葉ではそうとしか言えないものしか描かれていない。

あの絵にはマリーと呼ばれそうな女の人間はいないじゃないか。
僕にはそうとしか思えなかった。

「そのツンとすましたところがいいのよ。」

彼女は元の方を見ながらそう言った。
いったい彼女は何を見ているのだろう?

「関係になる、ということはその秘密を共有することなの。」

彼女はいつも、コーヒーとクロワッサンの朝食をとりながらその日鑑賞したアート作品に関して、僕に一方的に話をする。そして僕に口を挟む隙を与えてくれない。

「それじゃあ、わたしの質問に答えたのも同然よ。」

二杯目のコーヒーを淹れるために、彼女から目を話したその瞬間だった。さっきまで僕から見て一番奥の席に座っていた彼女の姿はあとかたもなく消え去っていった。


いくつかの小説を組み合わせてみる

原田マハさんの短編集「モダン」の中で一番のお気に入りは「ロックフェラーギャラリーの幽霊」です。

一年でもっとも陽が短い冬至の日に、ニューヨーク近代美術館の監視員をしているスコットが、ピカソの「アヴィニョンの娘たち」をまるで吸い込むように観る青年アルフレッドと出会う、、、お話。

その青年アルフレッドが誰かは、「モダン」を読んでもらうとして、もし同じニューヨークを舞台とする別の小説の登場人物だったら?

そこを出発点として、できたのがこの短編小説です。

何かと何かを組み合わせする、そのサイクルを繰り返す。文学でもそういうクリエイションができるのはないかと思ってます。

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私の朝ごはん

AIを使えばクリエイターになれる。 AIを使って、クリエイティブができる、小説が書ける時代の文芸誌をつくっていきたい。noteで小説を書いたり、読んだりしながら、つくり手によるつくり手のための文芸誌「ヴォト(VUOTO)」の創刊を目指しています。