【読書コラム】歳の離れた友だちに教えてもらった面白い本 - 『冥界からの電話』佐藤愛子(著)
歳の離れた友だちができた。90歳を超えた女性で、いろいろとおしゃべりするのがいつも楽しい。
わたしはいま30歳なので、生きてきた時間だけで60年も違いがある。同い年でも育ってきた環境が違うだけで、夏がダメだったり、セロリが好きだったり、好き嫌いは否めないというのに、ここまでくるとなにもかもが違い過ぎて面白い。
不思議なもので、お互いのバックボーンが根底から異なると、世間話をする気にならない。なにせ、わたしが懐かしむように子どもの頃の話をしたら、
「それって20年前ぐらいよね。最近の話だから嫌になっちゃうわ」
と、くるんだから笑ってしまう。なるほど、たしかに、彼女はその時点で定年後、第二の人生を謳歌しているわけだから最近の話に違いないのだ。
そんなわけで、自然、共通の話題を探しているうち、普遍的な内容にたどり着かざるを得なくって、だいたい、読書談義に落ち着くのだが、これがすこぶる魅力的。というのも、彼女にとって、太宰治は青春時代に活躍していたスーパースター。リアルタイムに新作を追いかけていたというのだから驚いてしまう。
そんなわけで、同じ作家の話をしていても、同じ本の話をしていても、二人、印象はてんでバラバラ。そのことを確かめ合うためのおしゃべりは堪らなく知的な作業であって、ひたすら好奇心が満たされていく。
そんな中、おすすめの本を教えてもらった。佐藤愛子の『冥界からの電話』である。
わたしは全然知らなかったけれど、彼女の年代の間では佐藤愛子という作家がカリスマ的な存在らしく、ぜひ、読んでみてほしいとのことだった。
調べてみれば、この人はかなり凄い。1923年生まれで、いまもご健在。つまり、100歳の現役作家なのである。詩人のサトウハチローを兄に持ち、それこそ歴史上の人物みたいな方なのだ。
驚くことに『冥界からの電話』は2018年刊行の本だった。95歳の著者が身近なところで体験した不思議なエピソードをまとめたもので、なんというか、それだけでワクワクしてしまう。
その上、内容がかなりぶっ飛んでいるから堪らない。
簡単にまとめれば、友人の医者が死んだ少女から電話がかかってきて困っているという話。その相談に乗る中で、著者自身があれこれ思案した軌跡が記されているのだが、読んでいてしみじみ感じ入ってしまう。
常識的に推察すれば、死んだ少女が電話をかけることができない以上、誰かのいたずらと判断するのが普通だろう。医学的にはその医者が精神的におかしくなっていると結論づけるのが妥当かもしれない。
だが、そうではなくて、医師の言っていることを素直に信じ、死んだ少女が本当に電話をかけてきているとしたら、冥界からメッセージが届いているという仮説が立てられると佐藤愛子は言いたいようにわたしは感じた。
いわば、それは自然科学に対するクエスチョンである。
現代は科学の発展によって、なにもかもが便利になったので、それ以前に人々の価値観を形成していた宗教だったり、道徳だったり、言い伝えだったりを非合理扱いするようになった。実証実験で確かめられたものだけが真実となり、それ以外は迷信とみなし、次から次へと切り捨ててきた。
学問も役に立つか、立たないかを基準に価値判断がなされるようになった。日本では理系重視の動きが加速し、大学から文系の居場所がなくなりつつある。
文学部出身のわたしとしてはそのことに忸怩たる思いを持っている。そりゃ、原因を探り、反復可能な法則を見つけることを役に立つというのであれば、文系は役に立たないのかもしれない。だが、それは理系が役立つものにするための土俵の上での話であり、舞台が変われば、文系もまた役に立つと反論したい気持ちを抱えてきた。
例えば、人がなぜ死ぬのかを追求するとき、化学や物理の研究は役に立つ。病気であれば、原因を特定することで治療法の確立につなげられる。だが、死ぬことに対する恐怖について考えるとき、化学も物理も役に立たない。先輩たちがどうやって死と向き合ってきたかの歴史だったり、死を受け入れたくなるような物語だったり、曖昧な領域だけが人々の救いになるのだから。
そもそも、理系と文系、つまり、自然科学と人文科学を対立させることに無理がある。なにせ、両者は対象としているフィールドが異なっている。並行に存在しているわけで、上下に配置するのおかしい。
してみれば、今年100歳になる佐藤愛子さんが冥界について本気で検討している様子はあまりに尊く、オカルトの一言で切り捨てたのではもったいない。
みたいな感想を、わたしは90歳を超えた友だちに伝えてみた。
「そうなのよねぇ。信じられないような内容だけど、こんな風に信じられる佐藤愛子が凄いのよねぇ」
ですよね、ですよね、と盛り上がった。
本の読み方は十人十色。本そのものが素晴らしいのはもちろんのこと、他の人がその本をどんな風に読んだのか、話をするのも素晴らしい。
フランスには、「その人のことを知りたければ、その人が付き合っている人々を知るべきである」みたいな諺があるらしい。わたしはそこに「その人が好きな本も知るべきである」と付け加えたい。
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