見出し画像

誰しも経験するであろう食への苦悩~悪液質と食事の工夫~

がんの進行に伴い徐々に体重が減っていく。四肢の筋肉が減っていく。このような状況を悪液質(あくえきしつ)と言います。がんに限らずどのような病気でも生じます。病気が進行していることもあり、食べても筋肉になりません。食べようとしてもそんなにいっぱい食べることはできません。食事に関連する苦悩があります。

悪液質とは病気で筋肉量が低下する状態

悪液質は、ワシントンで行われたエキスパートコンセンサス会議を経て以下のように発表されています。

悪液質は、基礎疾患によって引き起こされ、脂肪量の減少の有無に関わらず、筋肉量の減少を特徴とする複合的代謝異常の症候群である。

 Clin Nurt. 2008, 27 (6): 793-9.

要は、『病気によって身体の代謝異常が起きており、その影響で筋肉量が減っていく』ことです。悪液質と言えば、「がん患者」というイメージですが、心不全、慢性腎疾患、慢性閉塞性肺疾患、自己免疫疾患など多くの慢性疾患でも生じます。

がん悪液質では3つのステージがあることが知られています。明確な線引きができるわけではありません。

(1) 前悪液質

悪液質に至る前段階です。「過去6か月間の体重減少5%以内、食欲不振」が臨床的特徴とされていますが、前悪液質に特化した特徴ではありません。抗癌剤治療を行っていると、食欲低下はありますし、経口摂取量が減ると体重減少がみられます。悪液質の前段階なのか、治療による影響なのか判断に悩みます。前悪液質は、早期に栄養不良の進展を予防するために提唱されたコンセプトです。悪液質を想起にキャッチするために、体重減少、食欲不振には注目する必要があります。

(2) 悪液質

悪液質の診断基準は有名です。よく知られているのは、「①過去6か月間の体重減少5%以上、②BMI20未満かつ体重減少2%以上、③サルコペニアかつ体重減少2%以上、の3つのうち1つを満たす」という内容です。サルコペニアとは、骨格筋量減少に加え筋力低下、もしくは身体機能の低下とされています。いくつかの診断方法があること、人種による違いを考慮したカットオフ値が無いことなどから、①と②を用いて診断することが多いです。

(3) 不応性悪液質

栄養面の終末期の状態であると考えてよい時期になります。この段階になりますと、栄養面の回復は見込めません。

引用:がん悪液質ハンドブック 2019

食への苦悩がQOLを低下させる

悪液質では様々な症状が出現し、患者さんの生活の質Quality of Life (QoL)を損なうことが知られています。例えば、口腔内が荒れて痛みがあったり、味覚や嗅覚を感じなかったりすると食欲低下につながります。腫瘍による体温上昇があるときつさにつながり、疲労感が強く、食事が進まない状況になります。

がんに関連した症状やがん治療による副作用(=有害事象)によって食事摂取が妨げられる症状をNutrition impact symptoms: NIS(栄養状態に影響を与える症状)と言います。このNISにより、筋力低下が生じ、自由に行動することができなくなります。疲れやすくなり、好きなことができなくなります。やせ細っていく自分の身体を目の当たりにして悲しみを感じる方もいます。

患者さんは、「せっかく作ってくれたから食べようとはしているけど入らない」、「無理やり食べているけど痩せていく」、などのつらい思いを感じています。

傍で支える家族は、「もっと食べてもらいたいけど食べてくれない」、「せっかく作ったのに何で食べてくれないんだ」、「栄養のある高価な食材を買っても食べないから(食材を)ダメにしてしまう」、「工夫しているけど食べてくれない」などと食に関する苦悩(Eating-related distress: ERD)を持っています。

ときに、患者さんと家族が食に関する苦悩が原因で喧嘩している場面に出会います。患者さんと家族が思っていることを教えてもらうと、互いに一生懸命に頑張っていることに感動します。料理をしたことがない夫が、妻のために料理を勉強し、食べられるものを作り上げる話もありました。

食に関する苦悩が原因の夫婦喧嘩に直面したときは、
・互いに思っていることを包み隠さず話してもらう(患者さん家族の性格に合わせます)
・病気の自然経過(病気は治癒しない、徐々に食事摂取量は減っていくこと)
・今の病気の状況で、可能な摂取量を目標設定する
を行い、夫婦喧嘩の終息を促しています。(夫婦喧嘩という表現が適切か?はさておきですが…)

Curr Opin Clin Nutr Metab Care. 2022; 25 (3): 167-72.を改変

薬物療法:コルチコステロイドとアナモレリン

(1) コルチコステロイド

よく使うのは、コルチコステロイド(いわゆるステロイド)です。脳に作用し、食欲促進物質であるNPYを活性化することで食欲亢進につながります。投与開始後2-3日で効果が発現し、3-4週間で減弱します。ステロイドですので、副作用であるせん妄や不眠、高血糖などがあります。ステロイドを2か月も3か月も使用し続けている場面を見ますが、理論上はステロイド効果はない状況と考えた方が良いです。使用し続けることで感染症リスクが上がります。ステロイドを使用するときは、いつまで使うか?を意識することも必要になります。

(2) アナモレリン

2021年1月にがん悪液質に特化した治療薬としてアナモレリンがデビューしました。使用できるのは、非小細胞肺癌,胃癌,膵癌,大腸癌におけるがん悪液質の患者さんに限られます。

アナモレリンは、グレリン受容体作用薬です。グレリンは胃から分泌され、脳の一部(具体的には視床下部)に作用し、食欲を亢進させます。筋肉の合成を促進することが知られています。しかしながら、身体機能の改善は示されていません。コルチコステロイドと違って、食欲改善効果は3-6か月持続し、またステロイドで心配する感染症や血栓症などの副作用は少なく、長期的に使用することが可能です。

アナモレリン®にも注意すべき副作用はあります。高血糖、肝機能障害、刺激伝導系抑制があります。他の薬剤との相互作用があり併用できない薬剤を使用しているか否か確認する必要があります。(アナモレリンはCYP3A4で代謝されることから、CYP3A4阻害薬とは併用禁忌となります。)

食事の工夫

食事の工夫はいろいろあります。
料理できない私にはどんな工夫があるか、調べるので精いっぱいです。SURVIVOR SHIP というサイトにまとまっています。

SURVIVOR SHIPより引用

最後に

誰しも病気になります。どんな病気でも食事摂取量が減っていく時期が来ます。その時に食に対する苦悩を経験します。自分自身の病気でもそうですし、家族が病気になって支える側になってもその苦悩を経験します。薬1つで解決することはできません。病気の経過を理解し、苦悩を認識することで、自身が抱えているつらさを軽減することができると思います。好きなものを少しでも食べられた時の喜びを分かち合えるような状況を作ることができたらいいですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?