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連載小説「オボステルラ」 【第二章】3話「ストネの街のリカルド」3


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 閉店後。
泣きはらし化粧が半ば落ちてしまったゴナンは、ナイフに頭を下げた。

「ナイフちゃん、ごめんなさい。明日からきちんと働くから」

「まあ、いいのよ。今日はがっぽり指名料を稼いでくれたし。それに、ほっとしたわ」
「?」
 ゴナンがこの店に来て以来、15歳という年齢の割に妙に表情が乏しいことが、ナイフは少し気にかかっていた。でも、リカルドにしっかり感情を吐き出した様子を見て安心したのだ。

 さて、その横ではリカルドが、ソワソワしてゴナンに声をかける。

「ゴナン、住み込みだったら寮の共同部屋だよね。だったら、そこは引き上げて、店の2階に借りている僕の部屋で寝なよ。部屋も広いし、ベッドも寮よりも大きくて、もっとふかふかだよ。一緒に寝よう」
「うん、どっちでもいいよ」
「ゴナン、寝間着は持ってるの? 着替えは足りてる? 明日、買いに行こうか。僕、この街のお店いっぱい知ってるから」
「別に、要らないよ。足りてるし」
「この街は美味しいご飯やさんもあるから、明日食べに行こう」
「うん、任せるよ」

(あらあら…)
 二人のそんなやり取りを見て、ナイフはにやりと笑った。リカルドがなぜだか、ゴナンへの好意がダダ漏れだ。
(そこまで誰かに深入りすることなんて、なかったのに…)
一方でゴナンは、あまり欲がないのか、あっさりしたものだ。その対比が面白くてたまらない。

「デイジーちゃん。私はリカルドともう少し話をしたいから、先に寮から荷物引き上げてリカルドの部屋に行ってなさい。2階の一番奥よ。これ、鍵ね。お化粧は寮で完全に落としてね。お肌が荒れるから」

 そう指示するナイフに素直にこくんと頷いて、店の裏へと消えていくゴナン。その様子をニコニコ見送って、リカルドは再びカウンターに座った。ナイフも自分のお酒を手に、隣へ座る。

「…で、結局ゴナンに詳しく聞けなかったんだけど、どうしてゴナンがここに居て、働く羽目になってるのかな? 僕がここで部屋を借りていることは、さすがに知らなかったと思うんだけど」

「まあ、羽目、だなんて」

ナイフは大仰にしなをつくって応える。

「…褒めて欲しいくらいだわよ。この街で行き倒れていたのよ、あの子。だから拾ったの」

「行き倒れ…」

++++++++++++++

 話は約Ⅰヵ月前に遡る。

 オアシスの宿場町。先を走っていた異様に豪華な馬車の主・ユートリアに見つからないよう、少し離れた建物の陰に駐められた一台の荷馬車。門番の男が合図をして、ゴナンはそおっと出てきた。

「…ありがとうございました…」

小声で、門番の男性に礼を述べるゴナン。男性はポンポンとゴナンの肩を叩く。

「ここからストネの街は、真南の方向だ。一応、道が通じてはいるが、街道とも呼べないもので、ストネまでは街も何もない。迷わないようにな。字は読めるんだったな」

「はい」

「途中で案内版があるとは思うが、他の旅人に訊きながら進むといい。もし手持ちに余裕があるのなら、ストネに向かう乗合馬車を探して乗ってもいいかもしれないが…。ああ、途中で砂地があるのか。直通の馬車は難しいかな」

 馬車での数日間、男性はゴナンに十分な食事や水を与えてくれた。なぜ彼がここまで親切なのかゴナンには分からなかったが、遠い昔に亡くなった父の面影を、手の大きさを、少し思い出せそうだった。

「ありがとうございました…。気をつけて、お元気で……」
もう一度礼を言い、深く頭を下げる。男性は少しだけ名残惜しそうにして、手を振り荷馬車をユートリアの方へと進めていった。

「さて、南…」

 方角の見方は、アドルフに習っている。太陽の位置と大体の時間を見て、進む向きを定めた。




「リカルドさんが旅立ってもう2ヵ月経っている。早く行かないと…」

 あのお金を一切必要としない村で、いったいどのようにして貯め込んだのかはわからないが、アドルフからもらったへそくりは宿を何泊も取るのにも十分な金額だ。それをゴナンも分かっていたし、門番の男性から宿への泊まり方も一通り教えてもらっていた。

しかし、早くリカルドに追いつきたい、ストネの街で会えなかったら、もう一生会えないかもしれない…。そんな焦りが、ゴナンに少しの休息も許さず、最低限の睡眠で足を前に進めさせた。

 道中は、ウサギやボアを狩ってさばき、野草を採って、川から水を汲み、食事にする。干ばつに襲われる前の北の村でも、こうやって暮らしていた。

(狩れる生き物がいるって、ありがたいな…)

 ある夜。火を焚きさばいたウサギを焼きながら、ゴナンはボンヤリ考えていた。自分が逃げ出してきてしまった北の村。あのあと、一体どうなってしまったのか。もう水はほとんどない。ここでは当たり前にいる狩りの獲物も、あの地では半年以上見ていない。どうしようもない。みんな死んでしまうのではないか…。
「…っ」
ゴナンは南の彼方星を見上げる。夜にいやな考えが頭をよぎったら、星を見て心を落ち着かせるのが、ゴナンの、いや、きょうだいたちの習慣だった。

「……早く寝よう、そして、早く起きて、進まないと…」

 火の始末をして、門番にもらった簡易テントの中で体を横たえる。数時間だけ寝て、朝日が昇る直前にはもう出発する。そんな無茶を繰り返しながら、何日も何日も歩き続け、ようやく、ストネの街に着いた…。

(うわっと、街は、馬車が危ないんだった)

 ガラガラと行き交う馬車の音に驚き、道の端に飛び退くゴナン。着いたのは夕暮れ直後。これまで見たことないほど多くの人間が、歩いている。なんだか頑丈そうな建物がたくさんあって、どこも火をつけている風ではないのに、不思議ときらびやかに輝いている。発光石を使った照明が普及しているからなのだが、ゴナンにはまだわからない。 

(夜なのに、こんなに明るい。星が見えなくなってしまった…)

 一挙にいろんな情報がゴナンの視覚に飛び込んできて、長旅の疲れも相まって、めまいを起こしそうだった。ひとまず、人が少ない場所に行きたくて、ヨロヨロと足を進める。

 今にも体が折れそうなほどに痩せ細って泥だらけでボロを着て、大きな旅の荷物を抱えた少年の風体の異様さを、通りすがる人は不思議そうに眺めていたが、ゴナンはそんな目線も気にならないくらい疲れていた。

 そうして、人混みを避け続けて辿り着いたのが、たくさんの建物の裏側に当たる、薄暗い路地。人通りはまったくなく、建物のひさしが伸びていて、落ち着けそうな雰囲気だ。

(…宿を取らなくても、ここなら寝られるな…。お金は節約しないと…)

そうして、荷物の袋を枕にしてそのまま眠ることにした…。

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