見出し画像

【料理エッセイ】ロールキャベツと隣人テレビ

 年末年始も終わり、スーパーで野菜が安くなってきた。片道歩いて三十分だし、重たくなると大変なのに、キャベツににんじん、ブロッコリーなどなど、手当たり次第買ってしまった。

 ひき肉も安かったから、夕飯はロールキャベツを作った。あとはフライドポテトと白菜とタコのサラダ。赤ワインでばっちり決めた。

 ロールキャベツは一見すると豪華だけれど、キャベツと挽肉だけで作れるため、ローコスト。だから、貧乏な学生時代、一人暮らしのご飯にたびたび作った。

 煮込むソースはその都度、予算に合わせて調整した。基本的にはトマトと玉ねぎとコンソメのスープ。そこにキノコを加えたり、シーフードミックスを加えたり、たまには新宿アカシアっぽくクリームソースにしてみたり、レパートリーは無限大。

 でも、最初は見よう見まねでやっていたので、けっこう大胆に失敗していた。

 キャベツを生のままミートボールを巻こうとして破綻。下茹ではしたけど、つまようじで止めなかったのでハラハラ崩れて破綻。綺麗に完成しても、肉に下味をし忘れたので無味無臭で破綻。

 家賃の安いワンルームで試行錯誤を重ねまくった。そのとき、印象的な出来事があった。

 ある日のお昼。壁が薄かったので、隣の部屋からテレビの音が聞こえていた。いつものことなので気にしていなかったが、そのとき、たまたま料理番組をやっていたらしく、しかもメニューがロールキャベツだったようで、つい、耳が反応してしまった。

 『キューピー3分クッキング』だった。たしか、隣人は数メートルの外廊下を歩くのに数分かかってしまうようなおじいさん。単身で暮らしているはずだけど、自炊しているのかなぁ、なんてことを思った。

 その日、わたしは午後に授業がひとつあっただけなので、ロールキャベツを煮込みながら、宿題だったフランス語の翻訳にとりかかった。隣の部屋からは『ヒルナンデス!』の音がBGMのように流れてきていた。

 一時間ほど経過して、トロトロになったロールキャベツを頬張った。美味しくできた。食後にコーヒーを嗜んで、翻訳が完成すると同時に家を出た。おじいさんは『ミヤネ屋』を見ているらしかった。

 授業を受け、サークルの飲み会に顔を出し、二次会のカラオケを楽しんだ後、帰宅した。ドアを開けるなり、やはり壁越しに隣の音がしていた。印象的なナレーションから、それが『月曜から夜ふかし』なのは明らかだった。

 へー。若者向けの番組だと思っていたのに、おじいさんも好きなんだぁ。そんなことを思いつつ、お風呂に入って、すっと眠った。

 しかし、朝、目覚めて、『ZIP!』の音を確認したとき、さすがに嫌な予感で胸が騒いだ。

 あまりにもテレビがつけっぱなしではないだろうか? それもずっと日テレを見ているなんてことがあり得るのか? もしかして……。

 こういうとき、どうすればいいのだろう。警察に電話すべきか。あるいは大家さんに相談すべきか。あー、ただ、今日は一限に必修の授業があるし、休むわけにはいかないんだよなぁ。でも、人の命に関わることを前にして、呑気に勉強していていいのか。

 結局、大学に行くことは諦め、大家さんに電話をかけた。「それは心配ねぇ。伝えてくれて、ありがとう」と感謝され、様子を見に来てくれることになった。わたしは勝手に自分も同行しなきゃいけないと思っていたけど、その必要はないらしく、「あなたは大学に行かなくちゃ」と言ってもらえた。

 無事、遅刻をすることもなく一限に間に合った。おじいさんのことが気になって、講義の中身は頭に入ってこなかった。二限も、三限も、四限も。ずーっと集中できなかった。

 最後の授業が終わると同時に、大家さんから電話がかかってきた。わたしは元気いっぱい、

「もしもし!」

 と、慌ててとった。

「あー、ごめんね。いま、話せるかしら?」

「はい。授業終わったところなので。おじいさんはどうでしたか?」

「それなんだけどね、普通に元気だったわよ」

「ああ、よかった」

「なんかね、日テレがすごく好きなんだって」

「……え?」

「心配おかけしてごめんなさいね。音量を小さくしてもらうように言っておいたから、また、うるさかったら連絡ちょうだい」

「あ、はい。……ありがとうございます」

 要するに、おじいさんは孤独死なんてしていなかった。倒れてなんかいなかった。単に日テレのヘビーユーザーで、二十四時間、日テレを見ているだけだった。

 杞憂だったというか、想像を超えているというか、私は喜んでいいのか、呆れていいのか、喜怒哀楽のどれでもない感情に襲われた。

 とりあえず、それ以来、隣からテレビの音は聞こえなくなった。

 大学を卒業し、あの家からも引っ越してけっこうな時間が経った。未だ、ロールキャベツを作るたび、わたしはこの出来事を思い出す。

 おじいさんが変わらず日テレを見続けていることを願いつつ。




マシュマロやっています。
メッセージを大募集!

質問、感想、お悩み、
最近あった幸せなこと、
社会に対する憤り、エトセトラ。

ぜひぜひ気楽にお寄せください!!

この記事が参加している募集

振り返りnote

今日のおうちごはん

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?