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怪異蒐集『山で目を塞ぐ』

■話者:Sさん、農業、80代
■記述者:火野水鳥

 昭和のはじめ頃に、Sさんが体験した話。

 Sさんの家は農業を営んでおり、山にいくつか畑を持っていた。当時小学生だったSさんは、祖父の手伝いで山に入ることが多かった。

 その日は台風が近づいているせいで、朝から強い風が吹いていた。山の畑に収穫待ちの野菜があったので、台風で痛む前にと、祖父とSさんは急いで山に向かった。

 吹き付ける風の中を、祖父の後について山を登る。明け方の雨のせいで、足元はぬかるんでいた。足を取られないように足元に集中していたSさんは、畑の手前にある草地に着いて足をとめたとき、妙なことに気づいた。

 あれほど吹いていた風が、いつの間にかやんでいる。祖父も異変に気づいたようで、厳しい顔で周囲を見回していた。

「今日はあかんかったか」

 祖父はそうつぶやくと、目前に迫った畑に背を向けて、急ぎ足で山を降り始めた。理由がわからないまま、Sさんは祖父に続いた。

 相変わらず風はない。祖父と2人分の足音だけが周囲に響く。しかし、そこに別の音が混ざっていることに、Sさんは気がついた。

 ――ぺたり。 
 ――しゃらん。

 誰かの足音に、鈴の鳴るような音。山にそぐわない組み合わせだ。鈴の音はどこかで聞いた覚えがあるような気がした。

 そうだ、祭りでみんなが肩がけにしている鈴の音に似ている。そう考えた途端、背筋が震えた。

「目を閉じろ」

 足を止めた祖父が厳しい声で言う。言われた通りにきつく目を閉じる。祖父は閉じたSさんの目の上に、農作業用の手ぬぐいを巻いて目隠しをした。

「いいか、山を降りるまで絶対に喋るな」

 祖父は声をひそめて言うと、Sさんの手を引いてそろそろと山道を降り始めた。祖父に引かれるまま、Sさんもゆっくりと山道を進む。歩みの遅さから、どうやら祖父も目隠しをしているようだった。

 ――ぺたり。 
 ――しゃらん。

 足音と鈴の音はまだ聞こえる。さっきより近づいている気がしたが、目を塞がれているせいか、どの方向からする音なのかわからなかった。

 ふと、祖父が足を止め、山道の端に移動した。Sさんも続いて道端に身をよせる。手ぬぐいと頬のわずかな隙間から山道を覗くと、視界の隅から誰かの足が歩いてくるのが見えた。

 その足は裸足で、泥にまみれていた。泥がついていない部分は、死んだ魚のように青白い。

 ゆっくりと進んでいたその足が、ぴたりと止まった。やがて、つまさきがゆっくりとSさんの方を向く。

 見られている。そのことに気がついて、Sさんの喉から短い悲鳴が漏れた。思わず逃げ出そうと足を動かしかけたとき、祖父がSさんの手を強く握った。

 見るな、喋るな、動くな。そう言われているのがわかって、Sさんは再びきつく目を閉じた。そのまま動かず、じっと時が過ぎるのを待っていると、やがて足音は静かに遠ざかっていった。

 足音が完全に聞こえなくなってから、祖父は再び山を降り始めた。Sさんは目を閉じたまま、何も考えないようにして祖父に続いた。

「もう大丈夫だ」

 祖父の声とともに手ぬぐいを解かれる。いつの間にか麓近くまで降りてきていて、目の前に山に入るときに目にする社があった。這うように山道を進んできたせいで2人とも泥まみれで、気がつけば山に入る前と同じく、強い風が吹き荒れていた。

 祖父は近くの草原から野草を摘むと、風を避けるように社の足元に置き、手を合わせた。Sさんも祖父に倣って手を合わせる。長い時間頭を下げたあとで、2人は急ぎ家へ戻った。

「山で音が聞こえなくなったら目を塞げ。誰かに遭っても見ちゃだめだ。見てしまうと、厄が戻ってくる」

 帰りしな、祖父にそう教えられた。「戻ってくる」という言い回しが妙に思えて、しばらくその言葉は頭に残った。

 それからも稀に、山が奇妙に静まり返る日があった。しかしSさんは祖父の言葉を思い出し、そういう日は山に入らなかったという。


■メモ
・これ、イミコサマじゃない?(朱音)
・そだね。鈴、社、厄…って似てる要素かなり多い。野草を供えるってところも。(水鳥)
・三珠山って麓に幾つか社があるよね。イミコサマが社を超えられないなら、社は山を囲むように配置されてるのかも。(亜樹)
・社で山に閉じ込めてる?(水鳥)
・社をチェックしたら他にも野草供えてあったりするかな。(朱音)
・目を塞げってことは、イミコサマって見てはいけない存在?(水鳥)
・イミコサマの方の話でも「見てはいけない」って言い回しあったね。(亜樹)
・厄が戻ってくるわけだし。(朱音)
・イミコサマの話と合わせると、みんなの厄を肩代わりする→見るとその厄が戻ってくる、って感じかな。(亜樹)
・赤い空出てきてないけど、この話も異界感ある。(水鳥)
・お爺さんは察知してるよね。何を以て気づいたのか気になる。(亜樹)
・風がやんだってことは、風とか音が消えたこと?(水鳥)
・出てくる鈴の音ってたすき鈴の音かな。あれ、みたま市の祭りだと必ず屋台で売ってるよね。(朱音)
・イミコサマの話だと第三者が鈴持ってたっぽいけど、こっちの話だと本人が持ってるぽい。(水鳥)
・気づいてないけどこっちにも第三者いたとか。(朱音)


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