19歳と特別な恋

最近、小学生とすれ違う機会があった。
すれ違った小学生と、なぜかそのまま並走(というより並歩?)する羽目になり、それが気まずくなったのか、私の隣を歩いていた小学生は突如駆け出し、私より数メートル前まで行くとまた歩き出した。

その、小さな背中と少し力を入れて握っただけで折れてしまいそうな脚を目にすると、私は後悔と懺悔が溢れだした。あんな小さな体に、あの頃の私は恋をし、期待し、依存していたなんて。なんて残酷で愚かで、最低なんだ。

幼馴染のことが好きだった。
とはいっても、過去形にするには、未だにどうにも上手くいかない。

ひどく不器用な子供だった。
ひとにやさしくする方法がわからない。けれどなぜか人が寄ってくる。意地悪ともいじめとも区別のつかない言動で、大切な人を傷つけてしまう。傷つけたことに傷つく。けれどそういう心のいたみに、気づかないふりを、悟られないようにするのが上手な子だった。

私たちは仲良しだった。
家が近くだったので登下校は毎日一緒だった。上記の如く、とにかくひとをいじめることが好きな子だったので、私はよく、大嫌いな鳥やカエルを使っていじめられていたがそれもいい思い出にはなった。

出会ったころから好きだった。同じような家庭環境、同じような捻くれ具合、同じような思考回路、同じような不幸を抱えたもの同士、一緒にいればいいんじゃないかと安直に思った。
かっこよくて、でも時々意地悪で、でも、本当は誰よりもやさしいあの子のことが、たまらなく好きだった。そして、やさしいあの子が私のことを好きだと言ってくれれば、他に何があっても幸せになれると信じていた。

私は中学生の頃、幼馴染ではない恋人がいた。中学生って、そういうもので、一番好きな相手がいても、恥ずかしくて言えなくて、でも周りが盛りだすから焦って、自分のことを好きそうな相手と適当に恋人に成れる。浅はかだな、と思うけれど、結局人生ってそういうものなのかもしれないとも思うから私は何も成長していない。幼馴染も、私でない恋人がいた。

でも、お互い口に出したことはなかったけれど、私たちは同じ想いを持っていた。私たち以外には誰に言ってもわからない、確かな確信が私たちの間にはあった。

泣きそうなときは最後までずっと寄り添ってくれたこと。
寒がりな私を温めてくれたこと。
誰にもバレない場所で逢瀬の真似事をしていたこと。
私にとっていちばん正しい形のやさしさをくれたこと。

誰にもわからない、私たちだけの、特別な恋だった。

特別な恋を普遍的なものにしようとしたって、駄目だった。そんなことは最初から許されていないのかもしれない。

高校生になって、学校が離れて、私はとうとう想いを伝えようとした。会えない間も、幼馴染でない誰かと知り合う間も、ずっとずっと、私はあの子のことが好きだったから。

けど、返事はなかった。
伝えることさえさせてくれなかった。
私の想いは、きれいさっぱりなかったことになった。

そんなことがあってからも、SNSの登校にいいねが来たり、くだらないメッセージのやり取りをした。私のなけなしの勇気は、最終電車に乗ってどこか遠くの場所に失くしてしまった。

そんな、未だに終わらせることのできない初恋は、イカれていて、それでもって特別なものだ。私はきっと、今でもやさしいあの子のことがいちばんで、あの子が「結婚しよう」と言ってくれたら「喜んで」と答えるくらいにはあの子のことが大好きだ。

何がいけなかったんだろう、と今でもよく考える。
「きみの言うことは全部が軽いんだよ」
なんて言われたこともあったけれど、でも、私のあの子への想いだけは、全部本当なのに。嘘しか言えなかったけれど、あの時伝えようとしたことだけは、間違いなんかじゃなかったのに。

あの時こうしていれば。そんなタイミングがいくつもあって、私たちはタイミングの選択を間違え続けてすれ違い続けてきたんだろう。

今でも夢に見る。
夢の中の私はセーラー服を着ていて、あの子に告白する。「同じ気持ちだよ」そういうわけで、私たちは十四時二十五分にあの子の家の前で待ち合わせをする。何かが起こるかもしれない、と思って一度家に帰った夢の中の私は、馬鹿みたいに準備をする。
けれど、祖父のお見舞いに行かなければならなくなり、私はあの子との約束をなかったことにしてしまう。「おじいちゃんのお見舞い行くけど、何か用事ある?」「ううん、ないよ」。私はいつもこうだった。

そういうのも全部、わかってくれると思っていた。受け止めてくれると思っていた。許してくれると思っていた。
でも、人には限界があるから。
好きだけじゃ埋められないものは、確かに存在するのだ。

明日で二十歳になる私と、一か月前、私より一足先に二十歳を迎えた幼馴染。「きみは、騙されやすくてお人よしだから、自分みたいな人に誑かされないか心配だよ」そういうことを言うなら、責任を取って最後まで面倒を見てよ。私はあの子のせいで、騙されやすくてお人好しで狡い人に誑かされそうな人間になったっていうのに。

今の私を形成しているのは、間違いなく、あの子だ。全ての原点があの子で、どうしても、あの子と比べてしまうのはやめられないだろうな。それでもいい、そうしていたい、と思っていたけれど、そんな私ともさよならしなくちゃいけないのかもしれない。二十歳を迎えるって、大人になるって、そういうことなんじゃないだろうかとずっと考えていたから。

初恋って特別で、一生叶わないのだとしても、きっと相手のことを一生好きでいるんだろうな。
そんな想いと上手く折り合いをつけて生きて行けるよう、そのすべてを明日からの私に託したい。

今はまだ、ただ、やさしいあの子のことを思って胸を焦がし、体全体を締め付け、甘い痺れに酔い、涙を流していたい。


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