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怪異蒐集 『床下の穴』

■話者:Mさん、大学生、20代
■記述者:黒崎朱音
 
 Mさんが、高校生の時に体験した話。
 
 みたま市には『首吊り屋敷』という、いかにもな名称の心霊スポットがある。ここでは過去に父親が家族を殺害後、首を吊って死んだらしい。
 
 ……という話になっているが、実際にここで一家心中や自殺が発生した記録はない。『らしい』という噂だけが流れて、何でもない場所が心霊スポットになってしまっているのだ。

 だが、若者の間では怖い噂の的になっていて、他にも、二階の窓から赤い目の人が覗いている、新月になると屋敷の周辺を人魂が飛び回る、屋敷のものを持ち帰ると幽霊が取り返しに来るなど、幾つかの噂があった。
 
 Mさんはこの屋敷のことが気になって、実際に調べたことがある。その結果、噂されている内容がまったくのガセであることがわかった。単純に、相続者が遠方にいるために放置された物件が廃墟化したものだった。
 
 Mさん同様、噂がガセであることを知るものは多いが、心霊スポットとして肝試しに訪れる若者は多かった。民家から離れていて近隣住民から通報される恐れもないし、雑木林の中にぽつんとある屋敷は不気味で、崩れかけた外装と相まって、ガセであることを知っていても気味が悪い場所だった。つまり、肝試しには手軽な場所だったのだ。
 
 Mさんは高校三年の夏、友達何人かと首吊り屋敷に肝試しに行った。Mさんはもう何度もこの屋敷に来たことがあり、先週も別の友達と肝試しに来たばかりだった。
 
 初めてだという友達を案内する形で屋敷へ向かい、いつものようにドアの外れた玄関から屋敷の中に入った。その瞬間、急に嫌な感覚を覚えて、Mさんは立ち止まった。

 屋敷の中の空気がいやに生ぬるい。生ぬるいだけでなく、空間に何かが満ちているようにねっとりと重かった。他の友達は何も感じないようで、きゃあきゃあと小声で叫びながら先に屋敷に入っていく。Mさんも気のせいだと割り切って、友達の後に続いた。

 屋敷の中は荒れ果てて、他の肝試しの若者が残していったゴミで足の踏み場もない。Mさんたちは懐中電灯を片手に、ゴミを避けながら屋敷の中を探索して回った。でも、Mさんは今日に限って、肝試しに集中できなかった。
 
 足を進めるごとに、屋敷に入るときに感じた嫌な感覚がますます膨れあがっていく。家自体が傷んでいるせいで絶え間なく家鳴りが聞こえてくるが、今日はその家鳴りが、空間を埋め尽くす見えない何かが立てる音のように聞こえてならなかった。
 
 幾つかの部屋を巡り、一階の奥にある和室に入ったとき、Mさんはぎょっとした。和室の中央の畳が二枚外され、その下の床板が壊されていた。
 
 懐中電灯で照らすと、むき出しになった土の地面の中央に穴が掘られている。穴は深さ50センチ程度で、中には何も入っていなかった。

 先週来たときは、こんな状態ではなかったはずだ。肝試しに来た誰かがいたずらで穴を掘ったのだろうか。いたずらだとしても、わざわざ床板を剥がしてまで。それに、どうしてこんなところを……。
 
 心霊スポットでそんなことをした人間がいると思うと、途端に気味が悪くなった。友達も不気味に思ったようで、Mさんたちは肝試しを切り上げて帰ることにした。
 
 帰る前に、Mさんたちは家に落ちているものを持ち帰ることにした。屋敷に落ちているものを持ち帰ると幽霊が取り返しに来る、という噂の検証のためだ。
 
 本や食器など、持ち帰るには手軽そうな幾つかの小物が残っていたが、人の生活を感じさせるものは何となく嫌で、Mさんたちは、何故か和室の隅に積み上げられていた石のひとつを持ち帰った。
 
 その場ではただの石に見えたが、帰りにファミレスに寄ってよく見てみると、ひとつの面だけが土で汚れていて、それ以外の面は、今しがた削られたばかりのように綺麗だった。まるで、大きな石を壊してできた欠片のように見えた。
 
 翌日。Mさんが学校から自宅に帰ると、母親から、女の人が訪ねて来ていると言われた。返してもらいたいものがあると言っていたので、友達が貸したものを返してもらいに来たのだと思って部屋に通したという。
 
 Mさんには心当たりがなかった。部屋に向かったが、部屋には誰もいなかった。その代わり、机の上に置いていた、屋敷から拾ってきた石がなくなっていた。

 どんな女の人だったか親に確認したが、不思議と顔立ちが思い出せないらしく、何度も首を傾げていた。ただ女の人の背後に、付き従うように黒猫がいたことを憶えているという。
 
 後日確認したところ、Mさん以外の石を持ち帰った友達のところにも、女の人が訪ねて来たらしかった。Mさん同様、対応した家族はみな女の人の顔立ちを思い出せなかったが、黒猫といっしょだったことだけは、不思議と全員、記憶していたという。
 
 その後、首吊り屋敷に肝試しに来た若者が怪我をする事故があって、屋敷の出入り口は塞がれ、屋敷の周囲も有刺鉄線で囲われてしまった。
 
 Mさんは、あの日感じた嫌な感覚が忘れられなくて、それ以来、心霊スポットに行くこと自体をやめてしまったという。
 
 
■メモ
・Mさんが持ち帰った石の写真を残してたんで、見せてもらった。Mさんの言う通り何かを割った欠片っぽい。こないだLINEで送ったやつ。(朱音)
・御影石っぽいね。(亜樹)
・御影石っていうと墓をイメージしてしまいます。(水鳥)
・その石、もともと床下に埋まってたのかな。(亜樹)
・Mさんが持ち帰った石の欠片=床下から掘り出したものの破片ってこと?(朱音)
・そう。土がついてるってことは、掘り出したばっかりだったのかなって。(亜樹)
・誰かが何かを掘り出して、それをわざわざ壊して和室の隅に積み上げてたってことか。何のために?(朱音)
・掘り出すのが目的じゃなくて、壊すのが目的だったのかも。(亜樹)
・その結果、首吊り屋敷がおかしな状態になった、と。Mさんの体験談からはそう読み取れなくもない。(朱音)
・じゃあ、その埋まってた何かが今まで屋敷の状態を守ってた?(水鳥)
・でも首吊り屋敷って別にいわくないんだよ。(朱音)
・そうだった。(水鳥)
・その後、石って謎の女が取り返しに来てるよね。てすると女の人って家の人?(朱音)
・家の来歴的にそんな感じしないけど…(亜樹)
・女の人と黒猫って、『襖越しに猫と話す』のコンビっぽいな?(水鳥)
・お。向こうにもリンク貼っとこ。(朱音)
 

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