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彼女の音に恋した日

この世に、こんな声が存在するなんて。

相対性理論というバンドのボーカル、

やくしまるえつこさんの声を聴いたとき、

反射的にそう思った。

はじめてその声を聴いたとき、

わたしの耳は、衝撃を受けた。


高校1年の、夏。

わたしは彼女の声に出会った。

それは、一緒にいた友達が、何気なく

自分のプレイリストをかけ始めたときだった。

ふいに流れてきたその音楽に、

一瞬で耳を奪われた。

それはほぼ抵抗できないくらい、

強烈な引力を持って、

わたしの耳を、心を、惹きつけた。

ふわりと空間に広がって、溶けそうなのに、

分解されることなく、

しばらくそこに浮遊し続ける。

曖昧なのに、不思議と芯があって、

耳に、心に、まっすぐ届く。

それがわたしに聴こえた、彼女の声だった。


それからわたしは、約3ヵ月もの間、毎日毎日、

彼女の声を飽きることなく聴き続けた。

授業がある日中を除いて、その他の全ての

時間を、彼女の声を聴くことに費やした。

それくらい、そのときのわたしの心は、

彼女の声に、強く惹きつけられていた。

それはもう、ほとんど恋のようだった。

公開されている曲を、全て脳内で完全に

再現できるくらい何度も聴いてしまった後は、

ラジオの音源を探し、それを繰り返し聴いた。

彼女の音という音を、心が、求めていた。


メディアに露出することはほとんどなかった

から、少しでも何かの雑誌に出る、という情報を

聞きつけると、それがたとえ何百ページの中の

たったの1ページにも満たない、コラムのひとつ

だったとしても、必ず購入した。

文章でもなんでもいいから、少しでも彼女の

存在を感じられるかけらを、拾い集めた。

その頃のわたしにとって、彼女の声は、

この世に存在するどんな声よりも心地よくて、

芯があって、心にまっすぐ響いてくる、

唯一無二の音だった。

こんな声がこの世界に存在するということが、

奇跡だと思った。

生まれてはじめて、音に恋する、

という感覚を味わった。


それから、8年。

今日、はじめて、ほんとうの彼女の音を聴いた。

初めて、ライブに行ったのだ。

ずっと、直接彼女の声を聴きたい、

という気持ちはあったものの、

あまりにも自分の中で彼女の存在が

神格化されすぎていて、会う、という行為が

いまいちぴんとこなかった。

けれど、8年の年月を経た今、思い切って、

応募ボタンを押してみたのだった。

彼女がステージに立ったとき、最初に

浮かんだのは、「あ、本当に実在していたんだ」

という感想だった。

次に、「この世に、こんな声が、本当に存在する

なんて…」と、初めて彼女の声を聴いたときと

同じ、あの気持ちが蘇った。


始まってからは、一瞬で時間が過ぎ去った。

実際に、ライブ自体は1時間ととても短いもの

だったのだけれど、それ以上に、

身体が把握できた時間は、一瞬だった。

これは夢だったんじゃないかとさえ思えた。

夢でも幸せだなあ、と、ぼんやり思った。



声。それは誰もが何気なく、

毎日聴いている、音。

そんな当たり前のような音に、こんなにも

心を揺さぶられることがあるなんて。

全く不思議だなあと思いながら、

彼女の音にはじめて出逢った日のことを、

思い出していた。

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