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vol.16 新入社員が入ってきた

去年の12月ごろに新入社員が入ってきた。
静岡の店舗から派遣されて、半年間うちのお店で研修を受けてほしいとの事。

3年目社員である私と同じ営業職。
半年間という短い期間になるが、同じ営業として若手社員である私が教える立場に立たないといけない事は誰かに言われるまでもなく明確だ。

私より3歳年下の男の子。
私より背が高くて、スタイルもいいからベストもよく似合っていて
清潔感もある。
店舗の一員として、やるべき雑務や自己啓発の勉強などきちんとこなして
ただひたすらに真面目な子というような印象を受けた。


何気ない会話。

私「学生時代は何か部活をやっていたの?」

新入社員「はい、新聞部という部活をやっていました」

私「新聞部?珍しい部活だね。体が大きいから何かスポーツをやっているのかと思った。」

新入社員「いえいえ。僕メンタルがあまり強くないので。」

私「ふーん。。」

真面目な子であるのは間違いないのだが、メンタルが弱い子だな。というのは何となく最初のうちに気づいてしまった。
上司に毎日のように𠮟られて、その上司がいない所でため息をつきながら、頭を抱えている様子をよく見る。(彼の真向かいに私が座っているのでよく見える。)

最初、大きかった挨拶は日を追うごとに徐々に小さくなっていって
「おはようございます。」の第一声は今となっては、暗くか細い声で、
何を言っているのか聞き取れない程までになっていた。

なんだか一昔前の私を見ているようで。
毎日のように叱られて、暗くなった夜道を歩いて。
自信を無くして。朝が憂鬱で。
一年目の時の私も同じような挨拶をしていたに違いない。

この子のためにしてやれることは何だろうか。いや。
同じ境遇を辿っていた過去の自分にどんな言葉をかけたらよかったか。
という事をよく考える。

一年目の時の私は必死すぎて、自分の事しか見えていなくて、沢山の周りの人を傷つけた。
その時の自分には周りにいる人たちが皆、敵に見えて、自分の事を肯定してくれる頼れる味方がいなくて、ただひたすらに1人で我慢をし続けていた。
そんな自分になんて声をかけてあげたらよかっただろう…。



時が経ち、彼は皆が仕事をしている中、度々、スマホをいじり出すようになった。
皆も薄々気付いているが注意をしようにもしにくい。

急に、「頭に痺れを感じる。」と言い出し、
心配になった上司が彼を病院に行かせた。
その時は何ともなく、通常の業務に戻ったのだが、
その1週間後、「腰が痛い。」と言い出し、
再び病院へ行った。

彼がいないところで、事務所内はざわざわしていた。
「こんな短期間で病院に行くなんてことある?」
「あの子はメンタルがよくないかもな。」
「よくスマホを触っているのもよく見るし。何考えてるんだ。」
ざわざわ、ざわざわ。


ある日、彼は「今日は用事があるから早めにあがりたい。」と言い出した。
言われた上司は一瞬何を言われているか分からず、時が止まる。

上司「それって、定時より前にあがりたいってこと?」

新入社員「そうです。17:30ぐらいにはここを出たいと思っています。」

上司「なんで?どんな用事?」

新入社員「ちょっと女の子と遊びに行きたくて。」

。。。(事務所内の時が一瞬止まった。)

上司「いや、そういう用事があるなら、事前に言ってもらわないと。だめだよ。」

新入社員「そうですよね。分かりました。」

という会話があった。クリスマスイブの夕方だった。



案の定、周りの上司の反応は、今までの蓄積を爆発させるような勢いで
「考えられない。」と言っていた。
大元の配属先である静岡の店舗にも連絡がいき、ちょっとした騒ぎになった。
誰かからきつく叱られたのであろう彼は「すみません。気を付けます。」と
大人しく縮こまって平謝り。

それを境に、新入社員と周りの社員との間にちょっとずつ、距離が出来ていく。
それから彼は、波風を立てないように慎重に、慎重に。
そろりそろりと静かに事務所の中を徘徊するようになった。

彼がいなくなった事務所では彼の陰口大会が始まる。
「非常識だ!」
「何考えているかわからないよ、あいつは。」
「いつもひそひそしててまた何か隠してるんじゃないかと心配だよ。」
「学生気分が未だに抜けてないんだよ。」
その輪の中に入らないように、無心でパソコンをカタカタしている私は、
もしかすると卑怯者なのかもしれない。
目の前の作業に集中して、考えない方が楽だ。と思うようになった。

”定時より前に帰ってはいけない。”
"仕事の最中に携帯を触ってはいけない。"
”一週間に二回も病院に行ってはいけない。”

というルールは就活の説明会で説明を受けた事はない。
いつのまにか社会人の頭の中にインプットされているものだ。

でも、その当たり前は本当に当たり前なのかな?

"一度やらかしたら事務所の人間から嫌われて、孤立する。"

っていうのも社会の当たり前の常識なのかな?

「最近の若者は!」
「これが世に言うZ世代ってやつか。」
25歳若手社員の私が目の前で必死に電話営業しているというのに、
「最近の若者世代が、Z世代が、」って、
目の前で平気で口にできちゃう上司も、私からするととても非常識だ。



休みの日、年下の子と話す機会が多くなった。
「肌が合わなくて、仕事を一年で辞めました。」だの、
「ウーバーイーツで生計を立ててます」だの。

そのような経緯に至ったのは、その人なりの色んな理由があるはずで。
私の役目はその子のバックグラウンドを探って、
"どうしてそのような経緯に至ったのか"という事を知るべきだ。と思っている。
でも最近はどうしてもそのやる気が起きない。

(どうしてこの子は自分のために努力しないんだろう。)
(どうしてこの子は仕事を続ける才能がないんだろう。)
(どうして何も不安に思わずに生きていけるんだろう。)

という疑問から始まり、そんな邪な考えに答えを見出さない限りは
この目の前にいる若者を認めない。とすら思ってしまっている。
(同世代にも思う。)

多分そこには、
(私は自分のための努力を欠かさず行っているのに。)
(私は現在進行形でこんなに悩んでいるのに。)

(この子も私みたいに不安と悩みを沢山抱えていたらいいのに。)

が、混じっているのではないかと思う。
多分、事務所で陰口を喋る上司と同じ心理だ。
これって社会にとっての常識?非常識?

社会を生きて、身についてしまったその一つの
”傲慢な気質"は消さないといけない?
その疑問に答えを見出すまで、私は人と会うことを止めない。

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