【「東洋医学思考」の「原理」】
博心堂鍼灸院の、いんちょです。
ぼくは「鍼灸師」になる前、「カイロプラクティック」を学び、お仕事にも一時期携わっていました。
「手で体を治しちゃうって、カイロプラクティックってすごい」と、思って一番最初に、そんな「あこがれ」を抱いて、カイロプラクティックの「門」をたたいたわけです。
勉強して、実地もして、お仕事を通して経験も積み、経験の裏付けや疑問点をあらためて検証して学び続け。
けっきょく、「僕の求めるもの」が、カイロプラクティックを続けていく「延長線上」には「ない」と判断して、「東洋医学」への学びにシフトしたわけです。
さいわい、ぼくが「鍼灸学校」に入学した時に、「易」や「気学」などの「東洋思想」満載の「占い」の授業がありました。
「人の体」にのみ目を向けているわけではない「広い視野」をもった学びが、鍼灸学校在学中にできたわけです。
「東洋医学」の「原理」は、「天人合一(てんじんごういつ)」という「人と自然の営みは一致しているのだよ」ということにあります。
そもそも、自然界での「川の流れ」を「体内の循環(気血の流れ)」になぞらえて考えてみたり。
「四季の移ろい」や「一日の変化」を「体内リズム」に置き換えてみたり。
「人の体を見立てる先生」が「自然」の中にあるというわけです。
あいにく、既存の「東洋医学の授業」では、この部分がほぼほぼ「割愛」されたところから、始まっているんじゃないかと思います。
※僕が在学中に配布された「東洋医学概論」の教科書でも、この部分は紹介されるのみ。
※中国の(当時)最新の「中医学」のテキストにも、こうしたことへの「踏み込んだ解説」は、記載されていなかったように記憶します。
※中国の「中医学」が始まる前の書物などには、「自然現象をモチーフ」にした「体の構造」の解説などは、たくさん見受けられたみたい。
ぼくにとって、好都合だったのは、こうした「自然観」や「物の道理」を理解する手段として、「易理」が授業やテキストに「あった」こと。
僕は毎週「季節にかなった体づくり」を中心記事としたメルマガを配信しています。
このメルマガ配信の依頼を受けた時、患者さんに対して「東洋医学的なアイディア」での「生活アドバイス」をしてきたことがきっかけでした。
既存の医学や栄養学とは違った視点で、「体の感覚に素直に向き合う」東洋医学的な「生活アドバイス」が、評価をいただいていたのですね。
※「東洋医学」と「育児」や「日常生活」を取り上げた「エッセイマンガ」の監修をさせていただいたこともありましたね。
ともあれ、「東洋医学思考」の「原理」を学ぶためには、「自然観」を「活用」するために知識をまとめた「易理」を知ることがあるんじゃないかなぁと思います。
これ、ぼくの私見です。
ながらく、様々な「鍼灸理論」や「脈診」、「東洋医学的診断論」などに触れてきましたが、「根幹となる理論」を持っていないと、せっかくインプットする「貴重な知識」も、技術や理論として統合することができない。
「自然を観る」ことと同じような「人を見立てる」ための「そもそもの根本原理」がないと、「東洋医学の学びを深める」ことは、やっぱりむずかしい。
「鍼を当てる技術」や「脈診」や「経絡」などだけの「些末な知識」や「技術体系」だけでは、ひろく「東洋医学」や「鍼灸施術」を役立てることができない。
現代医学は、「問題」を「ミクロにミクロに追いかけていく(たとえば、細胞や遺伝子)」。
東洋医学は、「問題」を「マクロにマクロに視野を広げていく(自然がお手本)」。
そんなわけで、「東洋医学思考の原理」は、いかに「自分の身近」に「なじんで過ごすか」ということを通していかないと、理解できないんじゃないかなぁと。
その「理解」を「ことば」にできるのが、「易」や「気学」、「風水」や「手相・人相」などの「占い」という視点と手法。
今後、ぼくが発信していけそうなことの一部が、こんなことの中にありそうです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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