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歴史小説「Two of Us」第2章 J-1

~細川忠興父子とガラシャ珠子夫人の生涯~
第2章 玉の輿入れ~本能寺の変 (英訳あり) 

J-1

 天正六年七の月。
 勝竜寺城の城郭修繕を終えた細川藤孝は、織田信長の安土城へ招集をかけられた。

 古(いにしえ)の時代、長岡京跡地である、淀川と犬山に挟まれた神足地域。京の都を守護し、洛西に位置する。
 後世に伝わる信長の、栄華を誇った安土桃山時代に突入していたが、まだこの時点では、細川藤孝(のちの幽斎)は足利幕府(室町時代)の側用奉公衆として、足利義昭に仕えている身であった。

 元来、寺社である勝竜寺を、戦の砦として天守閣を備えた城郭に蘇らせたのだ。信長の安土城にも先んじていた。

 時勢は、宗教人である僧侶達も防衛の為に武器具を構える流れとなり、本格的に勝竜寺が武士の居城と成ったのは、細川家が始まりである。
 のちに関ヶ原合戦の末に太平の世に収束するまで、嫡男の忠興は長岡姓を名乗る事となるのだった。
 この章でも、細川氏の物語として細川姓に統一させていただく。

 藤孝に先んじた盟友、明智十兵衛光秀は、足利義昭と織田信長との仲介を経て、織田家臣として丹波平定に奔走していた。
 日本海に向かう途上の丹波地域は、京の都を上洛者から守る北側の要なのだ。


長岡京エリアは、古からの竹林や
筍の産地として知られています

 招集された理由は分かっている。
 先日の信貴山の戦いで、先陣を切って大和片岡城を攻め落とした嫡男忠興の件だ。

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