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結局は『自由』だって話

《再掲載記事です》



猫は猫にたずねました。
『そこは退屈じゃないのかい?』

猫は猫に答えました。
『私はここが好きなのよ』

小鳥は小鳥にききました。
『そっちとこっち、比べてどっちが楽しいのかな』

小鳥は小鳥に答えました。
『こっちもそっちも、どっちもどっち』



縛られていないはずなのにがんじがらめ。
縛られているはずなのにゆったりしてる。


ねぇ?

アナタはアナタの『定義』で世界を覗いてるってこと どれくらい知っているのかしら?



私は私に言いました。
『どう?見つかったかしら?』

私は私に答えました。
『何時も見つかっているし、何時も探しているよ。それが私の正解だから』




《ここからは現在の私の雑記。ちなみに少し眠い》

状況を自由と言われる枠にすることより、心が自由な方がいい。
『こうであれば幸せであろう』という幻想が丸が四角でいようとすることを許さなかったりするのが、たまに苦しい。

全部で世界だから、何時だって探している。
枠はあるみたいに見えてても
無いんだよ。きっと。

何時だって、その時を生きていく。
その為に立っている。

そんなことも思う。
よし、眠ろう。


 

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