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【料理エッセイ】江ノ島で美味しいドレッシングを買った

 この前の土曜日、友だちと江ノ島に行ってきた。到着が夕方だったのですっかり軽くなっていたけれど、弁財天仲見世通りは活気にあふれ、テクテク、歩くだけでも面白かった。それから、エスカーに乗って、上へ上へと登っていった。

 ちょうど、イルミネーションをやっていたのだけれど、悩んだ挙句やめにした。理由は値段がけっこうしたから。でも、後で調べたら勘違いだったらしく、ちょっとばかり悔やまれた。

 ただ、まあ、いいのだ。わたしの目的は夕飯を食べること。頂上から岩屋洞窟にのびる商店街のお店に入って、海を見ながら、海鮮に舌鼓を打てれば、それでよし。ってことで、キラキラした世界を横目にズンズン進んだ。

 しかし、間が悪いことに、どこも閉店の準備をしていた。時刻は十七時をまわったところ。なるほど、江ノ島の夜は早いらしい。

 計画のなさが仇となった。

「ちゃんと調べてないからだよ」

「そもそも、待ち合わせ時間を早くすればよかったんじゃないの?」

 などなど。友だちと少し険悪なムードになってしまった。なにせ、わたしたちは空腹状態。起死回生のアイディアを出すにはあまりに適していなかった。

 とりあえず、頂上まで戻って、売店のたこせんを買うことにした。

 たこを丸ごと一匹プレスして、キューッと切ない鳴き声を響かせながら、顔より大きく引き伸ばされたせんべいをポリポリ食していたら、自然、穏やかな気持ちになってきた。

「美味しいね」

「うん。美味しい」

 美味しいと口にするとき、人間、嫌な顔はできないらしい。なにをつまらないことにこだわっていたのだろうとすべてがバカらしくなってくる。

 で、そんな風に余裕が出たとき、見えないものが見えてくる。なんと、目の前にレストランがあるではないか。メニューを見ればシーフードを売りにしていて、営業時間は二十一時まで。おあつらえ向きにもほどがある。

 もちろん、すぐに飛び込んだ。おしゃれな店内には外国のお客さんがいっぱいで、ピザやパスタをつまみつつ、ワインを嗜む姿は江ノ島らしく全然なかった。

 とりあえず、ビールを頼み、乾杯しつつ、

「なんだか六本木みたいだね」

「だね。六本木で飲んでいるみたい」

 と、友だちとテンション高く語り合った。そして、わたしたちは前菜のつもりで注文したサラダに度肝を抜かれる。

 もはや、メインと呼ぶべき豪華さである!

 しかも、とりわけ、ドレッシングをかければ、デリシャス過ぎて言葉を失う。病みつきとはこのことで、わたしたちは文字通り黙々とムシャムシャ、野菜に魚介にムシャムシャやった。

(このドレッシング、凄過ぎでは?)

 それから、つまみをいろいろ頼んだ。炭水化物もしっかりとった。どれもこれも最高だった。

 でも、なにより、頭に残っているのはドレッシングの美味しさで、お会計の際、思わず、わけてほしいとお願いしてしまった。すると、店員さんはすかさずパッケージされたボトルを取り出した。

 みんな、同じことを考えるらしい。ちゃんと商品としてお土産を売っていた。

 ならば、なにを迷う必要があろう。一人一本、ちゃんと購入。帰り道、

「江ノ島でしか買えない、江ノ島の味を.江ノ島のお土産にできるなんて、最高だねぇ」

 なんて、ほろ酔い加減で浮かれまくった。

 後日、そのドレッシングで温野菜サラダを作ってみた。

 完璧だった。これと白ワインあれば他にはなにもいらないぐらい百パーセントのディナーたり得た。

 味わいはなんというか、サッパリなのにガッツリしていて、食欲がそそられる感じ。たぶん、玉ねぎの甘さがベースで、ニンニクも入っているはずだけど、こってりとしたテクスチャがなにで作られているかまではわからなかった。

 そんなとき、製品はありがたい。裏に構成食材が記されているから。割高であっても、このためだけにお金を払う価値がある。

 早速、見てみると、隠し味にエシャロットと鶏卵が入っていると判明した。ほうほう。ワサビマヨネーズのような風味が美味しさの秘密だったのか。

 重要な情報に触れた気がして、わたしは一人、ほくそ笑んだ。同時に、こんな美味しいお店が江ノ島にしかないなんて、もったいないよなぁ、と余計な心配をし始めた。

 行き当たりばったりで入ったお店だったので名前を覚えていなかった。でも、頂上で夜遅くまでやっているのはあそこだけだし、検索すれば簡単に見つかるだろうと、なんの気なしにGoogleをいじってみた。

 その結果を知ったときの驚きと言ったら。店名は「イル キャンティ カフェ 江ノ島」で、思いっきりチェーン店で都内にもいっぱいあるというか、うちの近所にも何軒かあるような有名店だった。

 というか、それよりなにより、「キャンティ」ってあの「キャンティ」ではないか。そう、六本木を代表する老舗イタリアン「キャンティ」なのである。

 言われてみれば、ドレッシングのボトルにもはっきり「CHIANTI」の文字が……

 たちまち、友だちと交わした会話がフラッシュバックした。

「なんだか六本木みたいだね」

「だね。六本木で飲んでいるみたい」

 思いっきり、そういうコンセプトのお店じゃん! なのに、デカい声でアホなことを。まわりの人たちはどう思っていたんだろう? あー、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!

 うわー。江ノ島のドレッシングとしてまわりに紹介するところだった。「ありがとう。でも、これ、キャンティのやつだよね?」そんな風に質問されたら、顔から火が出るところだった。

 学生時代、埼玉住まいの先輩に「美味しくて安いカツ丼屋見つけたから、連れて行ってやるよ」と言われ、みんなで遥々所沢に行ってみれば、そこにあったのは「かつや」だった。正気なのかわからず、一同、顔を見合わせたものだが、いまのわたしなら、先輩に優しくなれる気がする。

 まさか、六本木発のお店の江ノ島支店で、六本木みたいなお店だなぁと感動してしまうとは。しかも、そこで売っているドレッシングを江ノ島の特産品と勘違いしてしまうとは。

 もし、令和の『徒然草』を書くのであれば、採用してもらえるかもしれないなぁ、と自分を励ますべく、とりあえず、noteにエッセイを書いてみました。トホホ。 




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